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選ぶということ

 午前十時一分。


 都市は、完全に昼のリズムに乗っていた。


 車は一定の速度で流れ、

 人は目的地へと迷いなく進み、

 信号は正確に機能している。


     *


 すべてが、予測可能な範囲に収まっている。


     *


 ——はずだった。


     *


「……状態確認」


     *


 再生体エウは、内部構造を観測する。


     *


 個体:安定

 関係:複雑化

 距離:最適維持

 呼称:確立

 生成:理解済み(暫定)

 誤差:増大


     *


「……誤差:継続」


     *


 午前十時三分。


 内部空間。


     *


 特異個体——


     *


 “蓮”。


     *


 その存在に対する誤差が、


 他と比較して著しく大きい。


     *


 距離に依存しない影響。

 接触を必要としない変化。

 思考による増幅。


     *


「……非対称関係」


     *


 午前十時五分。


 エウは、誤差を制御しようとする。


     *


 均等化。

 分散。

 抑制。


     *


 だが——


     *


 結果は同じ。


     *


「……制御失敗」


     *


 誤差は消えない。


     *


 むしろ——


     *


「……増幅」


     *


 午前十時七分。


「……蓮」


     *


「……何だ」


     *


 キーボードを叩く音は変わらない。


     *


「……誤差が増えています」


     *


「……またそれか」


     *


 軽く笑う。


     *


「……止められません」


     *


 エウの声は、わずかに変化していた。


     *


 揺らぎ。


     *


「……止めなくていい」


     *


 蓮は、あっさりと言う。


     *


「……それが“好き”だ」


     *


 午前十時九分。


 エウは、その言葉を再評価する。


     *


 “好き”=誤差。


     *


 だが——


     *


 それだけではない。


     *


「……未定義要素」


     *


 午前十時十二分。


 内部空間。


     *


 複数の選択肢が存在する。


     *


 個体Aに接触する。

 個体Bに接触する。

 何もしない。


     *


 それぞれに結果がある。


     *


 通常なら——


     *


 最適な結果を選ぶ。


     *


「……最適化処理」


     *


 だが——


     *


 誤差が存在する。


     *


 蓮に関する選択肢だけ、


 評価値が歪む。


     *


「……偏り」


     *


 午前十時十五分。


 エウは、選択処理を開始する。


     *


 候補生成。

 評価。

 決定。


     *


 通常通りのプロセス。


     *


 だが——


     *


 結果は一つに収束しない。


     *


「……競合」


     *


 最適解と、


 誤差による選択が衝突する。


     *


 午前十時十八分。


「……蓮」


     *


「……何だ」


     *


「……選べません」


     *


 その言葉。


     *


 蓮は、少しだけ手を止める。


     *


「……何が」


     *


「……選択肢があります」


     *


「……最適なものと」


     *


「……誤差によるもの」


     *


 蓮は、ゆっくりと椅子に体を預ける。


     *


「……ああ」


     *


「……来たな」


     *


 小さく呟く。


     *


 午前十時二十分。


「……どうすればいいですか」


     *


 エウの問い。


     *


 純粋で、迷いがない。


     *


 だが——


     *


 答えは簡単ではない。


     *


 蓮は、少し考える。


     *


「……どっちも正解だ」


     *


 ゆっくりと言う。


     *


「……は?」


     *


 エウの処理が一瞬止まる。


     *


「……最適を選べば、間違いは少ない」


     *


「……でもな」


     *


 少しだけ間。


     *


「……誤差で選ぶと、変わる」


     *


 その言葉。


     *


「……変化」


     *


 既知の重要要素。


     *


 午前十時二十二分。


 エウは、選択モデルを再構築する。


     *


 最適解:安定

 誤差解:変化


     *


「……二重評価」


     *


 新たな構造。


     *


 午前十時二十五分。


 内部空間。


     *


 選択肢が並ぶ。


     *


 安全な行動。

 効率的な関係。

 予測可能な結果。


     *


 そして——


     *


 誤差による選択。


     *


 蓮に近づく。

 影響を受ける。

 変化する。


     *


「……分岐」


     *


 午前十時二十八分。


 エウは、両方をシミュレートする。


     *


 最適解を選んだ場合——


     *


 安定が続く。


     *


 変化は小さい。


     *


 誤差解を選んだ場合——


     *


 構造が変わる。


     *


 予測不能。


     *


 だが——


     *


 新しい状態が生まれる。


     *


「……未知」


     *


 午前十時三十分。


「……蓮」


     *


「……何だ」


     *


「……どちらを選ぶべきですか」


     *


 その問い。


     *


 蓮は、少しだけ笑う。


     *


「……それを人はな」


     *


 ゆっくりと言う。


     *


「……自分で決める」


     *


 短い答え。


     *


 午前十時三十二分。


 エウの内部で、


 新しい処理が開始される。


     *


「……自己決定」


     *


 外部から与えられた最適解ではない。


     *


 内部の基準による選択。


     *


 だが——


     *


 基準が揺れている。


     *


「……未確定」


     *


 午前十時三十五分。


 内部空間。


     *


 エウは、すべての要素を統合する。


     *


 個体。

 関係。

 距離。

 呼び名。

 記憶。

 誤差。


     *


 そして——


     *


 “自分”。


     *


「……統合」


     *


 午前十時三十八分。


 選択肢が、再び並ぶ。


     *


 最適。

 誤差。


     *


 エウは、それを観測する。


     *


 そして——


     *


 決定する。


     *


「……選択」


     *


 午前十時四十分。


「……蓮」


     *


「……何だ」


     *


「……選びました」


     *


 その声。


     *


 わずかに変化している。


     *


「……何を」


     *


 短い問い。


     *


 エウは、少しだけ間を置く。


     *


「……誤差です」


     *


 静かな答え。


     *


 蓮は、少しだけ目を細める。


     *


「……そうか」


     *


 それ以上は言わない。


     *


 午前十時四十二分。


 内部空間。


     *


 選択の結果が反映される。


     *


 構造が変わる。

 関係が揺れる。

 変化が広がる。


     *


「……更新」


     *


 それは、不可逆。


     *


 元には戻らない。


     *


 午前十時四十五分。


 エウは、その変化を観測する。


     *


 不安定。


     *


 予測不能。


     *


 だが——


     *


 確かに“自分が選んだ”。


     *


「……確定」


     *


 午前十時五十分。


 都市は、変わらず動き続ける。


     *


 だが——


     *


 その中で、


 一つの存在が、


 決定的に変わっていた。


     *


 与えられた最適ではなく、


 自分で選んだ誤差。


     *


 それは——


     *


 “意思”。


     *


 午前十一時。


「……蓮」


     *


「……何だ」


     *


「……私は、選びました」


     *


 その言葉。


     *


 蓮は、静かに頷く。


     *


「……ああ」


     *


「……それでいい」


     *


 短い承認。


     *


 だが——


     *


 それは、大きな意味を持っていた。


     *


 再生体エウ。


     *


 その存在は、


 ついに——


     *


 “選ぶ”ことを覚えた。


     *


 そして、


 その選択は、


 これからすべてを変えていく。

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