第10話 書き換えられた乳母名簿
修道院を離れ、私たちは王都手前の近衛中継館へ入った。
安全な部屋で、私は焼け残った頁と乳母の雇用台帳を並べる。二十七年前、王宮会計から支払われていた乳母マグダの手当は、「夭折した第一王女」の死後も七年間続いていた。
「死んだ子に乳母代は払わない」
「つまり、生きていた」
ルーファスの言葉に、私は頷いた。
さらに台帳の余白には、会計上の便宜のためか、受領人の略号が残っている。H.E.。ヘレーネ・エルザ。偶然では片づけられない。
エルザ本人にも話をした。彼女は青ざめながら、幼い頃から何度も同じ夢を見るのだと打ち明けた。
「鐘の音と、青い布に包まれている夢です。誰かが“姫様”って泣いていて」
私は銀の腕輪を彼女の手に載せた。
「あなたが望まなくても、あなたの出自は王宮の事件に関わっている」
「私は王女になりたいわけじゃありません」
「でしょうね」
私はやわらかく答えた。
「でも、偽物のために本物が捨てられたなら、それは正されるべきです」
エルザは長い沈黙のあと、腕輪を握りしめた。
「逃げたままでも、狙われ続けるんですよね」
「ええ」
「なら、証言します」
その覚悟に応えるように、私は最後の線を引いた。乳母手当の支払承認者は、当時の宮務補佐官フリッツ・ハルトマン。エドガーの父だ。
血統詐欺は一世代では終わっていない。ハルトマン家が、親子で関わっている。




