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第六話:正体の露見。二代目エンビィー・ノワール

このシリーズは既に完結まで執筆しております。

3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。

静かな夜だった。

工房の中は、いつも通り煩雑に散らかっている。

部品、書きかけの設計図、調整中の未完成な魔術具たち。

その中央で、僕は一人、作業机に向かっていた。


カチ、カチ、と。

規則的な音が静寂に溶け込む。銀の針の先端を整える音だ。


(……少し、やりすぎたな)


右手の指先の感覚が、まだ僅かに鈍い。

ガルド先生との戦いで披露した「短縮詠唱」の反動だ。

一単語に膨大な数式を圧縮し、脳内で強引に演算処理を行う。その代償は、確実に僕の神経を削っていた。


(分かっていたことだけど)


自嘲気味に苦笑する。

それでも、歩みを止めるつもりはない。

もし、理解を深めることを止めてしまえば――きっと、また同じことが起きる。

あの日の、悪夢のような光景が。


「……」


不意に手が止まる。

網膜に焼き付いて離れない、あの閃光。暴走する魔力。

そして、僕を庇うように立った師匠の背中。


(……やめよう。今は、考えるべきじゃない)


小さく頭を振って、意識を現実へと引き戻す。

今はあの時とは違う。

僕の手の届く場所には、守るべき教え子たちがいる。


「失礼します」


控えめなノックの音。


「どうぞ」


振り返ると、そこに立っていたのはリテラだった。


「こんばんは、先生」

「こんばんは、リテラさん。こんな時間に、珍しいね」

「……はい」


彼女は一歩、静かに工房の中へ踏み込んできた。

その手には、見慣れない小さな木箱が握られている。


「これを、見ていただけますか」


差し出された箱を受け取る。

軽い。だが、妙な密度を感じる。

(……魔術具、ですか)


蓋を開けると、中には透明な球体が収まっていた。

内部で淡く、幻想的な光が揺らめいている。


「……これは」

「魔素の安定化装置です」


リテラが淡々と、けれどどこか緊張した面持ちで解説を始めた。


「小規模ですが、外部から取り込んだ魔素を内部で循環させ、臨界突破(暴走)を未然に防ぐ構造にしています」


(……すごいな)


一目見て、言葉を失った。

構築が、あまりにも綺麗だ。

無駄な回路が一切なく、魔素の流れが驚くほど滑らか。そして何より。


(発想が良い。ただの模倣じゃない)


「……クロエさんの案を元にしています」

「そうなんだ。あの子は面白い発想をするからね」

「はい。私は、それを形にしただけです」


謙遜しているが、形にする力こそが技師の本質だ。

僕は球体を指先で転がす。内部の魔素は、凪いだ海のように安定している。

ノイズが驚くほど少ない。


「……素晴らしいね。リテラさん」


素直な賞賛が口をついた。


「完成度が極めて高い。もう十分に実用レベルだ。少なくとも、学院の生徒が片手間に作るようなものではない」


僕は一度言葉を切り、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。


「あなたはもう、立派な『魔術技師』だ」


その言葉に、リテラの肩が微かに跳ねた。


「……本当、ですか」

「うん、保証するよ」


静かな時間が流れる。

カチ、カチ、と時計の針だけが時を刻む。


「……先生」

「はい」

「一つ、お聞きしてもよろしいですか」


その声は、鉄のように硬く、鋭かった。


「どうぞ」

「先生は――」


リテラが一歩、僕との距離を詰める。逃げ場を塞ぐような、真っ直ぐな視線。


「『二代目エンビィー・ノワール』ですよね」


空気が凍りついた。

心臓の鼓動が、一瞬だけ止まったような気がした。


(……やっぱり、気づかれてたか……)


内心で溜息をつく。

むしろ、よくここまで持ち堪えた方だ。

これまで彼女に見せてきた構築、思想、そして技術の断片。

聡明な彼女が、それらを繋ぎ合わせないはずがなかった。


「……どうして、そう思ったの?」


努めて冷静に問い返す。


「構築の癖です」


リテラは即答した。


「先生の魔術構築は、私が以前読んだ未発表論文の記述と完全に一致しています。それに……」


彼女はさらにもう一歩、踏み込んできた。


「『揺らぎの扱い方』が同じなんです。普通の魔術師は、揺らぎを欠陥として消去しようとする。でも、先生は違う。揺らぎをあえて残し、エネルギーの逃げ道として利用している。それは、戦神具の系譜……エンビィー・ノワールの手法です」


