第三話:引きこもり、非常勤講師を拝命する
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
……静かだ。
また、いつもの工房。いつもの工具が触れ合う音、慣れ親しんだオイルと魔素の匂い。
何も変わらないはずの景色なのに――。
「……落ち着かない」
細工を施す手が、ほんの数ミリだけ止まる。
原因は明白だ。昨日の、あのメディウスとの勝負。
「……はぁ」
重いため息が漏れる。別に勝ったことを誇りたいわけじゃない。
問題は、去り際にあの男が残した言葉だ。
――俺は諦めないからな。
「本当に、しつこい人だな……」
ぼそりと毒づく。あの手のタイプは、一度狙いを定めたら絶対に引かない。
昔からそうだ。僕がどれだけ嫌がっても、土足でパーソナルスペースに踏み込んでくる。
「……」
手元の魔術具に視線を戻す。
魔素の流れは完璧。揺らぎひとつない、論理的な美しさ。
けれど、何かが決定的に足りていない。
それが何なのか、今の僕には言葉にできない。ただ、このまま工房に閉じこもっているだけでは、一生辿り着けない場所があることだけは、直感で分かっていた。
その時だった。
――ドンッ!!
突如として、外から空気を震わせる鈍い音が響いた。
「……っ!?」
跳ね起きるように顔を上げる。今のは――爆発音か。
刹那、忌まわしい記憶が脳裏をよぎる。
視界を焼き切る光。すべてをなぎ倒す衝撃波。鼻を突く、焦げた肉と鉄の匂い。
「……違う」
激しく首を振って、過去を振り払う。あれとは規模が違う。
けれど、今の音には聞き覚えがあった。魔素が制御を失い、急激に膨張した際に出る特有の破裂音だ。
「……」
立ち上がるべきか、迷う。
関係ない。僕には関係ないはずだ。小さな事故なら誰かが対処する。僕が出ていく理由なんて、どこにも――。
「……はぁ、もう!」
気づけば、僕は上着を掴んで外へ飛び出していた。
現場はすぐに分かった。
立ち上る黒煙。そして、そこら中に漂う不安定な魔素の残滓。
「……これは」
思わず、足が止まる。
そこに展開されていたのは、あまりにも雑で、あまりにも無謀な構築の成れの果てだった。
「誰だ、こんなデタラメを……」
周囲を見渡せば、数人の若者が顔を真っ青にして立ち尽くしていた。
その服装――胸元の刺繍に見覚えがある。
「学院の……生徒か?」
その中の一人が、膝を震わせながら蚊の鳴くような声で言った。
「ぼ、僕たち……ちょっと、魔術をアレンジすれば、強くなるって聞いて……」
「アレンジ、ですか?」
耳を疑った。
「教科書の詠唱を少し変えて、魔素のバイパスを繋ぎ直せば、出力が跳ね上がるって……先輩が言ってたから……」
「……」
こめかみのあたりが、ズキリと痛む。
無知ゆえの蛮勇。そして、一番取り返しのつかない事態を招く愚行だ。
「……理論は? 構築の負荷計算はしたのか? 臨界点でのノイズ制御はどうなっている」
「え? あ、あの……」
「中身を理解しているのか、と聞いているんです!」
少し声を荒らげてしまう。生徒たちはビクリと肩を揺らし、言葉を詰まらせた。
答えを聞くまでもない。
「してない、ですよね……」
小さく呟き、視線を惨状に戻す。
爆発は一度では終わっていなかった。不完全な構築が「核」として残り、周囲の魔素を吸収しながら、再び臨界に達しようとしている。
「……最悪だ」
このまま放置すれば、数分以内に二度目の暴走が起きる。
今度は、先ほどの比ではない規模の連鎖爆発になるはずだ。
「……下がってください。全員、今すぐに」
「え……?」
「早く!!」
叫ぶような声に押され、生徒たちが慌てて距離を取る。
「……」
一人、燻る魔術の残骸の前に立つ。
目の前で、不安定な構築が醜く波打っている。崩れかけ、歪み、破滅へと向かう魔素の流れ。
――あの日と、同じだ。
「……っ」
手が、止まる。
ポケットの中の銀の針を握ったまま、動けない。
嫌な汗が背中を伝う。
もし、僕が干渉したせいで、余計に事態が悪化したら?
もし、僕の「遮断」が失敗して、この子たちが死んだら?
