第23話 王家婚姻台帳の赤い糸
王家婚姻台帳は、王宮東塔の最上段に保管されている。
分厚い革表紙を開くと、金の見出しが年ごとに並んでいた。私が探したのは二十四年前、西方公爵家が王妹筋と姻戚になったとされる頁だ。
「ありましたか」
ルーファスが後ろから問う。
「ええ。でも、変です」
記録にはヴァイスフェルト家への婚姻許可番号だけがあり、肝心の花嫁名が赤い糸で消されていた。王家台帳で赤糸が使われるのは、婚約破談か修道誓約への切り替えだけだ。
「正式婚姻なら、消す理由がない」
私は指先で糸の結び目をなぞる。新しくはない。けれどその上から、薄く別の名前を書こうとした跡がある。
「元の花嫁は、途中で婚姻から外れたんです」
「それを誰かが戻そうとした?」
「ええ。しかも最近」
台帳の端には、監査局新設後の補修用インクがわずかに残っていた。つまり改竄は、つい最近この書庫で行われたことになる。
そこへヘレーネ殿下が軽い足取りで現れた。
「花嫁候補、逃げたの?」
「逃げたというより、別の道へ進んだ可能性が高いです」
「なら、その人の進んだ先を探せばいいのね」
私は頷いた。婚姻台帳が赤で消した名は、別の台帳がきっと拾っている。誓約書、旅券台帳、修道院記録。書類はひとつだけでは嘘を吐けても、すべてを揃えると必ず綻ぶ。
赤い糸の先には、まだ見つかっていない女の人生があるはずだった。




