第七話:受け継がれる熱。レオンの新たな出発
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
放課後の部室。
使い込まれた木の机に、僕は軽く肘をつく。
目の前では――レオン君が、穴が開くほど設計図を睨みつけていた。
「……ここ、どう思いますか」
少しだけ迷いの混じった声。僕は手元の紙へと視線を落とす。
そこには、彼が心血を注いで書き上げた魔術構築の数式が並んでいた。
「そうだね……」
ペン先で魔素の流れをなぞる。
「この部分。欲張りすぎて魔素の流れが詰まっているね」
数式の一角を指で軽く叩く。
「ここで一度、あえて外へ逃がした方がいい。バイパスを作るイメージで」
「逃がす……? それでは威力が落ちるのでは」
「お、それも分かっているのか。流石だね。……でも、全部を完璧に制御しようとすると、負荷に耐えきれず構築自体が破綻してしまう」
僕は少しだけ間を置き、彼を見据えた。
「余裕を作るんだよ。遊びのない機械がすぐに壊れるのと同じ」
レオン君は黙って僕の言葉を咀嚼している。
その横顔は、驚くほど真剣だ。
(……本当に、変わったね)
初めて会った時の、鼻持ちならないエリート貴族の面影はもうない。今の彼は、ただ純粋な「求道者」の顔をしている。
「……やってみます」
短く応じると、彼はすぐに修正作業に入った。
迷いのない筆致。
カリカリ、と。ペンが紙を走る音だけが、静かな工房に響く。
しばらくして。
「……できました」
差し出された設計図を受け取り、目を通す。
(……早い。それに、的確だ)
修正案は無駄がなく、流れるような美しさを備えていた。
「いいね。かなり良くなっている」
僕の言葉に、レオン君の肩からわずかに力が抜けた。
「ただ」
僕はあえて言葉を続ける。
「ここ」
一点を指さす。
「まだ、綺麗過ぎるね」
「……綺麗、すぎる? 欠点がないという意味ですか?」
「違うよ。理想的すぎる構築は、現実の泥臭い戦場では脆い、という意味」
少しだけ言葉を選び、僕は彼に歩み寄る。
「現場の魔素環境は、教科書のように優しくはないからね」
レオン君は黙り込んだ。
彼が自分の頭で答えを導き出すのを、僕は静かに待つ。
「……じゃあ、どうすればいいのでしょうか?」
ぽつりと漏れた問いに、僕は少しだけ口角を上げた。
「そうだね……わざと、崩してみようか」
「……は? 」
「不完全にする。あえて『不備』を組み込む」
「そんなことしたら――発動時に揺らぎが生じるはずです」
「そうだね、すぐに構築が壊れると思うよ」
被せるように言い切る。
「でも。どう壊れるかが、事前に自分で分かっていれば?」
沈黙が部室を支配する。
「絶対に壊れない構築を目指す前に、『どう壊れるか』を制御下に置く。それが、真の意味での安定だと僕は考える」
レオン君の目が、わずかに見開かれた。
「……そんな考え方、どの講師からも教わっていないです……」
「でしょうね。教科書には、成功例しか載っていないからね」
僕は苦笑して肩をすくめる。
「でも、僕たち技師には必要な視点だと思うけど……どう思う?」
レオン君はしばらく設計図を凝視していたが、やがて、
「……やります。壊してみます」
とはっきり答えた。
「うん。それでいいと思う」
少しだけ、沈黙の時間が流れる。
窓の外では、夕闇が校庭を飲み込み始めていた。
「……先生」
「うん?」
「俺、強くなれますか。あいつらに追いつけますか」
真っ直ぐな問い。プライドを捨て、己の無力さを認めた男の、剥き出しの言葉。
「なれるよ」
僕は即答した。
「今の姿勢を続ければ、必ず。迷う理由なんてどこにも無いからね」
レオン君は、少しだけ面食らったような顔をした。
「……即答ですか」
「そうだね。センスもありますし、理解も早い。何より……」
一歩、彼に近づく。
「君は、ちゃんと自分の敗北を受け入れた。それは、どんな天賦の才よりも貴い才能だよ」
レオン君は視線を落とし、拳を固く握りしめた。
「……あの時は、何も見えてなかった」
悔しさが滲む。
「エルフィンも、マナドゥークも……。全部、自分より下だと思い込んでいた」
