EP 8
「農業とネギと、不穏な羽音」
ポンコツ女神のリリスが加わり、さらに騒がしくなったパーティーは、目的地の村へと順調に歩を進めていた。
「ヒエンさーん! 私、お腹すきました! お菓子出していいですか!?」
「歩きながら食うな。それに、お前のその『エンジェルすまーとふぉん』で買うお菓子の代金、ルチアナおばさんのツケだろ」
「大丈夫です! ルチアナ先輩、最近アバロン魔皇国から謎の『画像データ使用料』が振り込まれてウハウハみたいなので、これくらいバレません!」
ジャージのポケットからスナック菓子を取り出し、器用に空中で歩きながらバリバリと食べるリリス。神気を使って少しだけ浮遊しているらしいが、完全にただの『ぐうたら女子』である。
「ねぇねぇヒエン君、この先の『ポポロ村』ってどんなとこ? サウナある?」
「サウナはないかもしれないけど、『ルナキン・ポポロ支店』と『タローソン』はあるらしいぞ。親父が農業のモデルケースとしてインフラを整えた村だ。独自の特産品も多いって聞いてる」
「やったー! 都会から離れてもファミレスがあるなんて、佐藤太郎様々だね!」
ビアラがご機嫌にウサギの耳を揺らす。
ロードも「ポポロシガー(葉巻)が吸えるでぇ……」と舌舐めずりをして歩く速度を上げた。
◆ ◆ ◆
数時間後。
俺たちは、広大な畑と近代的な魔導施設が奇妙に調和した『ポポロ村』に到着した。
見渡す限りの畑には、見たこともないような奇妙な作物が植えられている。
「ギャァァァッ!!」
「待てコラァ! 今日の夕飯のおかずになれやァ!」
村の入り口では、足の生えた人参――『人参マンドラ』が猛スピードで走り抜け、その後を泥だらけの農家のおじさんが追いかけているという、カオスな光景が広がっていた。
「……なんやここ。生命力に溢れすぎとるな」
ロードがドン引きしている。
「あっちではキャベツが喋ってますよ! 『昨日の夜、村長がこっそり……』って、ゴシップネタを暴露してます!」
リリスが指差した先では、『ネタキャベツ』を収穫しようとしている農家の若者が、キャベツのすべらない話に爆笑して手を止めていた。
「面白い村だなぁ。よし、とりあえず腹ごしらえにルナキン行こ!」
ビアラに背中を押され、俺たちは村の入り口近くにある『ルナキン・ポポロ支店』のドアを開けた。
24時間営業のファミレスだが、店内は地元の農家や自警団の男たちで賑わい、大衆酒場のような雰囲気になっている。
「いらっしゃーい! 空いてる席へどうぞ!」
店員の案内に従い、ボックス席へ。
メニューを開くと、ポポロ村限定の文字が並んでいる。
「私、『特製ポポロおでん』と『肉椎茸ハンバーグ』! あとドリンクバーね!」
「わ、私は『ハニーかぼちゃのドリア』とパフェにします!」
「ワイは『イモッカ』の熱燗と、ピラダイの干物やな」
三人が迷わず注文を決める中、俺も適当に定食を頼む。
しばらくして料理が運ばれてくると、ビアラとリリスは目を輝かせて食べ始めた。
「んん〜っ! このおでん、出汁が最高に染みてる! 大根がトロトロ!」
「ドリアも甘くて美味しいですぅ! 天界の『EPA型(天使の試練)』の酸っぱい豆ハンバーグとは大違いです!」
嬉しそうに食事を楽しむ彼女たちを見ていると、俺も自然と頬が緩む。
だが、その和やかな空気を破るように、背後からドスの効いた声が響いた。
「……おい、そこの青二才。お前、ただの冒険者じゃねぇな」
振り返ると、そこに立っていたのは……巨大な『歩く植物(樹人)』だった。
全身が木と蔦で構成され、左腕には鋭いネギ型の聖剣(?)を宿し、口には太い葉巻――ポポロシガーを咥えている。
「エルフの森の……自立型生体兵器『ポーン』?」
親父の知識にある特徴と一致する。しかし、なぜこんな人間の村に?
