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第四話:勝敗の先。二人の講師が認めたもの

このシリーズは既に完結まで執筆しております。

3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。

――速い。


自分で使っておいて、他人事のようにそう思う。

「――『起動(トリガー)』」

足元の魔素が弾け、一歩で間合いを詰める。

さらに。

「――『起動(トリガー)』」

圧縮した魔力弾。

「――『起動(トリガー)』」

防御障壁。

連続発動。そこに、悠長な詠唱は存在しない。


だが。

「『一単語』で詠唱を済ませる。さらに同じ単語で複数の初級魔術を使い分けられるのか」

「えぇ、そうです」


この短縮詠唱のメリットはそこだ。

威力の弱い初級魔術だが、何が放たれるか発動まで分からない。

相手は常に選択を余儀なくされる。


(脳の負担が大きいが、このメリットは戦闘時に置いてあまりにも強大だ……だが……)

「……甘いな」


地を這うような低い声が響く。


ガルド先生の前にそびえ立つ、巨大な岩の壁――『岩地城壁《グランド・フォートレス》』。

幾重にも重なった土の層が、僕の放った攻撃を無慈悲に受け止めていた。

鈍い衝撃音が闘技場に木霊する。


衝撃は確かに通っている。だが、貫けない。

(……やっぱり、そうか)

僕は足を止めた。

(威力が、圧倒的に足りない)

短縮詠唱は速い。柔軟だ。同時発動だってできる。

でも、致命的な欠点がある。


(一発の「重さ」が出ないんだ)


本来、魔術構築の段階で行うべき演算を、無理やり脳内処理で代用している弊害だ。出力が安定せず、一撃の破壊力はどうしても落ちる。


「どうした。攻めが鈍ったな」


ガルド先生は、巌のように一歩も動かない。


「その技術、確かに驚異だ。だが――浅い」


ズシン、と地響きを立てて城壁がさらに厚みを増す。


「積み重ねが足りん。伝統を軽んじた構築に、重みなど宿りはせん」


(……正論だ。ぐうの音も出ない)

悔しいけれど、否定はできない。教科書通りを極めた魔術には、揺るぎない「強度」がある。

(なら、どうする? 正面から撃ち抜けない。削っても再生が追いつかない)


だったら――やり方を変えるまでだ。

僕はゆっくりと、熱を持ち始めた脳を鎮めるように息を吐く。


「解析(アナライズ)」


視界が切り替わる。色彩が抜け、世界が「構造」の羅列へと変貌する。

層。接続。補完。負荷。


(……見える。いや、見つけ出すんだ)


完全な無欠なんて、この世には存在しない。


(あるはずだ。どれだけ積み上げても。どれだけ正確に構築しても)

(「弱い点」は、絶対にゼロにはならない)


負荷が集中している箇所。補完がコンマ数秒遅れる瞬間。ガルド先生特有の構築の“癖”。

(そこだ)

見つけた。針の穴ほどの、構造的な揺らぎ。

(なら――重さはいらない。必要なのは、回数だ)


右手を掲げる。思考をさらに加速させる。脳が焼けるように軋むが、止めるつもりはない。

「……何をする気だ」

「少し、無茶をさせてもらいます」


そして。

「起動」

一発。

「起動」

二発。

「起動、起動、起動!」

加速。畳み込む。


同じ一点へ。寸分違わぬ座標へ。見出した『弱点』へ。

魔術という名の技術を、狂ったように叩き込む。

ドン、ドン、ドン、ドン!!

連続する衝撃。空気が震え、地面が悲鳴を上げる。


「なっ……!? 」


ガルド先生の鉄面皮が、初めて驚愕に歪んだ。


「同一点への……超精密連続攻撃だと……!? 」

「――まだ、止まりませんよ! 」

「起動! 」


さらに重ねる。構造の負荷が限界に達する。僕の視界も赤く明滅し始めた。

(でも。届く。これで終わりだ!)

