第28話 王妃教育係の沈黙
王妃教育係イレーネ・バルツは、昔から王宮で“言いすぎない人”として知られていた。
その人がヘレーネ殿下の教育予定表にここまで従順な花嫁像を書いたのなら、裏に圧力がある。
「率直に伺います」
私は午後の茶会室で切り出した。
「西方公爵家の降嫁話を、誰が急がせているのですか」
イレーネ女史は白磁の杯を置き、しばらく沈黙した。
「財務卿ローデリヒ・ヴァイスフェルトです」
やはり家の中枢が動いている。
「彼は“第一王女には古い血筋の伴侶が必要だ”と繰り返しました。王女殿下が数字や制度の話を表でなさる前に、婚姻で立場を落ち着かせたいのでしょう」
ヘレーネ殿下が小さく鼻を鳴らす。
「落ち着かせたいというより、黙らせたいのね」
イレーネ女史は否定しなかった。
「もうひとつ。持参金箱を運び込んだとき、ローデリヒ卿は“中の葡萄冠には触れるな”と強く命じました」
「箱の中身が来歴の鍵です」
私が言うと、女史はようやくこちらをまっすぐ見た。
「私は、王女殿下へ静かな微笑みを教えるより、あなた方にこの話をするほうが王宮のためだと思いました」
その告白だけで十分だった。沈黙していた人が口を開くとき、たいていその裏には長い我慢がある。
帰り際、ヘレーネ殿下がぽつりと言う。
「今日の教育で一番役に立ったわ」
イレーネ女史は、ほんの少しだけ笑った。




