第12話 元婚約者は証言を買いに来る
翌朝、エドガーは近衛総長公邸にまでやって来た。
応接室で向かい合うと、彼はまず懐かしむような顔を作り、それから王宮人らしい交渉の声に切り替えた。
「マルティナ、あの夜会での態度は謝る。だが君もわかっているだろう。国は安定を要する」
「安定のためなら、継承証を偽造してもいいと?」
「言い方を選べ」
彼は封筒を差し出した。中には、私の王宮復職推薦状と多額の支度金証書が入っている。
「君が“封蝋の見間違いだった”と一言言えば済む。私たちの婚約も、形を変えて」
「戻ると思ったの?」
問い返すと、エドガーは一瞬だけ昔の顔になった。つまり、自分はまだ選ばれる側だと思っている男の顔だ。
「君は仕事を愛している。王宮に戻れれば、それで」
「私が愛しているのは仕事であって、嘘の王宮ではないわ」
私は封筒を押し返した。
「それに、あなたの父上の名前が乳母名簿にありました」
エドガーの指先が止まる。
「どこまで見た」
「あなたが思うより、ずっと奥まで」
彼は立ち上がり、声を落とした。
「老侍医ヒルデブランドは何も話さない。墓も帳簿も、最後の穴は塞いである。君一人では証明できない」
それだけ言い残し、彼は出て行った。
私はすぐにメモを取る。
「老侍医ヒルデブランド。つまり穴はそこね」
扉の外で立ち聞きしていたわけではないだろうに、ルーファスが廊下の先から現れた。
「会話は終わったか」
「ええ。次の行き先が決まりました」
塞いだつもりの穴ほど、よく風が通るものだ。




