第一話:魔術技師部。部員一人の秘密基地
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
……正直、気が進まない。
放課後の廊下は、しんと静まり返っている。さっきまでの喧騒が嘘のように消え、西日に照らされた長い影だけが伸びていた。
(こういう時間の方が、落ち着くんだけどな……)
人気のない校舎の奥へと歩を進める。呼び出された理由は、昼休みのメディウスの強引な一言だった。
『いや、ほんと頼むって。魔術技師部の顧問、空いてんだよ』
『……僕が? 他に適任がいるでしょ』
『他に誰がいるんだよ。この学院で「構造」を語れるのは、お前しかいないだろ』
あいつはいつだって即答だ。
確かに、魔術技師なんてこの学院では絶滅危惧種に近い。だからこそ、部活も形だけで顧問すら決まっていないという。
『部員、一人らしいしな。変わり者だよ、お前と同じで』
……余計なお世話だ。
けれど、一人で部を守り続けているという事実は、少しだけ胸に響いた。
(本気、なんだろうな。……一人でも、続けたいくらいには)
古びた扉の前で足を止める。小さなプレートには「魔術技師部」とあり、うっすらと埃を被っていた。
ノックをしても反応がない。僕は意を決して、静かに扉を開けた。
きぃ、と蝶番が鳴る。
中は思ったよりも――。
(……散らかってるな。いや、違う。これは作業中か)
机の上には、所狭しと紙が広がっていた。魔法陣の図式、構築のフローチャート、魔素の計算式。その中心に、一人の少女が座っていた。
一心不乱にペンを走らせ、周囲の音など一切聞こえていない様子だ。
(……集中してる。ああいう顔、昔の僕もよくしてたな)
そっと近づき、彼女の手元の紙を覗き込む。
その瞬間、僕は思わず息を止めた。
(……なんて、綺麗な構築だ)
線が無駄なく繋がっている。魔素の流れも、驚くほど整然と整理されていた。独学で、誰に教わることもなくここまで辿り着いたのか。
さらに、端に書かれた走り書きが目に留まる。
――魔素干渉時の再安定化処理案。
(……そこまで、考えるか。この子は)
気づけば、自然と口が動いていた。
「いい設計だね」
「……っ!?」
少女が弾かれたように振り返る。
眼鏡の奥の瞳が、驚愕に見開かれた。――リテラ・マナドゥーク。教室の隅で、いつも独り静かにノートを綴っていたあの子だ。
「あ、え、エディ……先生……?」
「ごめん、驚かせるつもりじゃなかったんだ。……続き、書いてていいよ」
「……あ、いえ……その……」
リテラは視線を泳がせ、手に持ったペンをぎゅっと握り直した。
「どうして、先生がここに……」
「今日からこの部の顧問になった。よろしくね」
にこっと笑うと、彼女は完全にフリーズしてしまった。思考が追いついていない、真っ白な顔。数秒の沈黙の後、彼女は慌てて椅子を蹴るようにして立ち上がった。
「よ、よろしくお願いします! 顧問なんて、そんな、私のような者のために……!」
「そんなに固くならなくていいよ。僕もこういうの、慣れてないからさ」
僕は机の上の紙を指さした。
「これ、独学で書いたの?」
「……はい。本を読んで、自分なりに……」
「すごいね。かなりいいよ。構築の本質を、ちゃんと理解してる」
リテラの瞳が揺れる。
「本当に……? 私は、落ちこぼれで、実戦では何もできなくて……」
「うん、本当だ。特にここ。干渉された時の再安定化……普通、学生はそこまで考えない。でも、君は考えてる。それは『壊れない魔術』を作るために、一番大事な視点だよ」
リテラは何も言わなかった。ただ、ぎゅっと胸の前で手を握り合わせている。
……届いた。彼女がずっと一人で守ってきた「こだわり」を、僕は今、肯定したんだ。
「ねえ。一つ、試してみる?」
「……え?」
「君のこの構築、ちょっとだけ崩してみようか。……大丈夫、壊すんじゃない。直すんだよ」
僕は机に手をつき、ペンを手に取った。
「ここ、魔素の流れがわずかに詰まってる。このままだと、強い負荷がかかった時にここから崩壊する。だから――」
スッ、と線を一本引き直す。ほんの数ミリ、角度を変えただけ。
「これで流れが分散される。安定性が格段に上がるはずだ」
「……っ!」
リテラが身を乗り出し、紙を凝視する。その瞳に、青白い熱が宿った。
「……信じられない。こんな、たった一本の線で、全体の淀みが消えるなんて……」
「構築は、そういうものだからね。理論と最適化。それこそが技師の武器だ」
リテラがゆっくりと顔を上げた。戸惑いはもうない。そこにあるのは、純粋な探求者の顔。
「……もっと。もっと知りたいです、先生。魔術構築の、その深淵を」
「いい返事だ。じゃあ、今日からここで始めようか。魔術技師のやり方、ちゃんと教えるよ」
「はい!」
力強い返事。
窓から差し込む夕日が、散らかった部室を赤く、美しく染めていた。
(……悪くないな)
静かな空間、紙の擦れる音、そして未知への好奇心。
かつて一人で過ごした工房の時間と似ている。けれど――。
(今は、一人じゃない)
それが、少しだけ心地よかった。エディはリテラの隣で、新しい図面を広げ始めた。
【※読者の皆様へ。重要なお知らせ】
この話を読んでいただきありがとうございます。
「面白いかも! 続きが楽しみ!」
「陰ながら応援してるよ!」
「引き続き頑張ってください!」
と思ってくださった方は、この下にあるポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にして、『ポイント評価』をお願いします。
是非とも宜しくお願いいたします。
今後も更新を続けていく為の大きな励みになりますので、どうか何卒よろしくお願いいたします。
↓広告の下あたりに【☆☆☆☆☆】欄があります。




