第五話:合同演習。正解は一つではない
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
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……正直、気が進まない。
教室の前に立つだけで、妙に喉が渇く。
工房にいれば、こんなことはないのに。静かな空間。油の匂い。考えて、組み立てて、直して。それだけで完結していた世界。なのに。
(……なんで、こんなに人がいるんだ)
扉を開けた瞬間、思わず目を細めた。教室はすでに満員。席に座りきれず、壁際に立つ生徒までいる。
「エディ先生! こっちの構築、見てください!」
「昨日の続き、もう一回教えてもらえますか?」
あちこちから飛んでくる声。以前ほど戸惑いはないけれど、やはりこの熱気には慣れない。
「うん、順番にいこうか。リテラさん、その図式いいね。でも、ここだけ少し『余白』を残してみよう」
「余白……ですか?」
「そう。崩れたときに、流れを逃がせるように。……クロエさんは、その接続、かなり綺麗だ。ただ、ここを詰めすぎると逆に不安定になるよ」
「……あ、本当だ。通りが良くなった!」
生徒たちの反応が変わってきている。「分からない」という霧が晴れ、「気づき」の光が宿る瞬間。
(……伝わってる。教えるのも、悪くないな)
そんなことを思った、その時だった。
「ずいぶんと、盛況ですね」
低い、地を這うような声。ガルド・ハイマンスが入口に立っていた。教室の空気が、一瞬で氷点下まで下がる。
「理論もいいが、これだけの人数だ。実践の方が理解も早いだろう。……エディ先生、合同演習を提案したい」
(……来た。嫌な予感は、いつも当たるな)
「実戦形式だ。断る理由はありませんね?」
ガルドは満足そうに目を細めた。断定。逃げ道はない。
訓練場。
広い空間を埋め尽くす人影。他クラスの生徒まで集まり、完全に学院のイベントと化していた。
「エディ先生、少し緊張します……」
不安げなリテラとクロエに、僕は苦笑して頷く。
「大丈夫。いつも通りでいい。……さあ、始めるぞ」
ガルドの号令が響き、場が静まり返る。
「本日は合同演習。テーマは単純――『実戦』だ。レオン・ヴァルツァ、前に出ろ」
レオンが進み出る。無駄のない動き。だが、その瞳の奥には、以前にはなかった鋭すぎる「焦燥」が揺らめいていた。
「相手は――エディ先生だ」
どよめきの中、僕は中央へ歩む。
「よろしくお願いします」
「……はい。お願いします」
丁寧な口調。だが、レオンの手は杖を強く握っていたがわずかに震えていた。
「始め!」
合図と同時。
「『風よ、集え――』!」
速い。風刃が一直線に僕を狙う。
(――解析)
瞬時に術式を解体する。流れ、接続、密度。その継ぎ目に、銀の針を滑らせる。
(――遮断)
――カチ。
風が霧散する。間髪入れず、レオンは次の手を打つ。
「『水よ、奔れ――』!」
(連携はいい。だけど……)
解析と遮断。
――パキン。
水流もまた、形を成す前に消える。観客席から「何だ今の……!」と驚愕の声が上がる。
「『雷よ、穿て!』『土よ、応えよ!』」
複合詠唱。土壁による遮蔽と雷の同時展開。かなり組み上げてきている。だが、そのすべてが「正しすぎる」。
(解析)
複雑な構築を分解し、もっとも脆い一点を突く。
(遮断)
――バチッ!
雷が消え、土が崩れる。完全な静寂。
レオンの荒い呼吸だけが響く。
「……なぜだ。完璧だったはずだ……!」
愕然とする彼に、僕は少しだけ近づいた。
「レオン君。今の、すごく良かったよ。でもね、完成させすぎなんだ。崩されたときの『次』がない。魔術は壊れる前提で考えると、もっと強くなる」
レオンは黙る。拳が震えている。その目は、僕の助言を咀嚼するよりも先に、敗北の屈辱を飲み込もうと必死だった。
「……まだです。もう一度、お願いします」
(……その声。少し、危ないな)
焦りが、彼の理性を焼き切ろうとしている。
「いいよ。やろう」
答えた、その時。
「そこまでだ」
ガルドの声が、非情に演習を打ち切った。
「……ガルド先生、まだ!」
「十分だ。実力差は明白だ」
冷たい断定に、レオンは歯を食いしばり、ゆっくりと下がっていった。その背中には、以前よりも深い闇が宿っているように見えた。
代わって、ガルドが一歩前に出る。
「エディ先生。興味深い技術だ。次は、私が相手をしよう」
場が、凍りつくような威圧感に包まれる。
(……やっぱり来るよね。正直、気が進まないけど)
僕は銀の針を握り直し、老魔術師を見据えた。
「よろしくお願いします」
その奥で、レオンが拳を握りしめているのが見えた。
――まだ、終わっていない。
その瞳に宿る執念が、これから起こる嵐を予感させていた。
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