第二話:理論なき魔術は、ただの欠陥品だ
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
外に出るのは、いつ以来だろうか。
肌に触れる空気は少し冷たかったけれど、決して不快なものではなかった。
「ここでいいだろ。遮蔽物もないし、お前の工房を壊す心配もない」
メディウスが足を止めた。工房から少し離れた、なだらかな丘。視界が開け、戦うには申し分のない場所だ。
「……本気なんですか?」
「もちろん。俺が手を抜いて勝っても、お前は納得しないだろ?」
メディウスが軽く肩を回す。その無造作な仕草ひとつで、周囲の魔素がピリリと引き締まるのが分かった。この人、本気だ。国家魔術師としての「格」が、肌を刺すようなプレッシャーとなって伝わってくる。
「お前も遠慮するなよ。死なない程度に可愛がってやるから」
「……」
正直に言えば、あまりやりたくない。戦うこと自体に興味はないし、何より魔術を振るうことへの恐怖は、まだ完全には消えていないのだ。
けれど、この男を黙らせるには、理屈よりも結果を見せるしかないことも分かっていた。
「……分かりました。条件は?」
「簡単だ。俺に一発でも入れれば、お前の勝ち。逆に、俺の魔術でお前が動けなくなったら、俺の勝ち。……妥当だろ?」
「……否定できないのが、少し腹立たしいですね」
僕はため息をつき、静かに構えた。
「じゃあ、いくぞ。――『万物を縛る見えざる鎖よ、我が意に従え』! 『重圧』!」
初歩的な重力魔術。直後、大気が鳴動した。
「っ……!」
一瞬で体が沈み込んだ。見えない巨人に肩を押し潰されているような感覚。膝が悲鳴を上げ、地面に数センチほどめり込む。
「どうした? 立てないか? 国家魔術師の重力は、引きこもりには少し重すぎたか?」
頭上から降ってくる、余裕に満ちた声音。……確かに強い。無駄のない魔素配分、教科書を体現したような完璧な構築。
だからこそ――。
「……でも。問題は、そこじゃないんです」
僕は意識を切り替えた。
「――『解析』」
世界から色が抜け、情報の海が広がる。視界の中で魔素が奔流となり、複雑な構築図を描き出す。重力を発生させるための流れ、圧縮の軸。
完璧に見える構築。けれど、僕の目には「それ」が見えていた。
「……見えた。やっぱり、ある」
構築の中に潜む、確実な“揺らぎ”。
「ほう?」
メディウスの声が、わずかに色を変える。
「その重圧の中で、まだ喋る余裕があるのか」
「余裕じゃないですよ。ただ――分かってしまうだけです」
ポケットから、いつもの銀の針を取り出した。指先で弄ぶ。指に吸い付くような、いつも通りの感触。
「……何だ、それは。ただの工具か?」
「戦闘中だからこそ、必要な道具です。……魔術は、壊せる」
一歩、踏み出す。鉄の塊を背負っているような重さだ。けれど、歩けないほどじゃない。
「崩せますよ。……こうやって」
さらにもう一歩。構築の中心へ肉薄する。
「――『重圧』最大展開!」
メディウスが追撃の詠唱を重ねた。圧力が倍加し、足元の地面に亀裂が走る。
「っ……!」
視界が白く霞みかける。けれど、僕は迷わなかった。
「……ここだ」
揺らぎ。ほんの一瞬の、魔素の同期ずれ。
そこに、銀の針を――垂直に、突き立てる。
「――『遮断』」
ちり、と。線香花火が弾けるような小さな音が、静寂に響いた。
それだけ。たったそれだけの干渉で、世界を縛っていた重圧が、嘘のように霧散した。
「……なに?」
メディウスの声が、驚愕に震える。
「不安定な結節点を、断ち切りました。それだけです」
僕は乱れた息を整えながら答えた。
「魔術は、論理的に連続した流れです。どこか一箇所でもその連続性を欠けば、全体が成立しなくなる。そこを突けば、どんな高位魔術でもただの霧に還ります。……それだけのことですよ」
「……なるほどな。面白い。最高に面白いぞ、エディ!」
メディウスが、愉快そうに、けれど底知れないプレッシャーを纏って笑い出した。周囲の魔素が、先ほどとは比較にならない密度で集束していく。
「だったら――これはどうだ? 『大地よ沈め、天よ押し潰せ。因果を歪め、絶対の理をここに示さん』! 『重力崩落』!!」
――来る。視界が歪むほどの超重力。
地面そのものが巨大な穴のように陥没し、周囲の小石や枯葉が粉々に砕け散る。
「……」
けれど、やることは同じだ。
「――『解析』」
構築は迷路のように複雑化している。多重に組まれた魔素の回廊。それでも、意思が介在する以上、そこには必ず、わずかな“ズレ”が生じる。
「……そこだ!」
沈み込む大地に足を踏ん張り、僕は無理やり前進した。肋骨が軋む音が聞こえる。けれど、ここで止まれば終わる。
針を構える。狙いは、構築の最深部――魔素の「心臓」。
「――『遮断』!」
鋭く、突き刺した。
瞬間。世界から、すべての音が消えた。
狂ったような重圧も、大気の震えも、すべてが白昼夢だったかのように静まり返る。
「……嘘だろ」
メディウスが、呆然と呟いた。本気で、心からの驚愕。
「……一発、でしたよね。続けますか?」
メディウスが、今度は子供のように屈託なく笑った。
「俺の負けだ。完敗だよ。……いや、余計に興味が湧いた。お前のその『目』にな」
「……嫌な予感しかしない」
「来い、学院に。非常勤講師としてな。お前のその『魔術を物理的に解体する』技術……放っておくにはもったいなさすぎるんだよ」
メディウスの瞳に宿った熱量は、消えるどころか増していた。
「……」
一人、丘の上に取り残される。
平穏だった引きこもり生活に、大きな亀裂が入ったような気がした。
厄介で、不本意で。
けれど――手の中の銀の針を見つめ、僕はほんのわずかに、自分でも気づかないくらい微かに、笑っていた。
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