第五話:敗北の涙。クロエに贈る「失敗の価値」
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
放課後。
魔術技師部の部室は、いつもより少しだけ騒がしかった。
理由は一つ。
「……俺も入部させてください」
扉の前に立つのは、レオン・ヴァルツァだ。
腕を組み、堂々とした態度を崩さない。
けれど、その瞳の奥にあるのは――先日の決闘で少しだけ削れたプライドの破片だった。
「はあ!? ちょっと待ってよ! 」
真っ先に声を上げたのはクロエだった。
「なんでウチらの部に来るわけ!? 絶対めんどくさくなるじゃん! 」
遠慮がない。いつもの調子だ。
レオンは不快そうに眉をひそめる。
「……学びたいだけだ。文句あるのか」
「あるに決まってるでしょ! 」
「クロエさん」
軽く声をかける。
それだけで、彼女は一瞬だけ言葉を止めた。
「……でも」
不満そうに口を尖らせる。その様子に、僕は少しだけ息をつく。
正直なところ、気持ちは分かる。
けれど。
「いいと思うよ」
そう言うと、クロエが驚いたように振り返る。
「え? 」
「レオン君は、ちゃんと負けたからね」
「……」
レオンの肩が、わずかに揺れた。
「負けを認めて、次に進もうとしている人は――伸びるよ。むしろ、今が一番いい状態まである」
僕は彼に視線を向ける。
「来るなら、歓迎するよ、レオン・ヴァルツァ君」
静かに告げると、レオンは数秒黙ってから、
「……世話になります」
短くそう言った。
クロエは納得いかない顔のまま、盛大なため息をつく。
「……まあ、先生がいいならいいけどさ」
ぼそっと呟く。それが彼女なりの折れ方だ。
その横で、リテラが小さく頭を下げた。
「……歓迎します」
「ありがとうございます、リテラさん」
そう返すと、彼女はわずかに目を見開いた。
空気が、少しだけ整う。
「では」
僕はパンと手を叩いた。
「せっかくだから、一戦やろうか。簡単な模擬戦を」
「模擬戦? 」
クロエが首を傾げる。
「え、ウチらで? 」
「うん。クロエさんと、レオン君で」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「は!? 」
「いいだろう」
反応は、真逆だった。
クロエは明らかに不満そうで、レオンはむしろ乗り気だ。
「ちょっと待ってって! なんでウチがこいつと――」
「嫌かな? 」
そう聞くと、クロエは一瞬言葉に詰まった。
「……嫌っていうか」
視線を逸らす。
「負けるの、分かってるし」
ぽつりと落ちた本音。
それを聞いて。
「だからだよ」
短く返す。
「え? 」
「分かっている相手に、どう戦うか。それを考えるのは、無駄じゃない」
クロエは黙る。数秒。
そして。
「……分かった。やる」
顔を上げる。その目には、小さな火が宿っていた。
場所を移す。学院の簡易訓練場。
夕方。光が少しだけ柔らかくなっている。
「では、始めようか」
そう告げて、一歩下がる。
二人が向かい合う。
クロエは軽く杖を構え、レオンは余裕のある立ち姿。
「……手加減してよね 」
クロエが言う。
「しない」
即答だった。
「全力でやる。その方が、お前のためだ」
クロエの表情が変わる。少しだけ、悔しそうに。
「……上等」
息を吸う。
一瞬の静寂。そして――
「『風よ、我が道を切り裂け』! 『風刃』! 」
鋭い風の刃が一直線に走る。
速い。無駄のない軌道。狙いも正確。だが。
「『土よ、盾となれ』! 『岩壁』! 」
レオンの前に土壁が隆起する。
――ドンッ!!
鈍い衝撃音。風刃は防がれた。
(……やっぱり)
クロエが歯を食いしばる。正面じゃ通らない。
間髪入れず、次へ。
「『風よ、踊れ』! 『乱風』! 」
今度は広範囲。無数の風刃が散開し、包囲するように襲いかかる。
「甘い」
レオンは冷静だった。壁を維持したまま、一歩踏み込む。
被弾を最小限に抑えながら距離を詰める。
(近づかれる――! )
クロエの判断は速い。
「『風よ、導け』! 」
足元に風を走らせ、強制的に距離を取る。
だが。
「遅い」
レオンの姿が消える。
「な――」
次の瞬間。
「『雷よ、穿て』! 『雷槍』! 」
一直線の雷撃。速い。回避の余地がほとんどない。
「っ――! 」
とっさに防御を展開する。
「『風よ、盾となれ』! 『風盾』! 」
――バチン!!
