31/40
第31話 巡礼船許可証の偽名
東港の巡礼船記録所は、湿った紙の匂いがした。
閲覧許可証控えと同じ日付の台帳を開くと、修道女エリスの乗船申請が確かにある。行き先は北海沿岸の修道院。だがその前後の頁に、妙な名が並んでいた。
エリーザ・ヴァイスフェルト。
同じ筆跡で二度、別便の旅券が切られている。しかも片方は、婚姻台帳に婚姻成立と書かれた日の翌日だ。
「修道女が二隻に乗ることはできません」
私が言うと、港役人は帳簿を覗き込み、顔をしかめた。
「下の欄、筆圧が違いますね」
もう一枚、関連便の同乗人欄を追う。すると“ローザ・ベルン”という若い女性の名がある。職掌は侍女。だが年齢も出発地も、公爵家で育ったというローザとぴたり重なった。
「偽名です」
ルーファスが低く言う。
「本物のエリーザは修道院へ向かい、別の女がその名を使って婚姻に出た」
台帳は簡潔で残酷だった。王家血筋の名だけ借りた誰かが、公爵家の花嫁として送り出されたのだ。
帰りの馬車で、私は胸の奥の重さを押さえた。ローザ本人が望んだのか、家に命じられたのかは分からない。けれど奪われたのは修道女の人生だけではない。身分のない娘の人生まで、他人の名で塗り潰されている。
また女の名前が都合よく使われた。その帳面を、もう見逃すつもりはなかった。




