EP 7
「神の道具と、100均の最強フィルム」
「うわああああん! 終わりました! 私の女神(見習い)ライフ、完全に終了ですぅぅぅ!」
街道のど真ん中で、ピンクのジャージを着た天使――リリスが、バキバキに割れた四角い板を抱きしめて号泣していた。
銀髪のウサギ耳を揺らしながら、ビアラが困ったように彼女の背中を撫でる。
「ま、まぁまぁ。ただの魔導通信石の板版でしょ? 街の魔道具屋に持っていけば直るって」
「直りませんよぉ! これ、天界の特注品『エンジェルすまーとふぉん』なんですから! 下界の魔道具なんかと一緒にしないでくださいぃ!」
「えぇー……」
慰めようとしたビアラが理不尽に怒られ、頬を引きつらせている。
少し離れた場所では、ロードが「やかましい娘やなァ」と耳を塞いで昼寝の態勢に入っていた。
「貸してみろ」
俺は泣きじゃくるリリスの前にしゃがみ込み、その『エンジェルすまーとふぉん』とやらを取り上げた。
「ああっ! ダメです! それは神気を帯びた神聖な道具! ただの人間が触ったら、エラーを起こしてデータが飛んじゃうかも――」
「……なるほど。構造自体は親父が遺した設計図と同じだが、動力源が『神気』で、画面のガラスが魔力結晶でできてるのか」
「えっ?」
俺が平然とスマホを裏返し、指先でタップして動作確認をしているのを見て、リリスがキョトンとした。
「表面の魔力結晶が砕けてるせいで、中の神気が漏れ出してるな。基盤の術式……アプリってやつか? それは無事みたいだが、このままだとあと一時間で電源が落ちて完全な文鎮になるぞ」
「ぶ、文鎮!? イヤです! ルチアナ先輩のクレジットカード(限度額残り10万円)と連携してる『神通販アプリ』が使えなくなっちゃいます!」
「……お前ら神様って、普段何して生活してるんだよ」
親父の作ったインフラと概念が、天界までここまで汚染しているとは。
呆れつつ、俺は割れたスマホを右手の上にポンと乗せた。
「泣き止んで少し下がってろ。直してやる」
「え? いや、だから下界の人間には無理――」
【創星の神鍛冶】
ボワッ!!
俺の右手に、周囲の空気を焼き焦がすほどの『紅蓮の炎』が立ち上った。
「ひやぁぁっ!? 燃やしてる!? スマホ燃やしてますよこの人! 悪魔! 私へのトドメですかぁっ!」
「ヒエン君、集中してるから静かにしてようねー。君、トンファーで小突くよ?」
「ひっ」
パニックになって暴れようとするリリスの首根っこをビアラが掴み、笑顔で脅して黙らせる。
俺は炎の中でドロドロに溶けかけたスマホの構造を、頭の中で再構築していく。
(神気との親和性を高めるために魔力結晶を使っているのはいいが、硬度ばかりを優先して『逃げ』の構造がない。これじゃあ少し角から落ちただけで画面全体にヒビが入る。親父が地球の知識として書き残していたアレ……『100円ショップの保護フィルムと耐衝撃ケース』の概念を組み込むか)
俺は空間の金床にスマホを固定し、空いた左手で虚空をカンッ! カンッ! と叩いた。
水晶の分子配列に『柔軟性(ショック吸収)』の概念を付与する。
さらに、親父がよく口走っていた「9H硬度の強化ガラス」の構造を魔力で完全再現し、表面に極薄のコーティングとして焼き付けた。
外装には、落下時の衝撃を四隅で分散・吸収する『衝撃吸収バンパー』の術式を編み込む。
「――完成だ」
炎がスッと消える。
俺の右手には、新品同様……いや、落とす前よりも明らかに洗練された輝きを放つ『新生・エンジェルすまーとふぉん』が握られていた。
「ほら、直ったぞ。データも飛んでないはずだ」
「…………え?」
リリスは恐る恐るスマホを受け取った。
ヒビ一つないピカピカの画面。恐る恐る電源ボタンを押すと、見慣れたホーム画面と『タロ・イーツ』などのアイコンが無事に表示された。
「なっ……直ってるぅぅぅ! しかも、なんだか前より手にフィットするし、画面がツルツルで指の滑りが最高になってます!」
「画面には俺の鍛冶スキルで『100均の強化ガラスフィルム』の概念を焼き付けておいた。それから外装には耐衝撃バンパー機能を追加してる。もう空から落としても、角から激突しても絶対に画面は割れないぞ」
「ひ、ひゃっきん……? よくわかりませんが、つまり最強のスマホになったってことですね!?」
リリスは目を輝かせた後、何を思ったかスマホを両手で力強く握りしめた。
そして、近くにあった手頃な岩に向かって、スマホの角をフルスイングで叩きつけたのだ。
――ガギィィィッ!!
