最終話:放課後の争奪戦。先生、次は私たちの番です!
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
放課後。
「……やっと、終わりましたね」
僕は誰もいなくなった教壇で、小さく息を吐いた。
七賢人の公表を経てからというもの、講義の熱量は日に日に増している。黒板に書いた一字一句、魔素の流動図の一つひとつを、生徒たちは飢えた獣のような鋭い目で見つめていた。
「いい傾向、なんでしょうけどね……」
正直に言えば、嬉しい。けれどその分、彼らから投げかけられる高度な質問への回答に、僕の脳は短縮詠唱時にも似た心地よい負荷を強いられていた。
「先生」
不意に、背後から声がかかる。振り返ると、そこには――。
「これ、見てほしいんだけど」
クロエだった。いつもの自信ありげな、けれど師を見る期待に満ちた瞳。その手には、書き込みの激しい一枚の設計図が握られている。
「新しい魔術具の試作案。ウチなりに『循環』を組み込んでみたわ」
受け取ると、そこにはスノードームの啓示を経て彼女が辿り着いた、独創的な術式が躍っていた。
「……なるほど。発想は面白い。外部への漏洩を抑えつつ、内部で出力を増幅させる。構造としては悪くありません」
「でしょ!」
クロエが鼻を高くする。
「ただ――」
僕は図面の一点を指で示した。
「ここ。この屈曲部で魔素の流れがわずかに滞っている。このままだと、連続発動時に熱を持ち、安定性が損なわれるかも」
「えっ……マジ? そこまで計算してたつもりなんだけど……」
クロエが顔をしかめ、図面を覗き込む。
「惜しいよ。あと一歩、ここの干渉さえ取り除けば完成度は跳ね上がるはず」
「……ふーん」
クロエが腕を組み、じっと僕を見上げてきた。
「じゃあさ。どこをどう直せばいいか、ウチが納得するまで隣で教えてよ、先生」
ぐいっ、と顔が近づく。
「あの、クロエさん、少し距離が――」
「そこは、違います」
遮るように、横からすっと白い手が伸びてきた。
「え?」
「魔素の滞留が起きているのはそこではなく、この接続点。バイパスの構築ミスです」
いつの間にか現れたリテラが、静かに、けれど断固とした口調で指摘する。
「クロエさんの案では、第ニ回路の循環が重複しています。結果として、自己干渉による減衰が起きていますね」
クロエが眉をひそめてリテラを睨む。
「……リテラ。あんた、いつの間にいたのよ」
「先生の指摘も正しいですが、より根本的な欠陥はこちらです。修正すべき優先順位を間違えないでください」
リテラの瞳が、静かに火花を散らす。
(……なんか始まった)
放課後のこの光景は、もはや日常の一部になりつつあった。
「じゃあさ、リテラ」
クロエが不敵に笑う。
「どっちの修正案が先生の理論に近いか、今ここで決めようじゃない」
「望むところです。技術に妥協は不要ですから」
「あの、二人とも。どちらの指摘も正しいから、段階的に修正すれば――」
「先生はどっちを支持するの?」
「……え?」
二人の視線が、同時に僕を射抜いた。逃げ場はない。
「ええと……」
僕は冷や汗をかきながら、二人の図面を交互に見た。
「先に直すべきは、リテラさんの指摘した接続点。その上で、クロエさんの部分を調整すれば、この魔術具は劇的に安定するよ」
沈黙が数秒。
「……そっか。負けた、ってことね」
クロエが小さく肩を落として笑う。
リテラはじーとクロエを見つめる。
「勝ち負けではありません。これは精度の問題です」
「はいはい、分かってる」
けれど、クロエの目は死んでいなかった。
「次は、絶対に負けないから。……先生を驚かせるのは、ウチなんだからね」
「……私も、負けるつもりはありません。次回の論文も、先生の査読を一番に受けます」
また、二人の意志に火がついた。
「じゃあさ!」
クロエがぐいっと身を乗り出す。
「先生、放課後の補習。今すぐ、一緒にやってよ!」
「いえ、私が先です。この設計の改善案、すでに三パターン用意しています」
「はぁ!? ウチが先に持ってきたんだけど!」
「優先度は内容の深さで決めるべきです」
(ああ……)
僕は苦笑いするしかなかった。
「先生」
「はい」
「「どっちを、先に見るんですか!?」」
左右から同時に詰め寄られ、僕は完全に挟み撃ちになった。
「ええと……順番にやろうか。まずはリテラさんの案を確認して、その次にクロエさんの――」
「じゃあ、ウチは先生の左側に座る」
「……では、私は右側を確保します」
気づけば、僕は二人にぴったりと左右をガードされていた。
「……あの、近すぎませんか?」
「気のせいでしょ」
「問題ありません。効率的な指導のためです」
(問題、ありますけどね……)
けれど、不思議と嫌な気はしなかった。
「……分かった、分かりました。観念します。では、やりましょうか」
図面を広げ、三人の頭が一つに集まる。
「ここなんだけど、先生――」
「こちらの数式を、こう書き換えるのはどうでしょう――」
重なる声。熱を帯びた議論。
僕は不意に、こみ上げてくるものを抑えきれずに呟いた。
「……楽しい、ですね」
「え?」
「何?」
二人が不思議そうにこちらを見る。
「いえ、その……こうして皆で、魔術の未来をあーだこーだと言い合えるのは、本当にいいことだと思って」
僕の、飾らない本音。
一瞬、クロエが目を丸くして、それから吹き出した。
「あはは! 先生、本当そういうとこあるよね。七賢人なのに、ただの魔術技師なんだから」
「……ふふ。はい。私も、そう思います」
リテラも、いつになく柔らかく、本当に嬉しそうに笑った。
窓の外。夕焼けが教室を黄金色に染めていく。
騒がしくて、少し近くて、けれど何よりも尊い時間。
(……ああ。これが、あの人が言っていた『違う未来』の一部なのかもしれないな)
魔術は、孤独な神秘じゃない。
技術だ。理解し、改良し、次の世代へと繋いでいくもの。
そして人も、同じだ。
ぶつかり合い、支え合い、少しずつ理想の形を構築していく。
「先生、聞いてる?」
「すみません、この部分の流動係数をもう一度お願いします」
笑い声が重なり、ペンが走る音が響く。
僕は目を細め、チョークを握り直した。
「では、続けましょうか。僕たちの――魔術の未来を構築するために」
夕暮れの学園に、新しい時代を紡ぐ音があたたかく響き渡っていた。
――完。
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