第一章 旅立ちと、規格外の仲間たち
「母さん(永遠の17歳)からの自立」
ジュウウウウッ、とフライパンの上で心地よい音が鳴る。
手早く卵を巻き上げ、出汁の効いた完璧な『厚焼き玉子』を皿に移す。続けて、鍋で温めていた豆腐とワカメの味噌汁をお椀によそった。
「ふわぁ……おはよぉ、ヒエン。頭痛い……お冷ちょうだい……」
リビングの扉が開き、ボサボサの赤い髪をした一人の少女がフラフラと歩いてきた。
透き通るような白い肌に、燃えるような真紅の髪。どこからどう見ても、絶世の美少女――年齢にして、せいぜい16~17歳にしか見えない。
「おはよう、母さん。またルチアナおばさんやラスティアおばさんと朝まで飲んでたのか?」
「おばさんって言うな! あと『母さん』も禁止! 私は永遠の17歳、不死鳥のフレアちゃんでしょ!」
ドンッ! とテーブルを叩いて抗議してくるが、二日酔いのせいか全く迫力がない。
俺――ヒエンは、呆れながら冷たい水と朝食のセットを彼女の前に置いた。
「俺、先月で18歳になったんだけど。実の息子の年齢を下回る母親って、宇宙のバグだろ」
「うるさーい! 神話の時代から生きてるんだから、誤差みたいなもんでしょ! いただきます!」
文句を言いながらも、母さんは俺の作った厚焼き玉子を頬張り、「ん~っ! 美味しい! やっぱりヒエンの料理は最高ね!」と満面の笑みを浮かべた。
俺の母さん、フレア。
神話の時代からこのアナステシア世界を管理する『調停者』の一角であり、本気を出すと大陸の地形が変わるという正真正銘のバケモノである。
そんな彼女がなぜ、こんな人間臭い生活をしているのか。
それは、俺の死んだ親父――『佐藤太郎』の影響だ。
親父は地球からの転生者であり、圧倒的な現代知識とユニークスキル【100円ショップの概念】を駆使して、現在の大陸最強国家『ルナミス帝国』を一代で築き上げた建国王。
親父の遺した『タロキン』や『タロ・イーツ』といった概念は、母さんたち神話の住人をも完全に堕落……いや、魅了してしまったのだ。
「……で、ヒエン。あんた背中のそのデカい荷物、何?」
味噌汁をすすり終え、少し酔いが覚めたらしい母さんが、俺の足元にある巨大なリュックを指差した。
「昨日も言っただろ。俺、今日で家を出るから」
「……本気だったの? ルナミス帝国に行けば、マルクスおじさんが喜んで特級貴族の地位でも何でもくれるわよ? あんたは建国王の正当な後継者なんだから」
「親父が作った帝国はすげえと思うけど、俺は玉座に座ってふんぞり返る趣味はないんだ」
俺は、自分の両手を見つめた。
親父の血(現代の効率化思考)と、母さんの血(万物を熔かす不死鳥の炎)。
二つの規格外な血統を受け継いだ俺には、生まれつき目覚めていた『ユニークスキル』がある。
「母さん、ちょっとその曲がったフォーク貸して」
「え? うん」
母さんが適当に扱ってグニャリと曲がってしまった銀のフォークを受け取る。
俺は小さく息を吐き、スキルを発動した。
【創星の神鍛冶】
ボワッ! と、俺の右手に「紅蓮の炎」が纏い、空間そのものが不可視の『金床』へと変貌する。
炎でフォークを一瞬にして熔かし、親父譲りの知識で『最も持ちやすく、最も耐久性が高い構造』を頭の中で再設計。空の金床に向かって、素手でカンッ! と一撃を打ち据えた。
光が収まると、そこには新品同様――いや、神々しいオーラすら放つ、芸術品のようなミスリル級のフォークが完成していた。
「……相変わらず、理不尽なスキルね。私の炎で不純物を一瞬で飛ばして、太郎の計算力で物質の概念ごと再構築する。生産職の皮を被った神の御業よ、それ」
「俺は、親父みたいに国を創る器じゃない。母さんみたいに、暴力で世界を調停する気もない。でも……この親父が作って、母さんが守ってる少し歪な世界を、『鍛冶師』として俺の手で叩き直してみたいんだ」
俺の言葉に、母さんは少しだけ寂しそうな、けれど誇らしげな顔をした。
親父が死んでから、女手一つ(しかも過労死寸前の激務)で俺を育ててくれた母さんには、感謝してもしきれない。
「……そう。男の子は、いつか家を出るものよね」
母さんは立ち上がり、俺の頭をポンポンと撫でた。
「行きなさい、ヒエン。あんたの好きに、世界を打ち直してくるといいわ。……あ、でも月に一回は帰ってきてご飯作ってね! 掃除も!」
「台無しだな! まぁ、気が向いたら帰るよ。母さんも働きすぎないように。デュークのおっさんにも、ラーメンの食い過ぎに注意しろって伝えといて」
俺はリュックを背負い、家(調停者の隠れ家)の扉を開けた。
外には、果てしなく広がるマンルシア大陸の青い空と、魔導飛行船の飛行雲がどこまでも伸びている。
俺は世界最強の血統と、神の鍛冶スキルを持ったただの青年。
「よし。まずは、腕の立つ冒険者が集まるっていう辺境のギルドにでも行ってみるか」
父が築き、母が護る世界。
ヒエンの『世界を鍛え直す旅』は、こうしてひっそりと、しかし確かな熱を帯びて幕を開けたのだった。




