EP 4
「サウナ帰りの最強兎」
ロードをパチンコ店『ルナミスパーラー』に残し、俺は単身で街の外れにある岩山地帯へと向かっていた。
受注したクエストは『ゴブリン上位種の群れの討伐』。
親父が整備したインフラ網もこの辺境の岩山までは届いておらず、むき出しの自然が広がっている。新米冒険者が挑むには少し骨が折れる相手らしいが、俺の『神鍛冶』のテストと、旅の路銀を稼ぐにはちょうどいいだろう。
そう思ってゴブリンの巣窟らしき谷間へと足を踏み入れた、その時だった。
――ドゴォォォォンッ!!
「……ん?」
前方から、大砲でもぶっ放したかのような重低音が響き渡った。
続いて、緑色の塊が放物線を描いて空を飛び、俺の足元の岩にベチャッと激突した。
よく見ると、それは全身の骨を粉々に砕かれた巨大なホブゴブリンだった。
「魔法の爆発じゃない。……完全な『物理』の打撃音だぞ、今のは」
ただ事ではない気配を感じ、俺は岩陰に身を潜めながら谷の奥へと進んだ。
そこで俺が目にしたのは、一方的な『蹂躙』の光景だった。
「ほいっ、と! あーもう、早く終わらせてよ! 私、今日の15時からスーパー銭湯のサウナ行くんだから!」
数十匹のホブゴブリンの群れの中心で、軽快なステップを踏む一人の少女がいた。
頭にはピンと立った美しい銀色の『兎の耳』。引き締まった体躯に、動きやすさを重視したスポーティな軽装。両手には、特殊な金属で作られた『ダブルトンファー』を握っている。
見た目はせいぜい20歳前後。どこにでもいるような、少しギャルっぽい雰囲気の明るい少女だ。
だが、その動きは完全に物理法則を凌駕していた。
「そりゃっ! 『月影流 破衝撃』!」
少女のトンファーに、高密度の銀色のエネルギー――『闘気』が纏わりつく。
分厚い鉄の盾を構えたホブゴブリンの防御の上から、トンファーが軽く打ち据えられた。
ガンッ! と鈍い音が鳴った瞬間。
盾は一切変形していないにも関わらず、盾の裏にいたホブゴブリンの目と鼻から血が噴き出し、内臓を破裂させて崩れ落ちた。打撃の衝撃だけを対象の内部に浸透させる、超高度な闘気の運用術だ。
「ギャァァァッ!」
「うわっ、後ろからキモい! 汗かきたくないのに!」
背後から襲いかかってきた三匹のホブゴブリンに対し、少女は振り返りざまに脚を振り抜いた。
「『月影流 鐘打ち(げつえいりゅう かねうち)』!」
脚に極限まで圧縮された銀色の闘気が閃く。
蹴り飛ばされた一匹目のゴブリンが、まるで『巨大な鐘』のように激しく振動し、その運動エネルギーが後ろの二匹にも伝播。三匹まとめて空の彼方へホームランされていった。
「……すげえな。魔法を一切使ってない。闘気と、完璧な『物理学(力学)』の計算だけで群れを無力化してる」
建国王である親父の知識を受け継いでいる俺にはわかる。
彼女の動きには一切の無駄がない。作用と反作用、力のモーメント。それらを本能ではなく、極めて高い知能でミリ秒単位で計算し尽くしている。
彼女はただの兎耳族じゃない。少なくとも、一国の軍隊を指揮できるレベルの達人だ。
「よしっ! これで終わり! あーあ、汗かいちゃった。早くサウナ入って水風呂キメて、ルナキン(ファミレス)でドリンクバーと山盛りポテト頼んでダラダラしよーっと」
最後のホブゴブリンを蹴り倒し、少女は「ふぅ」と額の汗を拭った。
そのギャップに少し呆れていると――ピキッ、という小さな音が谷に響いた。
「……あーっ! もう、またぁ!?」
少女が自分の両手に握られたダブルトンファーを見て、絶望の声を上げた。
銀色のトンファーには無数の亀裂が走り、今にも砕け散りそうになっていた。
「これ、特注のミスリル合金なのに! 私の闘気に全然耐えられないじゃん! 武器屋のおやじ、絶対ぼったくったでしょ……これじゃ来月のタロキン(焼肉食べ放題)の予算が武器の修理代に消えちゃう……ぴえん」
圧倒的な戦闘力を見せつけておきながら、金欠の女子大生のような理由で本気で落ち込んでいる。
俺は岩陰から立ち上がり、彼女に向かって歩み寄った。
「良い蹴りだった。でも、武器のスペックが乗り手の出力に全く追いついてないな」
「……ん?」
俺の声に気づき、兎耳の少女がパッと振り返る。
彼女は銀色の瞳で俺をじっと観察すると、警戒する様子もなくケラケラと笑った。
「あれ? 新人クン? ここ、危ないよー。ま、私が全部片付けちゃったから安全だけどね。もしかしてゴブリンの討伐依頼?」
「あぁ。でも、全部お前に横取りされちまったみたいだ。俺はヒエン。今日、冒険者ギルドに登録したばかりだ」
「ヒエン君ね! 私はビアラ。ビアラ・ルナレイン。見ての通りの、しがないフリーター騎士だよ!」
フリーター騎士というパワーワードに突っ込みそうになるが、彼女は「えへへ」と笑いながらヒビの入ったトンファーをブラブラと揺らした。
「横取りしちゃってごめんね! 討伐部位の耳、半分分けてあげるからさ。……はぁ、それにしてもこのトンファー、直すのにいくらかかるかなぁ。ルナキン通い、週一に減らさなきゃダメかも」
本気でため息をつくビアラを見て、俺は思わず苦笑した。
俺の『神鍛冶』は、親父が作った歪な世界を叩き直すための力だ。
だが、その第一歩が『サウナとファミレスに行きたいウサギの武器を直すこと』だというのも、なんだか俺らしくて悪くない気がした。
「なぁ、ビアラ」
「ん? なあに、ヒエン君」
「俺は鍛冶師なんだ。もしタロキンの焼肉を奢ってくれるなら、お前のそのトンファー、俺が『絶対に壊れない最高の武器』に打ち直してやろうか?」
俺の提案に、ビアラは長い兎の耳をピクッと反応させ、銀色の瞳を丸くして俺を見つめた。




