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第三話:魔術に失敗は存在しない。あるのは「不備」だけだ

このシリーズは既に完結まで執筆しております。

3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。

……少し、静かになった。

さっきまでの刺すようなざわつきが、嘘みたいだ。


黒板の前に立ちながら、教室を見渡す。

最初は半分以上が疑いと蔑みの目だった。けれど今は――違う。興味、警戒、そして隠しきれない戸惑い。

いいね。ちゃんと、みんな“考え始めてる”。


「じゃあ、続きをやろうか」


チョークを指先で一回転させながら言う。


「さっきの話、覚えてる?」


何人かが無言で頷く。窓際のクロエは……さっきまで落書きに没頭していたのに、今はペンを握ってノートに向き合っている。隅のリテラにいたっては、僕の言葉を一言も漏らすまいと食い入るように見つめていた。


「魔術には、形がある」


黒板に、大きな円を描く。


「だから、壊れる」


静かに断言した。


「……先生」


レオン・ヴァルツァが、震える手で挙手をした。


「一つ、よろしいでしょうか。……先ほどの現象ですが。あれが、いわゆる『魔術の失敗』というものなのでしょうか」


……いい質問だ。

僕は少しだけ口元を緩めた。


「違うよ。魔術にね、失敗なんてものは存在しないんだ」


教室がわずかにざわつく。


「あるのは、これだけ」


チョークを置き、黒板の中央に短く書いた。


――不備


「……不備、ですか」

「そう。例えばさ、詠唱を間違えたことがある人、いるかな?」


数人がおずおずと手を挙げる。クロエも気まずそうに、指先だけを少し挙げた。


「そのとき、どうなった?」

「……発動しませんでした」

「うん、それだよ」


僕は軽く指を鳴らす。


「それって『失敗』かな? 違うよね。ちゃんと理由があるんだ。詠唱の誤り、魔素の流れの乱れ、構築の不整合……。ほら、全部『原因』がある。魔術はね、実はすごく正直なんだ。正しく組めば発動するし、不備があれば発動しない。ただ、それだけのことだよ」


教室が静まり返る。当たり前すぎて誰も考えなかった真理に、皆が呆然としていた。


「レオン君」

「……はい」

「さっき、君は自分の魔術は完璧だと言った。じゃあ、もう一度試してみようか。さっきと同じ火球でいい」


レオンが、決意を秘めた目で前に出る。


「『荒ぶる火よ、我が意に応え、敵を焼け』! 『火球(ファイアボール)』!」


放たれた炎は、さっきよりも安定し、密度が増していた。

(……修正してきてる。やっぱり、センスは抜群だな)


「うん、いいね。さっきより格段に良くなってる」


素直に褒めると、レオンの眉がぴくりと動いた。


「でも、まだある」

「……何が、でしょうか」

「不備だ」


僕は一歩踏み込む。


「――『解析(アナライズ)』」


世界が変わり、目の前の魔術の構造が手に取るように分かる。

流れる魔素、接続される節々。

……やっぱり、そこだ。


「――『遮断(インターセプト)』」


銀の針を、構築の「継ぎ目」に差し込む。

熱を帯びた炎が、霧が晴れるようにあっけなく消滅した。


「な、ぜ……っ」

「良くなってたよ。でもね、ここ」


黒板の図に、一点の印をつける。


「まだ、揺れてた。魔術は嘘をつかないからね」


チョークを置き、僕はレオンの目を見つめた。


「ねえ、レオン君。君は本当に、自分の魔術を『理解』してるかな?」

「……当然です。完璧に、イメージしています」

「そっか。じゃあ、もう一つだけ。さっきの火球、どこにどれくらいの魔素を、どんな比率で流したか……数式や論理で説明できる?」


レオンが言葉を詰まらせた。


「それは……感覚です。身体に染み付いた、魔術師としての勘で……」

「うん。それは悪くない。でもね、それだと『どこが間違っているか』を自分で特定できないんだ」


静かに、言い聞かせるように続ける。


「だから、壊される。理解していない魔術は、外部からの干渉に極端に弱い。逆に言えば――」


僕は教室全体を見渡した。


「理解していれば、壊せる。構造なんだから、分かれば触れるし、触れれば変えられる。……そうだよね、リテラさん」


不意に名前を呼ばれ、隅の少女が肩を揺らした。


「……はい。構造として捉えるなら、干渉は……可能だと思います。でも、先生。その『揺らぎ』は、どのように判別しているのですか」


鋭い。やはりこの子は、筋がいい。


「正確に言えば、違和感かな。流れが綺麗じゃないところ、少しだけ引っかかるところ。そこに、針を刺す」


リテラが、何かを悟ったように小さく頷く。


「……なるほど。感覚を、論理に置き換える……」

「その通り。だから、今日からやることは一つだけ」


僕は黒板に書かれた「構築」の文字を力強く指差した。


「自分の魔術を、感覚じゃなく『構造』として見ること。最初は難しいかもしれないけど、出来るようになるよ。僕が教えるからね」


少しだけ、柔らかく笑う。

教室内を支配していたピリついた緊張感が、どこか前向きな、熱を帯びた好奇心へと変わっていくのが分かった。


(……よかった。ちゃんと、届いてる)


僕は黒板に背を向け、教卓に手をつく。


「じゃあ次。実際に一人ずつ、構築の『解体』を体験してみようか」


教室が、一気にざわついた。

引きこもりだった僕の、本当の授業が、今ここから始まった。


【※読者の皆様へ。重要なお知らせ】


この話を読んでいただきありがとうございます。


「面白いかも! 続きが楽しみ!」

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