――パキン。


小さく、けれど決定的な音がした。

城壁の一部、ほんの一点に亀裂が走る。


「……っ! 補強を! 」


ガルド先生が杖を振るうが、僕の方がわずかに速い。


「起動」


最後の一撃。


次の瞬間、難攻不落を誇った『岩地城壁』が、内側から弾けるように崩壊した。

激しい土煙が舞い上がり、視界を白く染める。

その中を、僕は迷わず踏み込んだ。


土煙を切り裂き、ガルド先生の眼前へ。

――静止。

右手を、喉元で止める。

あと一撃。ただの初期魔術でも、十分に決着がつく距離。


沈黙が場を支配する。


「……そこまでです」


第三者の低い声が、静寂を割った。

振り返れば、メディウスが腕を組んで立っている。


「勝敗あり。これ以上は教育の範疇を超えます」


その判定が下った瞬間、観客席から爆発的なざわめきが広がった。


「エディ先生が……あのガルド先生の城壁を……! 」

「魔法陣も、完璧な詠唱もなしで……? 」


土煙が晴れ、ガルド先生がゆっくりと杖を下ろした。


「……見事だ」


短く、そう吐き出した。


「一点集中か。威力ではなく、構造そのものを崩しにきたか」

「はい。正面突破は無理だと判断しましたから」


「短縮詠唱の出力を、精密な連撃で補う……。理にかなっている。……反吐が出るほど気に食わんがな」

「最高のご褒美ですね、それは」


僕がわずかに笑って返すと、ガルド先生は深く、深く息を吐いた。


「……認めよう。貴様の魔術は、一時の迷妄ではない。一つの技術として、『成立している』」


その一言を聞いた瞬間、憑き物が落ちたように胸の奥が軽くなった。


「すご……! 一点に全部叩き込むなんて、あんなの普通じゃないでしょ! 」


観客席からクロエが身を乗り出して叫ぶ。


「……違います」


隣に座るリテラが、静かに、けれど熱を帯びた声で言った。


「エディ先生は見つけたんです。世界で一番硬い壁の、たった一つの『壊れる場所』を。……流石です、先生」


彼女の瞳は、解析魔法よりも鋭く輝いていた。

上段の特等席。ミラ理事長は相変わらず無表情だが、その指先がわずかに椅子を叩いている。


「……やはり、危険ね」


評価は変わらない。けれど、それは「無能」への蔑みではなく、「未知」への畏怖に変わっていた。


「……終わりましたね、ガルド先生」

「いや」


ガルド先生が首を振る。


「始まりだ」


その言葉は、自分自身に言い聞かせているようでもあった。


「貴様のような規格外が現れた以上、我々伝統を重んじる側も、変わらねばならん。教科書をなぞるだけでは、貴様には勝てんからな」

「はい。次はもっと硬い壁、期待してます」

「……やはり、どこまでも気に食わん男だ」


ガルド先生の声には、もう棘はなかった。


勝敗はついた。

けれど、この戦いが示したのは、単なる勝ち負けじゃない。

旧態依然とした魔術の壁に刻まれた、たった一つの、けれど決して消えない「変革の亀裂」だ。


闘技場を後にする僕の背中に、数えきれないほどの視線が刺さる。


「エディ先生! 」


駆け寄ってきたクロエが、僕の顔を覗き込む。


「すごかった、本当に! 悔しいけど、私、全然届いてないって分かっちゃった。……でも」


彼女は一歩踏み出し、強く宣言した。


「絶対に追いつくから! 覚悟してよね!」

「……そうですか。なら、ちゃんと勉強してくださいね。途中で諦めるなら、最初から言わない方がいいですから」

「言わないよ、そんなこと! 」


生意気に言い返す彼女の横で、リテラがぶつぶつと「同座標……負荷の集中……」と呟きながらメモを取っている。


その後ろで、レオンが静かに佇んでいた。


「……積み上げる魔術も、崩すなり魔術も。どちらも正解、か」


彼は一度目を閉じ、何かを咀嚼するように頷いた。


「なら――今は、学ぶしかないな」


歩き出すレオンの背中を見送り、僕は肩の力を抜いた。

ガルド先生が最後に言った言葉を思い出す。

『貴様の魔術は、嫌いだ』


「僕も、先生の壁は嫌いですよ。……硬くて、厄介で」


ボソリと独り言をこぼす。


「――でも、壊すのは最高に楽しかったですけどね」


僕は一度だけ振り返り、無残に崩れた岩の残骸を見つめた。僕は痺れる右手を隠すように、静かに闘技場を後にした。


【※読者の皆様へ。重要なお知らせ】


この話を読んでいただきありがとうございます。


「面白いかも! 続きが楽しみ!」

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