彼は顔を上げた。その瞳には、もう曇りはない。
「でも、違った。あいつらは、俺が見ていなかった場所で戦っていた」
一歩、踏み出す。
「だから、全部超える。今度は俺が、先に行く」
強い意志を感じる声。
(……いいね。本当に、頼もしい)
思わず笑みがこぼれる。けれど、僕は表情を引き締めて告げた。
「ただ、レオン君。僕が教えられることには、限界がある」
「……どういう意味ですか?」
「僕はあくまで、魔術『構築』の専門家。だけど、君が求めているのは実戦での強さでしょう? 」
僕は少しだけ肩をすくめる。
「正直に言うと、僕は戦うのは得意じゃない。だから……」
僕は、あらかじめ呼んでおいた男の名前を出した。
「実戦に関しては、メディウス先生にお願いしている」
「……メディウス先生ですか」
レオン君の表情が、一気に引き締まる。
「うん。実戦の経験を学ぶなら、彼の右に出る者はいないからね」
レオン君は黙って、僕の意図を汲み取ろうとしていた。
「……先生は、それでいいのですか?」
「えぇ、君の可能性が広がるのなら、僕を踏み台にしてくれて構わない」
僕ははっきりと言い切る。
「構築は、これからも僕が教えるけど、役割分担だね」
少しだけ笑って、彼の肩を叩く。
「全部を一人で背負い込む必要はない。……そうでしょう? 」
レオン君はしばらく沈黙を守り、やがて小さく頷いた。
「……分かりました。メディウス先生、よろしくお願いします」
「だけど」
僕は軽く手を上げて、彼を呼び止める。
「一つ、約束してください。必ず、ここへ戻って来てね」
静かに、けれど念を押すように。
「構築の話、まだ途中だからね。君の改良した『崩れた数式』、見せてもらうのを楽しみにしているよ」
レオン君は一瞬だけ呆然と立ち尽くし、それから顔を背けた。
「……当たり前です」
不器用な返事。でも、その口元がわずかに緩んでいるのを、僕は見逃さなかった。
翌日。訓練場。
「来たか」
低い、威圧感のある声。
そこには、いつになく真剣な表情のメディウスが立っていた。
「……よろしくお願いします」
レオン君が深く頭を下げる。あの誇り高い貴族が、これほど殊勝に教えを請う姿は、学院始まって以来の珍事かもしれない。
「ほう」
メディウスが面白そうに片眉を上げる。
「随分と素直になったな、レオン」
「……うるさいです。やるなら早くしてください」
不機嫌そうに返すレオン君だが、その足取りに迷いはない。
「いいだろう。死ぬ気でついてこい」
メディウスが不敵に笑う。
その瞬間、周囲の空気が一変した。
肺を圧迫するような、重い、絶対的な圧。
(……始まる)
少し離れた場所で、僕はその様子を見守る。
いつの間にか、クロエさんとリテラさんも隣に来ていた。
「レオン、本気だね。あんな顔、初めて見たかも」
クロエさんが感心したように呟く。
「はい。目が違います。……あの熱量、私もうかうかしていられません」
リテラさんも、静かに、けれど対抗心を燃やして頷いた。
「先生」
クロエさんが悪戯っぽく僕を覗き込む。
「ちょっと寂しくない? 教え子が他の先生のとこ行っちゃって」
「……そうだね」
少しだけ考えて、僕は正直に答えた。
「本音を言えば少しだけ、ね。でも……」
視線を、訓練場の中心へと戻す。
「楽しみでもあるかな。彼がどこまで行くのか。僕の教えた構築が、あそこでどう形を変えるのか」
「――来い! 」
メディウスの声が響き渡る。
次の瞬間、世界が歪んだ。
「『我に従え、重力の王よ』! 『重力圏』! 」
凄まじい重圧。レオン君が、地面を蹴って踏み込む。
「『風よ、我が盾を支えよ』! 『風圧防壁』! 」
ぶつかり合う、意志と力。
新しい、そして激しい戦いの幕開け。
(受け継がれていきますね、師匠)
僕は小さく、熱い息を吐いた。
師匠から僕へ。僕から彼らへ。
形は変わっても、その熱は確かに繋がっている。
だから、僕も止まれない。
「……さて。僕も部室へ戻ろうか。やることは山積みだからね」
教え子たちの背中を見守りながら、僕は静かに、けれど確かな足取りで工房へと踵を返した。
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