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第三話:器用貧乏の転機。クロエの予期せぬ入部

このシリーズは既に完結まで執筆しております。

3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。

……いい音だ。

紙を擦る音。ペン先が走る、かすかな振動。


(集中してるな、リテラさん。……いい空間だ)


魔術技師部の顧問になってから数日。

放課後には必ず足を運ぶようになっていた。

部室の空気は、心地よく澄んでいた。余計な虚飾がなく、ただ思考し、手を動かすためだけの時間。僕は少し離れた作業台で、古い魔術具のネジを回しながら、意識の半分を彼女の手元に割いていた。


設計図の枚数が増えている。昨日よりも線が整理され、迷いが消えているのが遠目にも分かる。教えたことをなぞる段階を終え、彼女は今、自分の中で構築を組み直し、最適化する快感に目覚めつつあった。


「……先生」

「うん?」


顔を上げると、リテラが少しだけ上気した顔で紙を差し出してきた。


「この構築……昨日より、良くなっているか見ていただけますか」

「もちろん」


受け取って、ざっと目を通す。――一瞬で、理解した。


「うん、すごく良くなってる。魔素の循環に無駄がない。……ここ、自分で直したのかい?」

「……はい。先生に言われた『重さ』の原因を考えていたら、自然と手が……」

「いいね。君の判断は正しいよ」


一言、そう告げるだけで、リテラの表情がぱっと明るくなる。

けれど、僕はあえて、さらに踏み込んだ一点を指さした。


「ただ、ここ。魔素の出口が、今はまだ広すぎる。……エネルギーが逃げているね」

「……っ。そこを絞ると、反動が怖くて……」

「大丈夫。失敗しても、構築が霧散して壊れるだけだ。爆発はさせないよ」


ペンを渡すと、彼女はおそるおそる線を書き換えた。

そして、静かに魔素を流す。空気が凛と震え、安定した光が宿る。……だが、限界付近でパチン、と軽い音を立てて術式が弾けた。


「……すみません。失敗しました」

「いや。今の、すごく良かったよ」

「え……?」

「どこまで負荷をかけたら壊れるか、限界が見えただろ? それは失敗じゃない。一歩、完成に近づいたんだ」


リテラが目を見開く。「壊れること」を肯定された経験がなかったのだろう。彼女がもう一度ペンを握り直そうとした、その時だった。


――ガチャ、と。遠慮のない音を立てて扉が開いた。


「……え、なにここ。マジで地味すぎない?」


聞き覚えのある、屈託のない声。入口に立っていたのは、クロエだった。


「クロエさん? どうしてここに」

「うわ、やっぱ先生じゃん。放課後どこ行ってんのかと思ったら、こんな埃っぽいとこにいたんだ」


彼女はひょいと中を覗き込み、部屋を見回す。そして、机に向かっているリテラに気づき、目を丸くした。


「……あれ、リテラ? ほんとにいたんだ。いつも一人で怪しいことしてるって聞いてたけど」

「……はい。魔術技師部の……活動、ですから」


リテラが固まり、空気がぎこちなく揺れる。クラスの「中心的存在」と「落ちこぼれ」。距離のあった二人が、狭い部室で対峙していた。


「なにそれ、魔法陣? ……うわ、全然分かんない。けど、なんか面白そう」


クロエはリテラの設計図を覗き込み、あっけらかんと言い放った。そして、僕の方を向く。


「先生。それ、ウチにも教えてくんない? 魔術、最近ちょっとマンネリっていうかさ。先生のやり方、なんか『触ってる』感じがして楽しそうだし」

「興味があるなら、やってみるといい。魔術は触った方が理解が早いからね」


僕はクロエに紙とペンを渡した。

彼女は迷いなく、驚くべき速さで線を引き始めた。直感の塊のような動き。けれど、その線はひどく雑で、構築としての緻密さに欠けていた。


「……そこ」


小さな声。リテラだった。クロエの手が止まる。


「ん? なに?」

「その線……魔素が、流れにくいと思います。密度が、偏っているから」


リテラの声は震えていたが、その指摘は正確だった。クロエが自分の図面を見直し、少し驚いたように笑う。


「へぇ……リテラ、すご。これだけで分かんの? ウチ、全然気にしてなかったわ」

「……いえ、まだ勉強中で……」

「いや、いいじゃん! じゃあさ、教えてよリテラ。先生だけじゃなくて、リテラからもさ。……ダメ?」


真っ直ぐな、邪気のない視線。

リテラは完全にフリーズしたが、やがて、小さく、けれど確かな足取りでクロエの隣に寄った。


「……じゃあ、ここは……こうした方が、流れがスムーズに……」

「なるほどね! じゃあこう? おー、なんか今の、指先がピリッときた!」


一人が教え、一人が驚き、また一人が考える。

静かだった部室に、複数の思考が重なる音が響き始める。


(……いい流れだ。一人でやるのもいいけれど、重ねて、磨き上げるのが技師の現場だ)


ふと、思う。部員、一人じゃなくなったな、と。

夕日に染まる部室の中で、凸凹な二人の背中を見ながら、僕は小さく笑った。


新しい構築が、今、動き始めていた。

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この話を読んでいただきありがとうございます。


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