龍華国の調査報告
時は現在へ戻り、再び碧砂国。
王宮では、シンシャが龍華国から戻った調査員の報告を受けていた。
男は普段、龍華国との交易を担う商館で仕入れを担当している。商人や宿場の者と広く付き合いがあり、帝都の情勢を探る際にも怪しまれにくいことから、蓮瑛の身辺を調べるよう命じられていた。
「新たな龍の巫女が任じられた後、先代の巫女を碧砂国王へ嫁がせると、朝廷から正式に発表されました」
花嫁行列が帝都を発った日を聞き、シンシャは眉を寄せた。
蓮瑛の話では、彼女が皇宮から追い出されたのは任命の儀の翌朝である。衣装箱へ押し込められて運び出され、途中で驢馬の引く荷車へ移されたという。
「おかしいな」
「何がでしょうか」
「蓮瑛は、花嫁行列が帝都を発つ六日前には、既に皇宮から追い出されている」
調査員は驚きを露わにした。
「では、あの行列に巫女様は……」
「乗っていなかったことになる」
正式な花嫁行列とは名ばかりで、その中身は蓮瑛ではなかった。
「花嫁は人前に姿を見せたのか?」
「いいえ。輿には常に帳が下ろされ、宿場でも姿を見せなかったそうです。一国の王へ嫁ぐ方ですから、不審に思う者はいなかったようですが」
身分の高い花嫁が道中で姿を隠すこと自体は、珍しくない。そのため、行列に蓮瑛が乗っていないとは誰も疑わなかったのだろう。
「その行列は、今どこにいる?」
「帝都へ戻っております」
「戻った?」
「西街道を五日ほど進んだところで、朝廷からの急使が追いつきました。その直後、行列は進路を変えています。表向きには、花嫁の体調が急変したためと説明されております」
行列を仕立てた者達に、そのまま碧砂国へ向かわせることのできない事情が生じたのだろう。
「行列を率いていた者達は?」
「帝都へ戻ってから、屋敷に閉じ籠もっております。護衛や使用人にも口止めが命じられたらしく、誰も道中について話そうとしませんでした」
「その口止めを命じたのは誰だ?」
「そこまでは分かりません」
調査員は、確認できた事実と確認できなかったことを明確に分けて答えた。
「ただ、行列が戻った頃から、皇宮では奇妙な噂が広がっております」
「どのような噂だ?」
「碧砂国へ送られた娘は蓮瑛様ではなく、皇帝がその美しさを惜しみ、密かに皇宮へ囲っているのではないかと」
「馬鹿な。蓮瑛殿はここにいる」
ランフォンが呆れたように言った。
「だが、龍華国の皇帝も同じように考えるだろうな」
皇帝自身が蓮瑛を隠していない以上、彼女は予定どおり碧砂国へ送られたはずだ。だが、噂を否定するために調べれば、正式な花嫁行列に蓮瑛が乗っていなかったことへ行き着く。
「噂の出所は分かるか?」
「いいえ。ただ、複数の文官や内侍が、ほぼ同じ時期に口にし始めています。自然に生まれた噂とは考えにくいかと」
何者かが、皇帝に花嫁行列の中身を調べさせるため、意図的に噂を流したのだ。
「引き続き、皇宮の動きを調べさせろ。噂が広まった後、皇帝と皇后がどのように動くかを知りたい」
「承知いたしました」
調査員が退室すると、ランフォンは卓上に置かれていた医師の報告書へ手を伸ばした。
「こちらも、見過ごせなくなりましたね」
「毒の話か」
報告書には、蓮瑛の衰弱は長期間の栄養不足だけが原因とは考えにくいと記されていた。
身体の重さ、倦怠感、食欲の減退。時折起きていた吐き気や微熱。それらはいずれも龍華国の皇宮へ入ってから始まり、皇宮を離れた後から少しずつ軽くなっている。
医師は、何らかの毒を少量ずつ与えられていた可能性を挙げていた。
ただし、今の蓮瑛の身体から毒は見つかっていない。既に抜けてしまったのか、元より別の原因だったのかさえ分からず、何を与えられていたかも特定できないという。
「報告を受けた時には、推測に過ぎなかった」
「ですが、正式な花嫁行列に蓮瑛殿が乗っていなかったとなれば、話は変わります」
ランフォンは報告書を卓上へ戻した。
「何者かが蓮瑛殿を人目につかぬ形で皇宮から追い出し、その事実を隠すために別の花嫁行列を仕立てた。皇宮にいた間だけ続いていた不調も、無関係とは言い切れません」
「まだ、同じ者の仕業と決まったわけではない」
「ええ。皇族や貴族、神殿の者、あるいは別の者。疑う相手が多すぎます」
誰が、何の目的で蓮瑛を弱らせていたのか。
新しい龍の巫女を立てることと、蓮瑛を皇宮から消すことは、最初から一つの計画だったのか。それとも、複数の思惑が重なった結果なのか――今ある情報だけでは判断できなかった。
その時、扉の外から声がかかった。
「陛下。メイホアが、蓮瑛様のことでお目通りを願っております」
シンシャはランフォンと顔を見合わせた。




