第七話:技術者の矜持。報告書を燃やした日
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
理事長室。
外の喧騒を遮断した静まり返った空間に、紙が擦れる乾いた音だけが規則的に響いていた。
「……これが、今回の検証結果です」
エディは、手にしていた厚みのある報告書をデスクに差し出した。そこには禁術三種の解析行程、再構築の数式、そして廃棄場での実験データが克明に記されている。
ミラは無言でそれを受け取ると、眼鏡の奥の瞳を動かし、ゆっくりとページをめくった。
「抑制型魔術具による物理的封印……」
「構築式の書き換えによる魔素流動の安定化……」
淡々と読み進めるミラの声。そして、あるページでその指が止まった。
「――核撃魔術」
室内の空気が、わずかに張り詰める。エディは逃げることなく、その視線を受け止めた。
「……不完全です。単独での完全制御には至っていません。ですが、多層結界および複数人での分散制御を前提とするならば、安全域に収めることは可能です」
脳裏をよぎるのは、あの燃えるような廃棄場の光景。
叫び、手を伸ばし、共に巨大なエネルギーを抑え込んだ三人の姿。
「……なるほど。見事な回答です」
ミラは報告書を閉じ、机に置いた。そして、静かに告げる。
「今回の検証ですが――国からの要請です。禁術の、戦術運用を前提とした」
その一言で、すべての点が線で繋がった。
学院への予算配分、急な検証依頼、そしてミラが提示した「解雇」という極端な条件。
(……やはり、そうか)
理解はできる。だが、納得は別だ。
「終戦を早めるための抑止力です」
ミラは続ける。その声に感情はない。
「実際に使用されるかは別として、我が国が『使用可能な状態』にあることを示す。それだけで、他国への強烈な牽制になる。政治的には、正しい判断だわ」
理屈は通っている。否定する余地は少ない。
だが――エディの胸の奥で、ある男の声が蘇る。
『エディ……お前は俺とは違う未来を作れる。技術に呑まれるなよ』
エンビィー・ノワールの、最期の言葉。
不器用で、粗雑で、けれど誰よりも魔術の「業」を知っていた男が、僕に託した願い。
(……違う未来。それは、同じ轍を踏まないということだ)
エディはわずかに拳を握りしめた。
もし、この技術を国に提出すれば、戦争は早く終わるかもしれない。けれど同時に、この魔術の「檻」を解く鍵もまた、国の手に渡る。いつか誰かがこの力で死ぬ。それは――。
「……僕の、責任になります」
無意識に、言葉が漏れていた。
ミラは何も言わず、ただ待っている。エディが、技術者として、あるいは教育者として、どちらの道を選ぶのかを。
エディはゆっくりと顔を上げた。その瞳に、もう揺らぎはなかった。
「この報告書は――提出しません」
静かに、だが鋼のような硬さを持った拒絶。
「ほう」
ミラの目が、わずかに細くなる。
「理由を聞かせなさい」
「兵器として転用される可能性がある以上、この技術は公開すべきではありません。技術とは人を救うためのものであり、抑止力という名の『脅し』に使われるべきではない。少なくとも、今の僕にはそれを許容できません」
一歩も引かない。その覚悟を受け、ミラは試すように問いを重ねる。
「……では、どうするつもり? 国の要請を無視すれば、あなただけでなく、この学院も無事では済まないわよ」
エディは、即答した。
「『七賢人』の権限を行使します」
空気が、一気に重圧を増す。
「本件の検証結果、および関連記録のすべてを――特級機密として凍結・抹消します。僕の、独断による処分として」
それは国に対する明確な反逆であり、自らの社会的地位を捨てるに等しい宣言だった。
「……あなたが、そのすべての責任を負うと?」
「はい。すべて、僕が引き受けます」
しばしの沈黙。ミラはエディをじっと見つめていた。その覚悟の深さを測るように。
やがて。
「……いいでしょう」
ミラは静かに、深く頷いた。
「同じ七賢人の一人として、その判断を承認します。関連データは、私の権限で閲覧情報から完全に遮断しましょう」
それは単なる許可ではなかった。彼女もまた、共にその罪を背負うという意思表示だった。
ミラは机の上の報告書を手に取った。
「惜しいわね。優れた技術だわ。正しく使えば、多くの分野で革新を起こせたかもしれない」
「それでも」
彼女の指先に、小さな、青い火が灯る。
「あなたは、『使わない未来』を選んだ」
次の瞬間。
報告書が、激しい炎に包まれた。
特殊な術式を帯びた炎は、一瞬で紙束を灰へと変えていく。黒く崩れ、灰となって机に落ちるその光景は、一つの技術の終焉であり、エディが選んだ選択の証明だった。
「……後悔は?」
ミラの問いに、エディはわずかに息を吐いた。そして。
「ありません。これが、僕の矜持です」
「……そうですか」
ミラはほんのわずかに、口元を緩めた。
「ならば、その信念を貫きなさい。エンビィーが望み、あなたが選んだその道を」
胸の奥が、確かな熱を帯びる。
「……はい」
理事長室を後にし、廊下に出ると、窓の外には燃えるような夕焼けが広がっていた。
長く伸びる自分の影を見つめる。完璧な答えではないかもしれない。けれど、自分で選んだ、納得できる答えだ。
「……先生」
声に振り向くと、そこにはクロエ、リテラ、レオンの三人が待っていた。
「どうだった? クビにならずに済んだ?」
クロエが茶化すように、けれど心配そうに尋ねる。
「問題ないよ。残留も認められたしね」
そう答えると、三人は目に見えて安堵の溜息をついた。
「……何か、隠していませんか?」
リテラが鋭くエディを見つめる。
「そのうち、話すよ。今は――」
僕は三人を見渡し、少しだけ微笑んだ。
「やることが増えたからね。これからの講義は、今まで以上に厳しくなるよ」
「げっ、また厄介なの増やしたでしょ!」
クロエが呆れたように声を上げる。
「だろうな。ですが、望むところです」
レオンが不敵に笑い、リテラも静かに頷いた。
エディは、前を向いた。
壊さないための魔術。守るための技術。そして、それを受け継いでいく生徒たち。
茨の道かもしれないが、この三人と一緒なら、どこまでも行ける気がした。
夕焼けの中、四人の影が並んで長く、明日へと伸びていた。
【※読者の皆様へ。重要なお知らせ】
この話を読んでいただきありがとうございます。
「面白いかも! 続きが楽しみ!」
「陰ながら応援してるよ!」
「引き続き頑張ってください!」
と思ってくださった方は、この下にあるポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にして、『ポイント評価』をお願いします。
是非とも宜しくお願いいたします。
今後も更新を続けていく為の大きな励みになりますので、どうか何卒よろしくお願いいたします。
↓広告の下あたりに【☆☆☆☆☆】欄があります。




