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第27話 近衛総長の婚姻届
修道院から戻った夜、執務室に残っていたのは私とルーファスだけだった。
机の上には誓約書の写し、婚姻台帳の控え、洗礼証の不審点一覧。その隣へ、彼は見慣れない一枚をそっと置く。
「これは?」
「婚姻届だ」
私は思わず紙から顔を上げた。王家認証欄つきの正式書式。契約花嫁だった頃の紙とは、まるで違う。
「今すぐ出すわけではない」
ルーファスは淡々と続ける。
「だが最近、評議会でお前の立場を“契約の延長”だと揶揄する声がある。王女の婚姻監査へ口を出す資格が薄い、と」
胸の奥が冷えた。仕事への難癖としては、いかにも古い。
「だから先に」
「違う」
彼はきっぱりと言い切った。
「私は、そのためだけに出したいわけじゃない」
それ以上の言葉は短かった。
「この件が片づいたら、正式に夫になりたい」
心臓がひどく静かに高鳴る。派手な口説き文句ではない。けれど、この人らしい誠実さだった。
「……保留にしておきます」
「却下ではないな」
「帳面が片づいてから考えるのが、監査官の流儀です」
そう返すと、ルーファスはほんの少しだけ笑った。
「なら待つ。だが書式だけは用意しておく」
婚姻届は、証拠書類の隣で静かに白かった。政略のための婚姻ではない。自分で選ぶ未来の書式だと思うと、その一枚がやけに眩しく見えた。