――また、壊すのか? エディ。
頭の中で、自分自身の蔑むような声が響く。
「あ、あの……?」
後ろから、不安げな声が届いた。
振り返れば、生徒たちが縋るような目で僕を見ている。
「……」
その瞳を見て、ふと正気に戻った。
ここで僕が何もしなければ、この魔術は確実に暴走する。この子たちは間違いなく巻き込まれる。
師匠は言ったはずだ。「お前なら見える」と。
見える者にしか果たせない責任があることを。
「……やるしかない、か」
小さく、自分に言い聞かせるように呟く。
震える指先で、銀の針を引き抜いた。
いつも通りの冷たい感触。それが、わずかに僕の理性を繋ぎ止める。
「……大丈夫。これは、僕の知っている形だ」
魔術を解析する。
構築を追い、流れを読み切り、歪みの「正体」を特定する。
規模こそ違うが、理屈はあの重力魔術と同じだ。
「……ここだ……『遮断』」
暴走の起点。不安定に脈動する魔素の結節点。
そこに――迷いなく、針を突き立てる。
ちりっ。
静かな音が響き、次の瞬間。
猛り狂っていた魔素の奔流が、一瞬にして凪へと変わった。
「……え?」
「消えた……? 魔法が、消えたぞ!」
背後で生徒たちが歓声を上げる。
暴走寸前だった魔術が、跡形もなく、優しく霧散したのだ。
「……」
僕は返事をする余裕もなく、ただその場に立ち尽くしていた。
心臓が早鐘を打っている。膝の震えが止まらない。
けれど。
「……止まった」
誰一人、傷つかなかった。
ちゃんと、救えたんだ。
「やっぱりな。お前なら、そうすると思ったよ」
聞き慣れた、憎たらしいほど落ち着いた声。
「……見てたんですか。悪趣味ですよ、メディウス」
「途中からな。まあ、俺が出るまでもなかったな」
メディウスが、瓦礫を避けてこちらへ歩いてくる。
「今のを見たろ? エディ。これが、お前のいない場所で起きている『現実』だ」
「……」
「理屈も分からずに魔術をいじり、壊し、自分たちまで壊そうとする」
メディウスの言葉が、重く胸に突き刺さる。
「お前がいれば止められる。でも、お前はいつもここにいるわけじゃない」
「……」
「だったら、どうすればいい? 答えはひとつだろ」
メディウスが、僕の目を真っ直ぐに見据えた。
「教えるんだよ。壊れない魔術を。……壊しても、自分で直せる術をな」
「……」
言い返そうとして、言葉が詰まる。
さっきの生徒たちの、恐怖に染まった顔が脳裏に焼き付いている。
彼らに足りないのは才能じゃない。「理解」だ。
「……僕は、まだ完璧じゃないんです。全部を理解できているわけじゃない」
「いいよ。完璧なんて、俺だって求めてない」
メディウスはあっさりと笑った。
「でも、お前は誰よりも『分かろうとしている』。その姿勢こそが、今の連中には必要なんだよ」
視線を落とせば、先ほどの生徒たちが、助けてくれた僕を尊敬と期待の混じった目で見つめている。
ああ、そうか。
ここで僕が背を向ければ、明日も、明後日も、世界のどこかで同じ悲劇が繰り返される。
師匠が遺したかったのは、人を殺す兵器じゃない。
「未来」だったはずだ。
「……」
長く、深く息を吐き出す。
そして、僕はゆっくりと顔を上げた。
「……分かりました。やりますよ」
「おう、そう来なくっちゃな!」
「ただし」
僕は人差し指を立てる。
「あくまで非常勤です。本業は魔術技師ですから」
「分かってる」
「それと、目立つのは絶対に嫌です。僕は影のように過ごします」
「善処しよう」
「……その顔、絶対嘘ですよね?」
不安しかない。けれど、もう決めてしまった。
「あ、そういや……エディ」
「なんですか?」
「お前さんが七賢人『二代目エンビィー・ノワール』ってことは伏せておくからな?」
「……自分だってバレたくないですよ」
七賢人。
国家の魔術を統べる最高機関。
王国の魔術体系・政治・歴史に影響を与える巨大な存在の魔術師に与えられる勲章。
自分は元七賢人のエンビィー・ノワールの弟子であり、魔術構築においての論文をいくつも出していることから文明を発展させる影響力を持っている。……と言われているらしい。
他にも戦術、医術、経済、古代魔術などの様々な分野に特化した七賢人が存在する。
元々、七賢人になんてなるつもりは無かったが、とある人の推薦により受勲することになった。
しかし、自分は師匠と同格だとは微塵も思わないので名乗ることを拒み、『二代目エンビィー・ノワール』として、密かに論文を出している。
「学院側には黙っておいてくださいね……。……では、行きますよ」
「どこに?」
「決まってるでしょう。壊れない魔術を、教えにですよ」
自分でも驚くほど、はっきりとした口調だった。
胸の奥の怖さは消えていない。けれど、それ以上に「やらなければならない」という静かな熱が、僕を突き動かしていた。
「――行きましょう。メディウス」
「ああ、歓迎するよ。エディ先生」
二人で歩き出す。
平穏な引きこもり生活に別れを告げ、新しい「面倒」と、それ以上の「可能性」が待つ場所へ。
これが、僕が歴史の表舞台へと一歩を踏み出した、最初の瞬間だった。
【※読者の皆様へ。重要なお知らせ】
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