第二話:公表された七賢人。変わらぬ教室の風景
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
正直に言うと。
「……やりすぎましたね」
僕は教官室の机に突っ伏しながら、消え入りそうな声で呟いた。
窓の外、学院の中庭にはいつもより明らかに人が多い。色めき立った生徒や、中には外部の記者らしき姿まで混じっている。理由は単純明快だ。
僕が「七賢人」の一人であるという事実が、正式に公表されたからだ。
「いやいや、『やりすぎた』で済ませるなよ、『七賢人のエディ・ノイマン』」
向かいの椅子に座っているメディウスが、愉快そうに肩を揺らした。
「王都中がひっくり返るような騒ぎだぞ。『正体不明の七賢人が、実は学院のさえない講師だった』ってな。劇的じゃないか」
「……他人事だと思って」
分かっていたことだ。だからこそ、本当は一生隠し通すつもりだった。
けれど、あの報告書を燃やした瞬間に、僕は「陰に潜む賢者」であることを止めたのだ。責任を負うということは、表に出るということでもある。
「で? どうするんだよ、この後。注目の的だぞ」
「どうする、とは」
「決まってるだろ。今日の講義、見物人で教室が埋まるぜ。まともに授業なんてできるのか?」
メディウスの指摘に、僕は少しだけ考えた。
いや、答えは最初から決まっている。
「いつも通り、やります」
「は?」
「僕はここの講師ですから。肩書きが何であれ、教壇でやることは変わりません」
それが僕の矜持だ。七賢人の権威で人を動かすのではなく、一人の技師として理屈を説く。それだけだ。
「……ははっ、本当にお前は変わらねえな」
メディウスは呆れたようにため息をつき、立ち上がった。
「まあ、安心しろ。ミラ理事長の方で『過度な干渉は禁止』と通達を出したらしい。見物人はともかく、変な連中が絡んでくるのは防げるはずだ」
「……ありがたいですが、完全に見透かされていますね」
「違いない。じゃあな、時の人。お手並み拝見といこうぜ」
ひらひらと手を振り、メディウスは部屋を出ていった。
静寂が戻る。僕は眼鏡をかけ直し、ゆっくりと立ち上がった。
逃げる理由は、もうどこにもない。
教室の前に立つ。扉の向こうから、これまでにないほどのざわめきが漏れ聞こえてくる。
「……ふう」
一度だけ深く呼吸し、ガラリと扉を開けた。
一瞬で、全ての視線が僕に突き刺さる。
「……あ」
「本物だ……本当に彼が……」
「二代目エンビィー・ノワール……」
ひそひそとした囁きが波のように広がる。教室内には、本来の受講生ではない生徒たちも壁際にまで溢れかえっていた。
だが、その喧騒の真ん中に、いつもの見慣れた顔があった。
クロエがにやりと不敵に笑い、リテラはいつも通り静かにノートを広げている。レオンは腕を組み、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
(……彼らが変わらないのなら、大丈夫だ)
教壇に立ち、僕は一度だけ咳払いをした。
「えー……まず一つ、訂正があります」
教室内が水を打ったように静まり返る。
「僕が七賢人の一人であるという話ですが、正確には、その称号を継承した『二代目エンビィー・ノワール』です」
ざわっ、と空気が揺れた。歴史に名を刻む破壊の象徴。その名が持つ重みに、数人の生徒が息を呑むのが分かった。
「ただし」
僕は一拍置き、はっきりと言い切った。
「それと、この授業の内容は一切関係ありません。ここでは、七賢人としてではなく、一人の魔術技師として教えます」
一呼吸おいて、教室全体を見渡す。
「……なので、見物だけが目的の方は、今のうちに帰っていただいて構いません。ここから先は、ただの退屈な技術論ですから」
沈黙が数秒続いた。
やがて、気まずそうに顔を見合わせ、野次馬目的だった他クラスの生徒たちが数人ずつ立ち上がった。
「……すみません」
「いや、その、失礼しました」
彼らが去り、教室には本来の生徒たちと、純粋に僕の言葉に興味を持った数人だけが残った。
(……よし。これでいい)
「では、始めます」
チョークを取り、黒板に迷いのない線を引く。
「前回は『術式の不備』について話しましたね。今日はその続き――『なぜ不備は生まれるのか』についてです」
振り返ると、生徒たちの目が変わっていた。「伝説の賢者」を見る好奇の目ではない。教えを請う「学生」の目だ。
「例えば、詠唱起動。便利ですよね。どこでも使えるし、応用も効く」
クロエが大きく頷く。
「でも、その分だけ『曖昧さ』が残る。言葉は人によって解釈が違う。その微細なズレが積み重なり、限界を超えたとき……」
チョークを置き、僕は静かに告げた。
「――魔術は、暴走します」
静寂。
「だからこそ、僕たちは構築を理解しなければならない。魔術は、決して不可解な神秘ではない。そこには確かな仕組みがあり、理屈があります」
一歩、教壇から踏み出す。
「そして、仕組みである以上……それは、壊れます」
生徒たちが息を呑む。
「でも。壊れるものなら、直せる。改良もできる。それが、僕たちが志すべき『技術』です」
言い切った。
ほんの数秒の沈黙の後、レオンが小さく独り言のように呟いた。
「……なるほどな。だから『構築』から叩き込んでたのか」
その一言で、教室の空気が完全に定まった。
届いている。肩書きという虚飾ではなく、僕が伝えようとしている本質が。
少しだけ、胸の奥の支えが取れたような気がした。
「では、実際にやってみましょうか。この構築式のどこに『綻び』があるか……探してみてください」
教室が、一気に前のめりになる。
そこにはもう、騒がしい有名人はいない。いるのは、どこにでもいる、けれど誰よりも真剣な講師と生徒たちだ。
(……これでいい)
僕は小さく微笑み、チョークを握り直した。
肩書きなんて関係ない。僕はただ、魔術という不器用な道具の扱い方を、彼らに伝えていくだけだ。
午後の柔らかな光が差し込む中、僕たちの新しい授業が始まった。
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