第四話:スノードームの啓示。生徒たちがくれたヒント
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
……だめだ。
深夜の工房。紙の上に延々と並ぶ数式を見つめながら、僕は三度目となるペンを置いた。
どこを削っても、どこかが壊れる。
威力を残せば魔素の汚染が跳ね上がる。汚染を抑えようと出力を絞れば、術式そのものの存在意義が消える。
その不毛なループ。
「……詰んでるな、これ」
小さく吐き出した溜息が、冷え切った室内に吸い込まれていく。
認めたくはないが、今の僕の演算能力では、この「解」に届かない。
ガクンと机に突っ伏すと、冷たい木の感触が頬に伝わった。それが妙に現実的で、余計に己の無力さを突きつけてくる。
瞼を閉じれば、エンビィーの……師匠の顔が浮かぶ。
あの時も、きっと同じだったのだ。破綻を分かっていながら、止められなかった。あと一歩の「安全」が埋まらなかった。
「……嫌な話だなぁ。自分でも」
顔を上げる。このままこの閉鎖的な空間で考え続けても、思考が凝り固まるだけだ。
「少し、外の空気を吸いに行くか」
僕は重い腰を上げた。
目的地を決めずに歩いていたはずが、足は自然と部室棟へと向かっていた。
魔術技師部の扉の前で、僕はふと足を止める。
中から、聞き慣れた賑やかな声が漏れていた。
「だからさ! ここ、こうした方が絶対よくない!?」
「……クロエさん、それでは魔素が外へ漏れます。効率が悪すぎます」
「え!? なんで!?」
思わず、口元が緩む。
(元気だね、本当に。……僕も見習いたいものだ)
扉を軽くノックし、中へ入った。
「失礼します」
「あ、先生!」
クロエが弾けるような笑顔で振り向く。その手には、製作途中らしき見慣れない魔術具が握られていた。
ガラス製の球体。その中では、淡い光の粒が雪のように揺れている。
「……それは?」
「これ? 今作ってる新作! ほら、中に魔素を閉じ込めてるの。キラキラしてて綺麗じゃない?」
スノードームを模したようなその造形。内部で、魔素がゆっくりと、淀みなく巡っている。
「……閉じ込めている?」
自然と、僕の声が低くなった。
「はい」
横からリテラが、どこか誇らしげに補足する。
「外部に影響を及ぼさないよう、内部で循環させています。まだ循環効率が不完全で、微量に漏れ出していますが……」
僕は吸い寄せられるように近づき、手を伸ばした。
「少し、見せてもらっても良いかな?」
「どうぞどうぞ!」
受け取った球体は、驚くほど軽い。だが、その中には確かに、凝縮された魔素の鼓動が存在していた。
指先に意識を集中させ、魔素の流動を「視る」。
内部で閉じている。外に干渉せず、内側だけで完結しようとしている。
(……なるほど。完全ではないが、構造は面白い)
「ここ、だね」
僕は球体の一点を軽く叩いた。
「え? なに?」
「魔素の流れが僅かに歪んでいえう。ここから、ミリ単位で魔素の漏洩が確認できるよ」
クロエが目を丸くして覗き込む。
「え、マジで? 全然分かんないんだけど」
「分からなくて大丈夫。むしろ、この出力でここまで封じ込めているのが凄いかな……でも、閉じ込めているということは」
僕の思考が、火がついたように回り始める。
「外に出さない、というとらえ方もできます」
リテラが深く頷いた。
「そうだね。不安定で危険な魔素を、いかに安全に鑑賞できるか……そのための隔離構造……うん、実に面白い発想だ」
危険な魔素。安全に。
「……ああ」
一瞬だった。
ほんの些細な、偶然の引っかかり。
だが、それは僕の脳内にあった巨大な壁を粉砕するのに十分だった。
「……そういうこと、か」
「え? なに? 先生?」
まだ断定はできない。だが、道は見えた。
(核撃魔術は、『放出』と、それに伴う『残滓』が問題だった)
なら。
「……閉じ込めればいい」
思考のピースが、猛烈な勢いで噛み合っていく。
爆発そのものを否定する必要はない。その「熱」と「汚染」が外に広がるから、災害になるのだ。
なら。
「爆発を、内部で完結させる構造に書き換えればいい」
自分でも、少し笑ってしまう。なぜ、こんな単純なことに気づかなかったのか。
僕はこれまでずっと、出力を「抑える」こと、数式を「削る」ことばかり考えていた。
違う。
「逃がさなければいいんだ」
僕は球体をクロエに返した。
「……先生?」
「ありがとう! 二人のおかげで、最高のヒントを貰ったよ!」
二人が同時にきょとんとする。
「え? なにが?」
「どういう……?」
「まだ秘密かな。だけど、行ける気がします」
久しぶりの感覚だった。
視界を覆っていた霧が晴れ、その先に鮮明な頂が見えたような。
「ちょっと工房に戻るね!」
僕は踵を返した。
「あ、ちょっと! 何を思いついたのか教えてよ!」
クロエの抗議の声が飛んでくるが、僕は足を止めない。
「完成したら、一番に見せるから!」
工房に戻り、すぐさま机に向かう。
「閉じ込める。循環させる……」
紙を広げ、核撃魔術の忌まわしき構築式を書き出す。その上に、力強い新しい線を引いた。
「二重外殻を追加する。爆発エネルギーを内側に反射し、押し込める構造だ。魔素を逃がさないための『檻』を作る」
「……でも、これだけじゃ内圧で破裂する。なら、循環だ」
衝撃を一点に集めず、球体状に分散。内部で魔素を高速回転させ、エネルギーを再利用可能な形で保存、あるいは中和する。
「……いける。これなら届く」
書き直し、組み替え、さらに重ねる。
ペンが走る音が、静かな工房を支配する。かつての恐怖は、もうそこにはなかった。あるのは、一人の「技師」としての純粋な探究心。
「……届くかもしれない。この先へ」
夜はまだ長い。
だが今は、ペンを握る手が心地よいほどに軽い。
次は、この理論が正しいことを証明する番だ。
僕は、夜明けまで続く演算の海へと、深く潜っていった。
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