EP 2
「関西弁のトカゲ(神話級)」
ルナミス帝国の街道を歩き始めて数時間。
太陽が高く昇り、ジリジリとした熱気がアスファルト……ではなく、魔法で舗装された石畳を照らしつけていた。
「親父がインフラを整えすぎたせいで、歩きやすいのはいいんだけど……さすがに辺境のギルドまでは遠いな」
額の汗を拭いながらため息をつく。
この世界には『ロックバイソン・エクスプレス』という便利な魔獣バスがあるのだが、あいにく次の便は明日の朝まで来ない。
俺の脚力なら走ってしまえば早いのだが、旅の初日からそんな体力を使うのもなんだか違う気がした。
そんなことを考えながら街道沿いの木陰に差し掛かった時だ。
「……ん? なんだあれ」
大木の根元で、丸太のようなものが仰向けに転がっている。
よく見ると、ずんぐりむっくりとした体型に頑丈そうな鱗を持つトカゲの魔獣――『ジオ・リザード(地竜)』だった。
通常、荷馬車を引いたり兵士を乗せたりする屈強な魔獣なのだが……そいつは首に古びた手ぬぐいを巻き、口に爪楊枝を咥えたまま、だらしなく腹を出して大いびきをかいていた。
「野生……じゃないよな。手ぬぐい巻いてるし」
近づいてみると、そいつはふにゃりと目を開け、口の爪楊枝をペッと吐き出した。
「ふわぁ……あかん、日差し強なってきたわ。五分だけ時間戻して二度寝したろかな……おや?」
ジオ・リザードは俺と目が合うと、ゴロンと寝返りを打って気怠そうに言った。
「にいちゃん、ええとこに来たわ。喉乾いて死にそうやねん。芋酒か、冷えた水持ってへんか?」
「……は? 喋った?」
「『賢竜種』やからな。言葉くらい喋るで。それより水や、水」
コテコテの関西弁である。
喋るジオ・リザードがいるとは本で読んだことがあるが、まさかこんな近所のオッサンのようなノリだとは思わなかった。
俺はリュックから水筒を取り出し、彼(?)の前に差し出した。
「ほら、水。イモッカはないけどな」
「おお、おおきに! 助かるわァ……んぐ、んぐ、ぷはーっ! 沁みるわぁ」
水筒の水を一気に飲み干すトカゲ。
……と、その時だ。俺の『鍛冶師としての目』が、彼の体から漏れ出ているモノを捉えた。
(……なんだ、この異常な魔力密度は?)
一見ただの魔獣だ。だが、内包しているエネルギーの質が、辺りの空間を歪めるほどに重く、深い。
母さん(不死鳥)や、家にたまに来るデュークのおっさん(竜王)と同等か……いや、それ以上の『何か』だ。
俺が警戒して身構えた瞬間、オッサン・トカゲもピタッと動きを止めた。
その細い瞳孔が、俺をじっと見据える。
「……にいちゃん。えらいもん持っとるな」
「……」
「不死鳥のバケモンみたいな炎と、あのメガネのオッサン(佐藤太郎)の匂い……それに、何でも創り変えちまう厄介な手のひら。ただの人間ちゃうな?」
「……お前こそ、ただのトカゲじゃないだろ」
互いに、相手が『規格外』であることに気づいてしまった。
ヒリヒリとした緊張感が木陰を包む。もしこいつが敵意を持っていれば、ここら一帯の地形が変わるほどの戦闘になる――そう覚悟して、指先に【神鍛冶】の炎を灯しかけた時だった。
「――ストォップ! ストップや! ワイ、そういうのええねん!」
トカゲは慌てて短い両手を振り回し、降参のポーズをとった。
「覇権争いとか最強決定戦とか、もうこりごりやねん! ワイはただのしがないトカゲの『ロード』。日陰で昼寝して、たまにパチンコ打って、美味しいもん食えればそれでええねん! 頼むから関わらんといてくれ!」
「……えっと、じゃあ、お互いに詮索しないってことでいいか?」
「せやせや! それがええ! 平和が一番や!」
ロードと名乗ったトカゲは、ホッと胸を撫で下ろして再び腹ばいになった。
どうやら、本当に争う気はないらしい。むしろ、面倒事から全力で逃げたいという強い意志を感じる。
俺は少し考えて、彼に提案を持ちかけた。
「なぁ、ロード。お前、この先の辺境の町に行きたいんじゃないのか? パチンコ(ルナミスパーラー)も酒場もあるぞ」
「おっ! せやねん。でも歩くんが面倒でなぁ……」
「なら、俺をそこまで乗せていってくれないか? 俺も歩くのが面倒だったんだ。報酬として、町に着いたらイモッカの特級品と、タロキンの焼肉弁当を奢る」
「ホンマか!? にいちゃん、話がわかるな! ええで、乗っていき!」
現金なやつである。
ロードが背中を向けたが、ゴツゴツした鱗のままで、鞍もない。これに直接乗るのはお尻が割れてしまう。
「ちょっと待ってろ」
俺は道端に落ちていた手頃な丸太と、自前の毛布を手に取った。
そして、小さく息を吐く。
【創星の神鍛冶】
炎が丸太と毛布を包み込む。
ロードの背中の骨格データを瞬時に読み取り、人間工学……ならぬ『竜間工学』に基づき、衝撃を完全に吸収する極上のクッションを備えた『特注の鞍』へと打ち直す。
時間にしてわずか一秒。
「はい、完成」
「……にいちゃん、なんや今の。空間ごと叩いて物質変えおったで……マジで関わったらアカン奴やんけ……」
「イモッカと焼肉、キャンセルするか?」
「乗ってき! ワイの背中はにいちゃんの指定席や!」
ロードの背中に特注の鞍をセットし、跨る。
高級ソファのような座り心地に、俺は満足して頷いた。
「それじゃ、辺境のギルドまで頼むぞ、ロード」
「おう! 任せとき! マッハで……いや、目立たん程度に安全運転で行くで〜!」
コテコテの関西弁を響かせながら、神話級の魔力を隠し持ったトカゲは、ご機嫌な足取りで街道を走り出した。
親父と母さんから受け継いだ力と、ぐうたらな相棒。
俺の『鍛冶師』としての旅は、思いのほか愉快な道中になりそうだった。