「俺はネギオ。この村の居候兼、特任教育係だ」
ネギオと名乗ったその樹人は、咥えタバコのまま俺のテーブルを見下ろした。
「お前からは、妙な匂いがする。人間の匂いに混じって、神話のバケモンみたいな『炎』の匂いと……世界の理を書き換えるような、おこがましい鉄の匂いだ。お前、何か面倒事でも背負ってこの村に来たんじゃねぇだろうな?」
鋭い指摘だ。俺の【神鍛冶】の残滓を嗅ぎ取ったらしい。
俺が答える前に、横からロードがひょっこり顔を出した。
「ネギ兄やん、久しぶりやな! ワイや、ロードやで」
「……あぁ? お前、パチンコ屋に入り浸ってるぐうたらトカゲじゃねぇか。なんでこんな得体の知れない奴らと一緒にいるんだ?」
ネギオが訝しげにロードを見る。どうやら知り合いらしい。
「まぁまぁ、ネギオさんだっけ? ヒエン君はすごい鍛冶師なんだよ! 悪い人じゃないよ」
ビアラがおでんの大根を頬張りながら口を挟む。
「フン、鍛冶師だと? だったら少しは頭が回るんだろうな。俺の論理に勝てたら、この村特産の『極上ネギ』を分けてやってもいいぜ。だが、負けたら『ロイヤル皇帝カンチョウ液』の刑だからな」
ネギオがニヤリと笑う。
農家の朝の試練、『論破ゲーム』を吹っ掛けてきたのだ。
「いいだろう、受けて立つよ」
俺は箸を置き、ネギオに向き直った。
親父が遺した『現代の哲学・論理学』の知識が、俺の頭には詰まっているのだ。負ける気はしない。
「テーマはなんだ?」
「『自由意志の存在』についてだ。人間は本当に自らの意志で選択しているのか、それとも環境とマナの法則による運命の奴隷か。さぁ、答えな」
ネギオが重厚なテーマを突きつけてくる。
俺は一呼吸置き、親父の蔵書から得た知識を総動員して反論を始めた――。
◆ ◆ ◆
「……くっ、量子力学の不確定性原理と、脳科学の決定論的アプローチを融合させた上で、主観的な『意志の介在余地』を証明するだと……!? なんだその常識外れの論理構築は!」
三十分後。
ネギオは葉巻を落としそうになりながら、頭を抱えていた。
圧倒的な現代知識による多角的なディベートの前に、ポポロ村最強の論客が完全に沈黙したのだ。
「俺の勝ちだな」
「……チィッ。ただの腕力バカじゃねぇってことか。認めよう、お前の勝ちだ。ほら、約束のネギだ」
ネギオは左腕の『ネギカリバー』から、極太で艶やかなネギを一本切り落としてテーブルに置いた。
「ありがとう。……ところで、ネギオ。あんた、さっき『面倒事』って言ってたな。何かあったのか?」
俺が尋ねると、ネギオは渋い顔をして新しい葉巻に火をつけた。
「……あぁ。最近、この村の近くの森で『妙な虫』が出るんだ」
「虫?」
「魔獣じゃねぇ。全身が金属の装甲で覆われた、不気味な機械の虫だ。俺の植物のセンサーにも引っかからねぇ。自警団が何匹か仕留めたが、昨日から数が異常に増えてきやがった」
機械の虫。金属の装甲。
その言葉を聞いて、俺の胸に嫌な予感がよぎった。母さんやデュークのおっさんが、酒の席で昔の武勇伝として語っていた『アレ』の特徴に似ている。
「まさか……天魔窟の、死蟲機か?」
「死蟲機? なんだそりゃ」
ネギオが眉をひそめた、その瞬間だった。
ジジジジジジジッ……!!
ファミレスの窓ガラスが、微細な振動でビビリ音を立て始めた。
遠くから、数千、数万という『巨大な羽音』が、地鳴りのように近づいてくる。
「っ! ヒエン君、何か来るよ!」
ビアラが即座に立ち上がり、『真・雷光トンファー』を構える。
「……いやな予感が当たりやがったか」
俺は立ち上がり、窓の外を見た。
夕焼けに染まるポポロ村の空を覆い尽くすように、無数の黒い影――金属の装甲を持つ巨大な『死蝿型』の群れが、村に向かって急降下してきていた。




