第二話:ミラの試練。禁術を「安全」に書き換えよ
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
夕焼けに染まる訓練場。
去っていく二人の背中を、校舎の上段から静かに見下ろす影があった。
「……なるほど」
ミラ理事長は、わずかに目を細める。
クロエ・エルフィンとリテラ・マナドゥーク。その戦いは、決して洗練されたものではなかった。荒削りで、不安定で――だが。
(速い)
成長の速度が、明らかに異常だった。ほんの短期間で、あそこまで到達するなど、本来あり得ない。
(原因は……)
思考は、自然と一人の人物へと収束する。
「短縮詠唱……」
工程の圧縮。理論上は成立する。だが、それは同時に――「制御を削る行為」に他ならない。
魔術とは本来、制御するための技術だ。積み重ねられた詠唱、確立された手順。それらすべてが、「暴走させないため」の安全装置として存在している。
だが、エディ・ノイマンの技術は違う。
(速さと引き換えに、安全域を削っている。一歩間違えれば、術者自身すら呑み込むわ)
「……危険ね」
静かに、結論を下す。
(放置はできないわね。学園の長として)
「……決断する時が来たようね……エンビィー」
その一言で、すべてが動き出した。
放課後。
廊下を歩いていると、一人の講師に呼び止められた。
「エディ・ノイマン非常勤講師。理事長がお呼びです」
「……そうですか」
予想はしていた。むしろ、呼び出しが来ない方が不自然だ。
(さて……穏便に済むとは思えないけど……)
理事長室の前で立ち止まり、一度だけ深く息を吐く。
「……エディ・ノイマンです」
「入りなさい」
扉を開けると、そこにはミラ理事長。
そして、壁際には腕を組むメディウスの姿があった。その表情は、明らかな険しさを帯びている。
「座りなさい」
促されるまま、僕は椅子に腰を下ろした。
「単刀直入に言います。あなたの短縮詠唱――危険です」
ミラの視線が、ナイフのように僕を射抜く。
「……はい」
僕は静かに頷いた。否定はしない。
「魔術とは本来、制御されるべきものです。詠唱はそのための枠組み。それを削れば、どうなるか分かっていますね?」
「……暴走の可能性が跳ね上がります」
「ええ。そしてそれは、「事故」では終わらない。災害になります」
沈黙が落ちる。横でメディウスが小さくため息を漏らす。
「ミラ理事長。お言葉ですが、現在でも事故が起きているのは事実――」
「黙っていなさい。私は教育現場の安全を預かっているのよ。現在、起きている事故はより規制を強化すればいいだけの話です」
一切の揺らぎもなく遮る。
「だからこそ、試します」
ミラの手によって、机の上に三つの重厚な資料が置かれた。
「禁術です」
空気が、さらに重くなる。
「これら三つの魔術構築を解析し、再構築し、誰でも安全に扱える形へ書き換えなさい」
(……なるほど。これは単なる課題ではない)
「期限は一ヶ月。達成できなければ、あなたを解雇します」
「――っ! ミラ理事長!」
メディウスが一歩踏み出す。
「当然の処置です。制御できない力を持つ者を、教育の場に置くわけにはいきません」
ミラの正論。それはぐうの音も出ない事実だった。
食い下がるメディウスを制し、ミラは最後の一枚を前に押し出す。
「その中には、これも含まれています」
僕の視線が、そこに落ちる。
書かれていた文字は――「核撃魔術」。
瞬間。世界が歪む。
光。熱。崩壊。
『エディ、すまん――』
(――っ)
呼吸が浅くなる。指先が、微かに震える。
「理事長ッ!!」
メディウスの声が低く響く。
「それは……こいつに触らせるもんじゃねえ! あんたも知ってるだろ!」
メディウスは上司であるミラに対して、通常では考えられないほど荒い口調で話す。
「だからこそです。彼が、それを制御できなければ……同じことが、繰り返される」
沈黙。
逃げたい。正直に言えば、今すぐこの場から消え去りたい。
(……無理、だな)
触れたくない。思い出したくない。
ここで「解雇」を受け入れれば、すべては終わる。楽になれる。
だが。
ふと、脳裏をよぎる。
クロエのまっすぐな瞳。リテラの静かな強さ。
「……分かりました」
声が、出た。
「その試練、お受けします」
メディウスが驚いたように振り向く。
「おい、正気か! 」
「はい。怖いですが……だからこそ、向き合うべきだと思います」
ミラはしばらく僕を見つめ、やがて静かに告げた。
「……いいでしょう。期待していますよ」
資料を手に取る。重い。
そこには過去の罪と、教師としての責任、そして未来が詰まっていた。
部屋を出て、扉が閉まる。
「……無茶だ、エディ」
メディウスが苦々しく呟く。
「そうですね。ですが、見届けたいんです。あの子たちの成長を」
廊下を歩く。資料を握る手に力がこもる。
(さて、逃げ場はありません。なら……)
「――解析」
視界が数式に染まる。
恐怖も。過去も。全部。
「書き換えます。魔術は、技術だ。なら……安全にできるはずだ」
それを証明するのが、今の僕の役目だ。
僕は震える足を一歩、強く踏み出した。
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