第四話:プライドの闇。レオンとガルドの結託
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
……妙だ。静かすぎる。
部室の扉の前で、レオン・ヴァルツァは一瞬足を止めた。
(ここが……魔術技師部。確か、例の魔術技師が顧問になったと噂で聞いたが……奇妙な理論……)
噂は聞いている。だが、何より彼が気に入らなかったのは、そこに「生徒が集まっている」という事実だった。
意を決して扉を開ける。
「……失礼します」
中に入ると、まず目に飛び込んできたのは机に広げられた大量の図式だった。そして、リテラとクロエが肩を並べて議論している姿。
「そこ、少し広げた方がいいと思います」
「え、こう? ……あ、通った!」
(……マナドゥークが、エルフィンを指導しているのか?)
レオンの目が細くなる。その横で、エディは少し離れた位置からただ静かに眺めていた。
違和感。だが、それ以上にレオンの視線は机の上の構築図に引き寄せられた。
「……失礼」
声をかけ、彼は吸い寄せられるように近づいた。エディが「どうぞ」と軽く促す。
レオンは図面を凝視した。――理解しようとするほど、彼の内側でざわめきが広がる。
(綺麗だ。……だが、教科書通りではない。流れの取り方も、密度の置き方も、余白の使い方も。見慣れた体系とは全く違う。なのに……なぜ成立している?)
論理的には説明がつかない。だが、あまりにも合理的だ。そこには明確な意図を持った「意味のある崩し」が存在していた。
「それ、リテラさんが書いたやつだよ。さっき自分で直していた図面だよ」
エディの言葉に、レオンの思考が止まった。
「……彼女が? リテラ・マナドゥークが、ですか?」
「うん。いい線だろ?」
あまりにも、あっさりと。
レオンの視線がリテラに向く。彼女は気まずそうに目を逸らした。
入学当初の彼女の評価を、レオンは知っている。魔力量、展開速度、実戦評価。その全てにおいて「下」にいたはずの人間が、今、自分ですら見たことのない高度な構築を編んでいる。
(あり得ない。……だが、目の前にあるのは現実だ)
喉の奥が、わずかに乾く。
力量は本物だ。あの講師は、特別な魔法をかけたわけじゃない。ただ「導いた」のだ。
拳が、わずかに握られる。
(認められない。こんな曖昧で未完成な技術が正統だというのか。……もしこれが広まれば、今までの積み重ねが、評価基準が、全て揺らぐ。……追い抜かれる)
自分より遥かに下にいたはずの人間が、自分の知らない翼で飛び立とうとしている。その事実が、エリートとしてのレオンの胸を鋭く抉った。
それは明確な、どす黒いほどの「焦燥」だった。
「……失礼しました。大変、参考になりました」
レオンは丁寧に頭を下げた。表情は崩さない。だが、一刻も早くこの場を立ち去りたかった。
踵を返し、部室を出る。
(このままでは、いけない。……正しさを、証明しなければ)
廊下を歩く彼の思考は、すでに一つの答えに辿り着いていた。
足は自然と、学院の別棟――重厚な扉の前へと向かう。
「……ガルド先生。レオン・ヴァルツァです」
「入れ」
低い声に応じて中に入る。ガルドは机に向かったまま、振り返りもせずに問うた。
「何の用だ」
「ご相談があります。魔術の……正統性についてです」
ガルドの手が止まる。
「現在、一部の生徒の間で、既存の理論とは異なる技術が広まりつつあります。……異端ですが、結果を出しています。本来、評価の低かった生徒が、短期間で異常な構築精度を見せている。従来の体系では説明がつきません」
沈黙。ガルドはゆっくりと椅子を回した。眼鏡の奥の目が、獲物を定めるように細められる。
「……面白くないな」
「はい。正統が揺らぐ。そう感じています」
即答だった。
ガルドは立ち上がり、レオンの前に立った。部屋の温度が数度下がったかのような錯覚を覚えるほどの威圧感。
「ならば、証明すればいい。どちらが『上』かを。……力でな」
「……ご指導、いただけますか。実戦的な、本物の魔術を」
深く頭を下げるレオン。
ガルドはわずかに口元を歪めた。
「いいだろう。教えてやる。正統の強さを、そして伝統を汚す者が辿る末路をな」
その言葉に、レオンははっきりと頷いた。
必ず証明する。自分の正しさを。そして、あの講師のまやかしを。
まだ、誰も知らない。
プライドの闇から生まれたその結託が、学院を真っ二つに分かつ嵐の始まりになることを。
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