第六話:重ね合わせた結界。師弟の力
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
結界が、砕ける。
蜘蛛の巣状に走った亀裂から漏れ出した白光が、内圧に耐えかねて一気に膨張した。抑えきれない破壊のエネルギーが、濁流となって外へと溢れ出そうとしている。
(……間に合わない)
一瞬で理解した。
このまま外殻が完全に霧散すれば、核撃魔術の余波がこの場にいる全員を飲み込む。
「――下がってください!!」
叫び、同時に僕は前へと踏み出した。
「先生!?」
クロエの驚愕の声が背後で弾ける。構いはしない。魔素回路をオーバーロード寸前まで引き上げ、指先から強制的な再構築を試みる。
(防ぎきれなくてもいい。軌道を逸らせばいい。被害を最小限に――)
その自己犠牲的な思考は、鋭い拒絶の声によって遮られた。
「やめてください!!」
リテラの凛とした声が響く。
次の瞬間、僕の両脇を抜けて二つの魔術具が戦場へと投げ込まれた。
クロエが投げた増幅装置が、空中で弾けるように起動する。緻密さには欠けるが、圧倒的な出力を持つ力強い結界。
間髪入れず、リテラの展開した術式がその外側へと静かに重なった。一切の無駄を削ぎ落とした、精密な幾何学模様の補助構造。
「一人で全部やるなって、先生、自分で言ってたでしょ!」
肩を並べたクロエが、歯を食いしばりながら叫ぶ。
「共同対処です、先生。これは、私たち自身の問題でもありますから」
リテラは、瞳の奥に静かな決意を宿して告げた。
不意を突かれ、一瞬だけ言葉を失う。
けれど、その一言で止まりかけていた僕の思考が鮮明に再起動した。
(……そうぁ。僕は、一人で戦っているわけではない)
わずかに熱い息を吐き、意識を研ぎ澄ます。
「……ありがとう。僕の拍子に、合わせてください」
内側。
崩壊しかけた結界を、僕が核撃の中枢ごと強引に再構築し、封じ込める。
中層。
クロエの荒々しい結界が、漏れ出す衝撃を正面から受け止める。
外層。
リテラの精密な術式が、全体の歪みを補正し、空間を安定させる。
三層。いや、重なり合うことでそれは指数関数的な強度を生んでいた。
「重ねて……一つに!」
干渉波をミリ単位で調整する。三つの異なる魔力波長を、一つの巨大な「檻」として統合する。
「……っ!」
全神経を焼き切るような負荷が全身を走る。だが、結界はもう微動だにしない。
「まだいける! 押し返せ!」
クロエが叫び、全魔力を注ぎ込む。
「出力、安定。各層の同調率、98%を維持!」
リテラが即座に現状をフィードバックする。
そこへ、もう一つの影が割って入った。
「魔素が足りないのなら、俺も手を貸そう!」
レオンだ。包帯の間から血を滲ませながらも、彼は強引に地面へ手を突き立てた。
流し込まれる魔素は、洗練とは程遠い。だが、泥臭く、何よりも強い意志がこもっていた。
彼の介入により、結界の厚みがさらに一段階増す。
「……皆」
短く、確信を込めて呟く。
(いける。今度こそ、抑え込める!)
臨界点を超えた爆発が、三層の壁に激突する。凄まじい衝撃が地を震わせる。
だが。
「――抑え込めます!」
三人の、そして僕の力が完全に噛み合った。
外で受け、中で殺し、全体で包み込む。
猛り狂っていた核撃魔術の奔流が、徐々にその勢いを失っていく。
視界を焼いていた白光が収束し、死を予感させた圧力が嘘のように霧散していく。
そして――静寂が訪れた。
「……終わった、か」
レオンが膝をつき、大きく息を吐いた。
クロエはその場にへたり込み、額の汗を乱暴に拭う。
「……はあ……もう、死ぬかと思った……」
「問題ありません。計算通りの結果です」
と言いながら、リテラもまた、わずかに肩で息をしていた。
……本当に。
「……助かりました」
自然と、その言葉が零れ落ちる。
僕は震える手で眼鏡をかけ直し、三人を見据えた。
「クロエさん。リテラさん。レオン君」
一拍。
「ありがとうございます」
クロエが照れ隠しに視線を逸らした。
「……別に。先生が無茶するから、仕方なく助けただけでしょ」
「当然の行動です。魔術技師としての誇りにかけて」
リテラは静かに答える。だが、二人ともその口元には微かな笑みが浮かんでいた。
少し離れた場所から、ミラ理事長が静かに歩み寄ってきた。
その冷徹な視線は、まっすぐに僕へと向けられる。
「……なるほど」
短く、独り言のように呟く。
「禁術の安全化。……不完全ながらも、成立していますね」
周囲を見渡す。そこには崩壊していない地面と、完璧に抑え込まれたエネルギーの痕跡だけが残っていた。
評価。けれど、彼女の言葉はそれだけでは終わらない。
ミラの視線が、わずかに、本当にわずかに柔らいだ。
「一人ではなく、複数で補完する動的構造。……エンビィーとは、違う答えに辿り着いたというわけですか」
かつての師の名に、僕の心臓が微かに揺れる。
「……はい」
僕ははっきりと、彼女の目を見て答えた。
「僕一人では、届きませんでした。……あの日と同じように」
視線を、横に向ける。
クロエさん。リテラさん。そしてレオン君。
「ですが、届かせる方法はありました。僕が彼らを教え、彼らに助けられる……この関係こそが、僕の導き出した解です」
沈黙が流れる。やがて、ミラは小さく頷いた。
「……そうですか。ならば、認めましょう」
その一言で、辺りの空気がふっと緩んだ。
「エディ・ノイマン。あなたのアカデミー非常勤講師としての残留を許可します」
確定。
「今後も、その『方法』の正しさを証明し続けなさい」
試すような視線。だがそこには、かつての冷酷な拒絶ではなく、確かな承認と期待が込められていた。
「……はい。謹んで」
静かに応じる。胸の奥に澱のように溜まっていた重圧が、夕風に溶けて消えていくのを感じた。
燃えるような夕焼けが、廃棄場を赤く染め上げていく。
クロエが立ち上がり、衣服の汚れを払った。
「……ねえ、先生」
「なんでしょう」
「次は、もっと上手くやるから。先生のサポートなしでも、完璧な結界を張ってみせるね!」
不敵な笑み。リテラも静かに続いた。
「次回は、術式の最適化をさらに進めます。先生の演算を上回るほどに」
レオンが肩をすくめて吐き捨てる。
「その前に、基礎から叩き直しだな。……エディ先生に負けたままなのは癪なので」
僕は思わず、声を上げて笑ってしまった。
「……そうだね、楽しみにしてるよ」
夕闇が迫る中。
それぞれの背中は、かつてよりもずっと大きく、前へと進んでいた。
僕もまた、彼らの歩幅に負けないように、一歩強く踏み出した。
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