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第一話:工房に引きこもる天才エンジニア

このシリーズは既に完結まで執筆しております。

3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。

……静かだ。

薄暗い工房に、工具の触れ合う硬質な音だけが規則正しく響く。


かちり。きん、と小さな、耳に心地よい金属音。

それだけで、僕には十分だった。


「……うん」


手元の魔術具をゆっくりと回し、多角的に観察する。

魔素の流動は安定している。回路の接合部にも、目立った歪みは見当たらない。

だが。


「いや、違うな。ここだ」


ほんのわずか。熟練の魔術師ですら見落とすような、ミクロン単位の揺らぎ。

普通なら「許容範囲」で片付けられる誤差だ。だが、僕にとっては致命的な欠陥に見える。


「角度がコンマ三度、甘い」


銀の針を隙間に差し込み、極小の負荷をかけて回路の位相をずらす。

それだけで、内部を流れる魔素が劇的に変化した。

淀みが消え、透き通った水のように滑らかに、論理(ロジック)通りに循環し始める。


「……よし」


満足して、肺の奥に溜まっていた息を吐き出す。

こういう瞬間が、一番いい。

魔術という不確かな現象が、僕の構築した理屈通りに“正解”を示す瞬間。

それだけで、この引きこもり生活には価値があった。


「相変わらずだな、お前は。偏執的と言ってもいい」


背後から、不意に声がした。


「うわっ……!?」


椅子から転げ落ちそうになりながら、慌てて振り向く。

そこには、いつの間にか部屋の真ん中に立って、ニヤニヤとこちらを見下ろしている男がいた。


「ノック……! ノックくらいしてくださいよ、メディウス!」

「したぞ。三回もな」

「嘘だ。一回も聞こえませんでしたよ」

「集中しすぎて耳が死んでたんだろ。職人の鑑だな」


……否定できないのが、余計に腹立たしい。


「で、今日は何しに来たんですか。僕の作業時間は一秒一金なんですが」


ため息をつきながら、作業台の上の工具を整理する。

男――メディウス・クロスフィードは、悪びれる様子もなく肩をすくめた。


「決まってるだろ。親友の顔を見に来たんだよ」

「帰ってください。さっき見ましたよね」

「冷たいなぁ。せっかく差し入れを持ってきたっていうのに」


口ではそう言いながら、彼は勝手に予備の椅子を引き寄せて座り込んだ。

この図々しさは、学生時代から一ミリも変わっていない。


「……で」


しばらく、僕が手を動かす様子を黙って眺めていたメディウスが、少しだけ声を低くした。


「例の論文、読ませてもらったぞ。あの『魔術再構築理論』」

「……」


手が、ほんの一瞬だけ止まる。

平静を装って、すぐに作業を再開した。


「どうでした。感想は」

「正直に言えば、頭がおかしいと思った」

「帰ってください」

「最高に褒めてるんだよ、バカ技師」


どこがだ。


「魔術をブラックボックスとして拝むのをやめて、すべてを『構築式』として再定義する……か。七賢人の直弟子じゃなきゃ、処刑物の異端思想だな」

「やらないんじゃなくて、皆、解体する勇気がないだけです。中身が空っぽだったら怖いから」

「言うねぇ、相変わらず」


メディウスはくく、と喉を鳴らして笑った。

彼は肘をついて、作業台に並んだ僕のノートを覗き込む。


「だが、理屈としては通ってる。お前の式をなぞれば、確かに魔術の効率は跳ね上がるだろうな」

「……まだ、詰めが甘いですよ」


ぼそりと、自分自身に言い聞かせるように呟く。


「そこは認めるのか?」

「当然です。数学的な美しさが足りない。あと一歩……いや、決定的な何かが欠けている気がする」

「はは、難儀な性格してるな。完璧主義もそこまで行くと病気だぞ」


放っておいてほしい。

僕は工具を置き、椅子に深く座り直した。

メディウスと話すと、どうにも精神的に疲れる。


「……でもな、エディ」


メディウスの目が、少しだけ真面目な輝きを帯びた。


「お前のその理論、あれは世に広まるべきだ。少なくとも、今の適当な魔術教育をぶっ壊す特効薬にはなる」

「……」

