EP 5
「月影を打つ」
「……鍛冶師? ヒエン君が?」
俺の提案に、ビアラは長い兎の耳をペタンと寝かせ、怪訝そうに首を傾げた。
「あのね、ヒエン君。気持ちは嬉しいけど、ここ岩山だよ? 炉も金床もないし、そもそも私のトンファー、特注のミスリル合金なんだけど。街の凄腕ドワーフでも、修理には三日かかるって言ってたよ?」
「普通の鍛冶師ならな。でも、俺なら一瞬で終わる。それに、ただ直すだけじゃない。お前の『マッハの動き』に完璧に耐えられるように構造から作り変えてやるよ」
俺が自信たっぷりに言うと、ビアラの銀色の瞳の奥に、一瞬だけ『鋭い光』が走った。
それは、サウナとファミレスを愛する女子大生ノリのフリーター……ではなく、数々の修羅場をくぐり抜け、部隊を指揮してきた『歴戦の将』の目だった。
(……この子、私が『空気を蹴って超音速を出せる』ことまで、戦いの余波だけで見抜いたの?)
ビアラの心境の変化をよそに、俺は手を差し出した。
「タロキンの『プレミアム焼肉食べ放題コース』。これでどうだ?」
「……ふふっ、あはははっ! いいよ、乗った!」
ビアラはパッといつもの明るい笑顔に戻り、ヒビ割れた二丁のトンファーを俺の手にポンと預けた。
「もし本当に私の全力に耐えられるトンファーを作ってくれたら、タロキンでも特上ルナキン・パフェでも、いくらでも奢ってあげる! 私、これでも結構貯金あるからね!」
「契約成立だな。じゃあ、ちょっと離れててくれ。熱いから」
俺はトンファーを両手に持ち、深く息を吸い込んだ。
「さて……まずは現状の分析だ」
鍛冶師の視点で、ミスリルのヒビの入り方を確認する。
(純度は悪くない。だが、力の逃げ場がないな。彼女の闘気のベクトルと、遠心力がかかるポイントが金属の炭素配列と噛み合っていない。親父の残した『プリンキピア(物理法則)』の観点から言えば、完全に欠陥品だ)
加えて、彼女は足に雷の力を宿して超音速の移動をするのだろう。なら、武器にもその『速度』を殺さず、むしろ威力を増幅させる触媒が必要だ。
俺はリュックを探り、親父のコレクションから勝手に持ち出してきた『雷竜石』の欠片を取り出した。
「よし、設計図は頭にできた」
俺は両手に魔力を集中させた。
【創星の神鍛冶】
ボワッ!!
俺の両手から、周囲の空間を歪めるほどの『紅蓮の炎』が噴き上がった。
「なっ……!?」
数歩下がって見ていたビアラが、息を呑む気配がした。
彼女のピンと立っていた兎耳が、本能的な恐怖で震えているのがわかる。
無理もない。これはただの魔法の炎ではない。世界を調停する不死鳥(うちの母さん)の炎だ。
どんな超硬度の金属だろうと、この炎の前ではバターのように溶け落ちる。
「ヒエン君、あなた……その炎……人間、じゃ、ない……!?」
「ただの鍛冶屋の倅だよ。ちょっと親が特殊なだけだ」
俺は空中に浮遊させたミスリルの溶液に、雷竜石を放り込んだ。
そして、空間そのものを不可視の『金床』とし、炎を纏った素の右腕を高く振り上げた。
「――打ち直すッ!!」
カァァァァンッ!!!
岩山に、神々しい打撃音が響き渡った。
叩くのは鉄ではない。『概念』だ。
ミスリルと雷竜石の成分を分子レベルで再結合させ、ビアラの身長、腕の長さ、そして彼女が放つ『闘気』の波長に完璧に同調するように、武器の質量と重心を再設計する。
カンッ! カンッ! カンッ!
三度打ち据えたところで、炎がスッと嘘のように消え去った。
「……ふぅ。完成だ」
空中に浮かんでいたのは、以前の無骨なトンファーとは全く異なる、芸術品のような二丁の武器だった。
白銀の美しい流線型のボディ。その中心には、紫色の稲妻が静かに脈打つように発光するラインが走っている。
「名付けて、『真・雷光トンファー』だ。持ってみてくれ」
俺が手渡すと、ビアラはおそるおそるその柄を握り込んだ。
瞬間、彼女の目が見開かれる。
「……えっ? なにこれ……軽い、ううん、違う。私の手に、完全に吸い付いてる……?」
「お前の『銀色の闘気』を流し込んでみな」
「う、うん……」
ビアラがトンファーに自身の闘気を注ぎ込む。
いつもなら「ギシッ」と金属が悲鳴を上げるはずの出力。だが――。
バチィィィッ!!
トンファーは悲鳴を上げるどころか、ビアラの銀の闘気と、内蔵された紫の雷を見事に融合させ、彼女の腕の延長線のように完璧に馴染んでいた。
「すごい……闘気のロスがゼロ……! これなら……!」
ビアラは興奮した様子で、近くにあった巨大な岩(ホブゴブリンが5匹は隠れられそうなサイズ)に向かって構えをとった。
「ちょっと試していい!?」
「あぁ、全力でやってみろ」
彼女がトンファーを構えた瞬間、空気が爆発した。
「『月影流 破衝撃・紫電』!!」
ドンッ!! という音すら置き去りにするような超音速の踏み込み。
放たれたトンファーの打撃が岩に触れた瞬間、岩は砕けるのではなく、内側から紫の雷を伴って『爆散』した。
粉々になった岩の破片が、パラパラと雨のように降り注ぐ。
「……っ!!」
ビアラは自分の手元を見て、震えていた。
武器の損傷は、ゼロ。
それどころか、トンファーが「もっといけるぞ」と彼女の闘気を心地よく循環させている。
彼女はクルリと俺の方を向き、一瞬で距離を詰めてきた。
そして、俺の両手をガシッと力強く握りしめた。
「ヒエン君!! あなた、神様!? 天才!? 凄すぎるよ!!」
「ははっ、気に入ってくれたみたいで何よりだ」
銀色の瞳をキラキラと輝かせ、兎の耳をブンブンと振り回して喜ぶビアラ。
「私決めた! ヒエン君、今日から私の『専属鍛冶師』ね! 私が冒険者ギルドでバンバン稼いで、ヒエン君に美味しいものいっぱい食べさせてあげる! サウナも奢る!」
「それは助かるけど……俺、まだ旅の途中なんだよな」
「じゃあ私もついていく! こんな最高の武器作れる人、絶対に手放さないんだから!」
こうして、俺のパーティーに『最強のフリーター兎』が加わった。
親父の国で、俺の作った武器を振るう兎の少女。
「よし、契約成立! それじゃあ約束通り、街に戻ってタロキン行こう! お腹ペコペコだよー!」
「あぁ。そういえば、パチンコ屋でトカゲが待ってるんだった。回収して行かないと」
「トカゲ?」
首を傾げるビアラを連れて、俺たちはファルデンの街へと引き返した。
この後、ルナミスパーラーで『時間操作』を使ってドル箱を山積みにし、店員にマークされかけていたロードを慌てて回収することになるのだが……それはまた別の話だ。