(……そこまで見ていたとは)


「そして、今の技術水準で、あの構築論を書ける人間は限られています」


彼女の言葉は、確信に満ちた刃となって僕を射抜く。


「可能性があるのは、最高機関である七賢人のみ。その中で、構築工学に特化している人物……。一人しか心当たりがありません」


もはや、否定する方が不自然だった。


「……参ったね。流石というべきか……僕の詰めが甘かったのか……うん、リテラさんの言う通り」


僕は静かに、降参の合図を送るように頷いた。


「僕が、『二代目エンビィー・ノワール』だ」


リテラの瞳が、大きく見開かれる。


「そして……。七賢人の末席に名を連ねる一人でもある」


沈黙。

夜風が工房の隙間を通り抜け、ひゅう、と鳴った。

リテラは彫像のように動かない。事実を咀嚼しようと、必死に思考を巡らせているのが分かる。


「……本当に? 」

「うん」

「……本当に、本当に、ですか? 」

「そうだよ。何度聞かれても、答えは同じ」


僕が少し困ったように笑うと、リテラの表情が一気に崩れた。


「……すごい」


ぽつり、と。それは魂からの感嘆だった。


「本当に、本当にすごいです……! 」


彼女は一歩下がり、これ以上ないほど深く、丁寧に頭を下げた。


「――弟子にしてください! 」


あまりの勢いに、少しだけ面食らってしまう。

けれど、不思議と嫌な気はしなかった。


「……顔を上げてください、リテラさん」


彼女が顔を上げる。その瞳は、一点の曇りもなく僕を捉えていた。


「理由を、聞いてもいいかな?」

「先生の技術を、すべて学びたいからです。……それだけです」


潔い、即答。

「それだけ、ではありませんよね」

僕が少しだけ踏み込むと、彼女は一瞬だけ視線を泳がせ――そして、決然と僕を見た。


「……尊敬しています。誰よりも深く魔術を理解し……そして、誰よりも魔素という力を、怖がっている。だから……」


リテラは言葉を絞り出す。


「その先を、一緒に見たいんです。先生が目指している、誰も傷つかない魔術の形を」


ああ、これは。

(……断れるはずがないね)

僕は観念して、小さく笑い声を漏らした。


「分かりました。正式に、あなたを『二代目エンビィー・ノワール』の弟子として認めます。リテラ・マナドゥークさん」


その瞬間、彼女の瞳に宿った光は、先ほどの魔術具よりもずっと眩しかった。


「はい! よろしくお願いします、師匠! 」


「……あ、でも一つ約束して欲しい」

「はい」

「僕の正体は、まだ公にしないでね。学院内でも、メディウス以外の前では『ただの非常勤講師』で通したいんでね」


リテラは力強く頷いた。


「守ります。絶対に。誰にも言いません」

「ありがとう。頼りにしてるよ、僕の愛弟子」


僕は少し肩の力を抜き、気を取り直すように球体の魔術具を指差した。


「では、早速だけど課題を出そうか。その魔術具、さらに改良していこう」

「はい」

「今のままでも安定はしているけど、『遊び』が全く無いね。想定外の負荷がかかった際、余裕がない構築は脆い。なので……」


僕は悪戯っぽく微笑んだ。


「意図的に、ほんの僅かな『揺らぎ』を組み込んでみようか」

「揺らぎ、を……ですか? 」

「そう。制御された不安定さは、時として絶対的な安定よりも強固な盾になる。それができれば……」


一呼吸置いて、僕は告げる。


「君は、もう一段上の領域へ行けるはず」


リテラは、静かに、けれど熱を帯びた声で頷いた。


「やってみます。いえ、必ずやってみせます」


夜は、まだ長い。

けれど、暗闇の中を一人で歩いている感覚は、もうなかった。

師匠がこれを見たら、呆れるでしょうか。それとも――。


工房の明かりの下、新しく生まれた師弟の時間が、静かに、けれど確実に動き出した。


【※読者の皆様へ。重要なお知らせ】


この話を読んでいただきありがとうございます。


「面白いかも! 続きが楽しみ!」

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