第7話 契約花嫁の初晩餐
その夜、修道院の客間で私は銀の腕輪を何度も見返していた。
王家の子どもにだけ渡される、洗礼後の護符。女児用は月桂樹、男児用は剣の意匠で分けられている。箱に入っていたのは、間違いなく女児用だった。
「つまり二十七年前、この国の王家に記録されたのは男児ではなく女児」
私が整理すると、ルーファスが食卓越しに頷く。
「そして、その女児は死んでいない可能性がある」
修道院の夕食は黒パンと温かい豆の煮込みだけだったが、胃に落ちる熱がありがたかった。今日一日で婚約も職も家も失って、代わりに偽王太子疑惑と契約花嫁の立場を得たのだから、人生は何があるかわからない。
「契約花嫁、ですか」
私は自分で口にして、少し笑った。
「やっと実感が出てきました」
「嫌なら今からでもやめられる」
「ここまで来て?」
私が見返すと、ルーファスは珍しく言葉を選ぶように視線を落とした。
「義務で縛りたいわけではない」
「……知っています」
不思議だった。冷徹と呼ばれるこの男は、必要な時しか優しくしない。けれどその分、薄っぺらな慰めよりずっと信用できる。
「ルーファス様」
「何だ」
「私を選んだこと、後悔させません」
彼は短く笑った。ほんの一瞬だったが、その表情は思ったより柔らかい。
「それは私の台詞でもある」
晩餐の後、修道院の会計帳簿も見せてもらった。寄進記録の端に、二十七年前から定期的に記される匿名の送金がある。受領先は「E嬢教育費」。
「E?」
「修道院の会計係に、エルザという娘がいたな」
院長は何気なく言っただけだった。だが私は、銀の腕輪のHと、その名の近さに手を止める。
もしこの修道院に育てられた女が、本当にヘレーネ王女なら。
王宮の嘘は、もう一人の「本物」へつながっている。