「今の魔術師は、感覚に頼りすぎているんだ。詠唱して、魔素をドバッと流して、あとは運任せ。そんなの、欠陥住宅を量産してるのと変わらないだろ?」


それは、否定できない事実だった。


「だから、事故が起きる。……最近も学院であったぞ」


その言葉に、僕の視線が自然と上がった。


「……事故?」

「ああ。生徒が『威力を上げたい』なんて安易な理由で術式をアレンジしてな。理屈も分からずに中枢(コア)をいじれば、そりゃ暴走する」


胸の奥が、氷を飲み込んだように冷たくざわつく。

思い出すのは、あの廃棄場。

眩しすぎる光。鼓膜を潰す爆音。そして――。


「大した被害じゃなかったがな。周りの教師が無理やり抑え込んだ」


メディウスは淡々と続ける。


「でも、次はどうなるか分からない。いつか、取り返しのつかない『特大の』が来るぞ」

「……」

「その前に、どうにかしたいんだ。お前の理論があれば、救える連中がいる。……お前なら、できるだろ」


――また、それだ。

僕は、露骨に顔をしかめた。


「無理ですよ。何度も言わせないでください」

「即答だな」

「無理なものは無理です。僕は表に出るようなガラじゃないし、人と話すのも……こうしてあなたと喋るだけで寿命が縮んでる気がする」

「知ってる。お前のコミュニケーション能力が絶望的なのは周知の事実だ」

「そもそも――」


言葉が、喉の奥で少しだけつっかえた。


「まだ、僕自身が理解しきれていないんです。魔術という現象を、完全には。……教える資格なんて、ありません」


それが、僕が工房に引きこもっている最大の、そして唯一の理由だ。

完全な制御。完璧な理解。

それがないままに言葉を紡ぐのは、あの日の師匠と同じ過ちを繰り返すことにならないか。


工房に、少しだけ重い沈黙が落ちた。

メディウスは、じっと僕の目を見つめていた。

やがて、彼は不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。


「……じゃあ、試してみるか。お前の理論が、どこまで本物か」

「は?」

「俺と勝負だ。エディ」


何を言ってるんだ、この人は。

メディウスはかつての僕の同級生であり、今や若くして「国家魔術師」の称号を持つ、超一流の使い手だ。


「俺に勝てば、お前の引きこもり生活を全面的に尊重してやる。二度と勧誘もしない」

「……もし、僕が負けたら?」

「学院に来い。非常勤講師としてな」


即答だった。

僕は一瞬の猶予もなく首を横に振る。


「嫌です。絶対に嫌だ」

「逃げるのか? 自分の理論に自信がないから」

「……」


ぴくり、と指が動いた。

その言い方は、あまりにもずるい。


「別に、逃げてるわけじゃありません。ただ、不毛な争いは好まないだけで」

「なら、受けろよ。お前の大好きな『論理的証明』のチャンスだぞ?」


……視線を逸らす。

正直、面倒極まりない。けれど、ここで断れば、このしつこい男は一生このネタで僕を煽り続けるだろう。

それに。

少しだけ……ほんの少しだけ、気になってしまった。

僕の「遮断(インターセプト)」が、本物の国家魔術師にどこまで通用するのか。


「……一回だけですよ」


小さく、消え入りそうな声で呟く。


「おう、そう来なくっちゃな!」


メディウスが、獲物を捕らえた猟犬のように笑った。


「場所は外だ。壊されたくないだろ、この大事な引きこもり城」

「当たり前です。傷一つつけたら修理費、上乗せしますからね」


僕は立ち上がり、作業机の引き出しから一本の「銀の針」を取り出した。

もはや体の一部のような、馴染んだ感触。それをポケットに滑り込ませる。


「……後悔しますよ。僕、性格悪いんで」

「さあな。それはやってみないと分からん」


メディウスが扉を勢いよく開ける。

差し込んできた外の光が、網膜を刺すように眩しい。


「……」


深く、深く息を吸い、そして吐き出す。

肺の空気を入れ替え、僕はゆっくりと一歩を踏み出した。


久しぶりに、外の世界へ。

魔術という名の「不条理」と、正面から向き合うために。

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この話を読んでいただきありがとうございます。


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