衝突。だが、防ぎきれない。クロエの体が弾き飛ばされる。
地面を転がり、呼吸が乱れる。
(差がある)
はっきりと分かる。技術、魔力量、判断速度。全部だ。
それでも。
「――もう一回! 」
叫ぶ。踏み込む。
「『風よ、我が道を切り裂け』! 『風刃』! 今度は三連撃!」
連続詠唱。速度重視の連打。だが、レオンはすべて最小限の動きで捌く。
「くっ……! 」
クロエの表情が歪む。通らない。それでも止めない。
「『風よ、踊れ』! 『乱風』!」
さらに重ねる。視界を潰すような攻撃。
だが。
「視界に頼ると思うな」
レオンは迷わない。正確に距離を詰める。
(なんで見えてんの……! )
焦りが混じる。その一瞬。
「隙だらけだ」
低い声。
「『風よ、貫け』! 『突風槍』! 」
至近距離。回避不能。
「――っ」
直撃。衝撃が体を貫く。
クロエの動きが止まる。そのまま、膝が崩れる。
静寂。
風だけが、わずかに残る。
レオンは杖を下ろした。
「終わりだ」
クロエは動かない。握っていた杖が、わずかに震えている。
でも――立てない。
「……そこまで」
静かに告げる。勝負は決まった。
クロエはしばらく動かず、やがて、ゆっくりと立ち上がった。
「……負けた」
小さく呟く。それだけ言って、振り返らずにそのまま歩き出した。
「クロエ、さん――」
今は呼び止めるんじゃない。追うべだ。
校舎裏。人気のない場所。
クロエは、そこにいた。壁に背を預けて、うつむいている。
「……ここにいたんだね」
声をかける。反応はない。少し近づく。
「……悔しいよね」
ぴくり、と肩が揺れる。
「……当たり前じゃん」
かすれた声。
「めっちゃ頑張ったのにさ。全然通じなかった」
拳を握る。
「……情けな」
ぽつりと落ちる。
そのまま、涙が落ちた。一つ。また一つ。
止まらない。
「ウチ、さ」
言葉を探すように、ゆっくり話す。
「何でもそこそこ出来るって、言われてきて。だから、別に……本気で悔しいとか、あんまなくて」
息を吐く。
「でも、今はさ」
顔を上げる。目は赤い。
「めちゃくちゃ悔しいんだけど。……どうすればいいの」
真っ直ぐに、聞いてくる。その問いに。
「失敗するしかないかな……」
静かに言う。
「……は? 」
「どんどん失敗しよう。今のは、いい失敗だったと思うよ」
一歩近づく。
「何が足りないか、分かる? クロエさん」
「……分かんない。全部、って感じ」
「いいね。全部分からないなら、全部知る余地があるってことだ」
少しだけ笑う。
「僕も、そうだったから。失敗したから、分かることがある。どこがズレたのか。何が足りなかったのか。それを、一つずつ潰していけばいい」
短く言い切る。
「地味だけど、確実な方法。それが、一番の近道だと僕は思う」
クロエは目を伏せる。考えている。そして。
「……めんどくさ」
ぽつり。
「そうだね、面倒くさいし大変だ。でも……魔術って、そういうものだから」
少しだけ沈黙。風が吹く。
その後で。
「……でも。やる」
クロエが顔を上げる。涙は残っている。でも、目は折れていない。
「次、負けない」
はっきりと言う。
「いい顔だ。その意気だよ、クロエさん」
クロエは鼻をすすって。
「……ありがと」
少しだけ照れくさそうに言った。
夕焼けが、少しずつ沈んでいく。
敗北は、終わりじゃない。むしろ、始まりだ。
ここから、全部変えられる。
少なくとも――僕は、そう信じている。
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