「なにしてんだお前!?」
「えへへ、私の最終奥義『ホーリー・スマッシュ(物理)』です! これでルチアナ先輩にツッコミを入れるんですが、よく画面が割れちゃってて……おおっ! まったく傷ついてない! すごいです! 神です!」
どうやら彼女はスマホを鈍器としても運用しているらしい。
親父の遺した叡智が、女神のツッコミ道具として使われている。あの世で親父が泣いていないか心配だ。
「あなた、一体何者ですか!? 下界の鍛冶師にこんな真似できるわけありません! もしかして、創造神様のお忍び……?」
「俺はヒエン。ただの鍛冶師だ。ちょっと親父と母さんの血筋が特殊なだけで、神様じゃない」
「ヒエンさん! 私、感動しました! ルチアナ先輩よりずっと神様っぽいです!」
リリスはピンクのジャージの袖で涙を拭うと、俺の前にピシッと気をつけの姿勢をとった。
「私、見習い女神のリリスと申します! 命の恩人であるヒエンさんに、この恩を返すまでお供させてください!」
「恩を返すって……お前、天界の仕事はないのか?」
「下界の視察という名目でお菓子食べに来てるだけなので、大丈夫です! あと、一人で帰ったらまた迷子になりそうなので!」
「堂々と言うことじゃないだろ……」
呆れる俺の横で、ビアラがニッと笑ってリリスの肩を組んだ。
「いいじゃんヒエン君、賑やかになって! リリスちゃんって言ったっけ? 私たちと旅をすれば、毎日美味しいお肉とファミレスのドリンクバーがついてくるよ!」
「ふぁみれす! どりんくばー! 行きます! 絶対についていきます!」
餌付け完了である。
チョロすぎる。この女神(見習い)、本当に大丈夫だろうか。
「……にいちゃん、ウサギの次はポンコツ女神か。ワイらのパーティー、なんか動物園みたいになってきたなァ」
いつの間にか起きていたロードが、呆れたようにため息をついた。
「言っておくが、ロード。お前が一番動物らしい見た目だからな?」
「せやな! ガハハ!」
かくして、親父の血を引く鍛冶師(俺)、関西弁のトカゲ(神話級)、最強のフリーター兎(元・近衛騎士)、そしてピンクジャージのポンコツ女神という、アナステシア世界でも類を見ないカオスな四人組のパーティーが結成されたのだった。
「よし。日が暮れる前に、次の街か村まで移動しよう。リリス、歩きスマホは禁止だぞ」
「はーい!」
俺たちは連れ立って、再び東の街道へと歩き出す。
だが、この時の俺たちはまだ気づいていなかった。
リリスが落ちてきた「雲の切れ間」のさらに上空――。
かつて親父と母さんが封印したはずの『天魔窟』から漏れ出した、最悪の残党たちが、俺たちの向かう先へと暗い影を落とし始めていることに。




