第13話 王妃付き侍医の沈黙
ヒルデブランド医師は、王都南区の古い館で隠居していた。
六十一歳。王妃付き侍医だった頃の端正さを残しつつも、今は片足を悪くして杖をついている。最初は面会すら拒まれたが、ルーファスが近衛総長権限で身辺保護を申し出ると、ようやく書斎の扉が開いた。
「何を聞きたい」
「二十七年前の出産記録です」
私が言うと、老人の顔から血の気が引いた。
「知らん」
「なら、これを見てください」
私は偽造継承証の写しと、焼け残った頁、乳母名簿の控えを机に並べる。
「この証書は、あなたが現場にいなければ作れないレベルでよくできています。でも出産時刻の記法が違う。なぜなら本来、この欄に記されるはずだったのは王子の洗礼ではなく、王女の出生だったから」
ヒルデブランドはしばらく黙っていたが、やがて震える手で額を覆った。
「……王妃陛下は、女児を産まれた」
私は息を止める。
「男児では?」
「違う。健やかな女児だった。だが国法では、病弱な国王のあとを継げる男子を求める声が強かった。夜のうちに、宮務局と大公家の者たちが動いた」
「ではレオポルト殿下は」
「同じ夜に大公家分家で生まれた男児だ。死産となったと偽って城へ運び込まれた」
書斎が静まり返る。私はゆっくり問いを重ねた。
「本物の王女は?」
「王妃付き乳母マグダが連れ出した。王妃は正気のうちに、子を生かせと命じられた」
ヒルデブランドの瞳には、二十七年分の後悔が滲んでいた。
「私は黙った。命惜しさにな」
「今、話してくださっただけで十分です」
十分ではない。本当はもっと早く欲しかった証言だ。でも、今ならまだ間に合う。




