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第31話 巡礼船許可証の偽名

東港の巡礼船記録所は、湿った紙の匂いがした。


 閲覧許可証控えと同じ日付の台帳を開くと、修道女エリスの乗船申請が確かにある。行き先は北海沿岸の修道院。だがその前後の頁に、妙な名が並んでいた。


 エリーザ・ヴァイスフェルト。


 同じ筆跡で二度、別便の旅券が切られている。しかも片方は、婚姻台帳に婚姻成立と書かれた日の翌日だ。


「修道女が二隻に乗ることはできません」


 私が言うと、港役人は帳簿を覗き込み、顔をしかめた。


「下の欄、筆圧が違いますね」


 もう一枚、関連便の同乗人欄を追う。すると“ローザ・ベルン”という若い女性の名がある。職掌は侍女。だが年齢も出発地も、公爵家で育ったというローザとぴたり重なった。


「偽名です」


 ルーファスが低く言う。


「本物のエリーザは修道院へ向かい、別の女がその名を使って婚姻に出た」


 台帳は簡潔で残酷だった。王家血筋の名だけ借りた誰かが、公爵家の花嫁として送り出されたのだ。


 帰りの馬車で、私は胸の奥の重さを押さえた。ローザ本人が望んだのか、家に命じられたのかは分からない。けれど奪われたのは修道女の人生だけではない。身分のない娘の人生まで、他人の名で塗り潰されている。


 また女の名前が都合よく使われた。その帳面を、もう見逃すつもりはなかった。


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