ケース8 急がば回れ、回ったら帰ってこい
登場人物紹介
主人公:小泉ハル
ケアマネ歴17年。“行方不明案件”にまで巻き込まれる、ツッコミ体質の職業戦士。
利用者:工藤喜一
元・柔道マン。体力は五輪級、方向感覚は迷子級。散歩に出るとどこまでも歩いていくスタミナ怪獣。
家族 :妻
しっかり者。夫の“超ロング散歩”に毎回ヒヤヒヤ。でも誰より夫を心配している優しい人。
――お母さんあのね、行きたい場所にたどり着くまでは、寄り道も必要なのかな。だとすると私は、意図してまっすぐをひたすら突き進んでいるのかもね。
真っ暗な真冬の空の下、高齢男性がひとり
「ハァ、ハァ、水、水ちょうだい…… ハァ、ハァ……」
*
今日は先輩ケアマネジャーから引き継いで、担当を任されることになりました。
工藤 喜一さん 七十一歳 要介護2
アルツハイマー型認知症 妻と二人暮らし
マンション八階に住む喜一さんご夫婦のお宅で引継ぎと、初めての顔合わせをしました。喜一さんは若い頃に柔道をしていたからか、今でも体格がガッチリしていて椅子から立ったり座ったりの動作も、機敏にこなしていました。
「おっ、今度はかわい子ちゃん連れてきたな」
【何だか軽口な爺さんですなっ】
早速私のココロの声がでてしまう始末です。軽口爺さんは、もとい、喜一さんはデイサービスへ週二回通い、毎日散歩へ出かけることが日課になっていました。散歩へ出るのは決まってお昼ご飯を食べてから、一時間ほど歩き回って戻ってくるというスタイルが通常でした。
二日後の土曜日、先輩が喜一さんの奥さんから預かっていた、介護保険被保険者証をいつまでも預かっていられないと思い、自宅へ届けようと奥さんに電話をしました。
「先日、訪問させて頂きました小泉です、介護保険被保険者証をお返ししたいと思いまして」
「あら、忘れていたわ。どうぞいらっしゃって。そういえばお父さんが散歩へ行って、まだ戻ってきていないわ」
時間は十六時を過ぎています。いつも一時間ほどで戻ると聞いていましたから、あまりにも遅すぎます。
「今から、ご自宅へ行きますね。周辺も車で回ってみます」
私はとても嫌な予感を胸に抱きながら、一枚の用紙を取り出し事業所を後にしました。
十二月初旬、この地域は寒さが増してくる時期です。十六時半頃になると辺りも暗くなってきます。車で周辺を回りますが、人っ子ひとり歩いていません。私は奥さんに詳しい状況を確認します。
喜一さんはこの時期には軽装すぎる、薄手のベストを着て、携帯を持ち歩いていると。ですが携帯は繋がりますが、でることはありませんでした。
十四時に自宅を出て、この時点で十六時四十五分。辺りは暗くなってきました。事態は一刻を争います。私は事業所から持ってきた一枚の用紙を取り出し、奥さんに説明しました。
「これは地域で行なっている、迷子の高齢者を探すシステムです」
まず最寄りの警察署へ連絡をします。地域包括支援センターや周辺の介護施設、介護事業所、タクシー会社など広範囲に渡って、迷子を捜すシステムがこの地域では構築されているのです。
私は用紙に喜一さんの顔や体形の特徴、服装や持ち物、何時頃自宅をでたのか、認知症であること、など詳しく記入をした上で、奥さんから了承を得て警察署へ連絡をいれました。
最悪なことに今日は土曜日、多くの介護事業所は休業日です。しかも時刻は十七時近く、事業所が開いていたとしても勤務時間はもうそろそろ終わるかという時間でした。
一刻を争う状況下で、警察署はすぐに動いてくれることになりました。警察官二人が自宅に来たのが十七時半近く。外は真っ暗になっています。
警察官が到着するまでの間に、私はこの地域を管轄している、地域包括支援センターと自分の事業所の管理者、また喜一さんが通っているデイサービスへ連絡をしました。
デイサービスへなぜ連絡をしたかというと、夕方の送迎時間に喜一さんを見かけた人がいなかったかと、写真を入手するためです。この年齢になるとみなさん写真を撮る機会が少ないのです。孫でもいれば一緒に撮ることもあるでしょうが、喜一さんご夫婦にはお孫さんはいません。デイサービスであれば、普段からイベントがなくても撮っていることが多いのです。
案の定、ごく最近の写真があるということで、私は携帯にメールで送ってもらうことにしました。また、プリントアウトもしてくれるというので、すぐに受け取りに行ことにしたのです。
つい先日まで担当をしていた先輩も喜一さん宅へ到着し、すぐに写真をもって近所を捜索することになりました。
喜一さん宅は幹線道路の近くで、飲食店や大型ショッピングモールもあります。せめて店の中に入っていてくれれば良いのですが……。この季節に薄いベスト1枚で、長時間外を歩くには命の危険が伴います。
――どうか無事でいて、どうか、どうか。
多くの飲食店を回りましたが、見かけた人はいません。周囲を見て歩いても、それらしき人はいません。ショッピングモール内では店員や客に、刑事ドラマさながらに写真を見てもらいながら、一生懸命捜索します。
ですが、努力も虚しく、誰一人として見かけた人はいません。いったい、どこへ行ったというのでしょう。
七十一歳の高齢者といえど、喜一さんは体格も良く、歩く姿もとくに問題はなさそうで一見、ごく健康そうなおじいさんにしか見えないかもしれません。
会話をしても、冗談も交えて話すのですから陽気なおじいさんそのものです。認知症であることは、一定時間会話をしてみないとわからないかもしれません。
二十一時を過ぎてもいっこうに見つかる気配はありませんでした。喜一さんの携帯電話は位置情報も確認できないまま、電源が切れてしまっていました。先輩は元々自分が担当していたということもあってか、私に自宅に帰るように勧めてきます。私は帰るわけにはいかないと粘りますが、押し負けてしまいました。
暗い帰り道、それでも私はノロノロと運転をしながら周辺の歩道を確認します。人自体がいませんでした。この寒空の中、一体どこへ行ってしまったのか。どうしてこんなことになってしまったのだろう。
担当して、三日目の大惨事です。
今や日本の六十五歳以上高齢者の、認知症発症率は七百三十万人。五人に一人が認知症を発症する割合に達しています。高齢者が行方不明になった場合、最初の二十四時間以内の対応が、非常に重要とされています。特に認知症のある高齢者では、時間の経過とともに生存率が急激に低下する傾向があるのです。
「生存率、生存率、生存率。生存率は何パーセント?」
そんなことばかり、検索した夜でした。
睡眠に誰よりも拘りがある私が、まさかこの状況で眠れるわけがありません。先輩には何時になってもいいから電話をくれるようにお願いしていましたが、深夜二時を過ぎても連絡は来ません。
あぁ、家をでてから十二時間が経った。冬の朝方であるこの状況で、生きている方が不思議ではないでしょうか。深夜二時。街の音は消え、ただ冷たい風だけが窓を叩いています。
生存率という冷酷な数字が頭をよぎるたび、私は熱いコーヒーを喉に流し込んで震えを抑えました。
朝四時になり私はしびれを切らして、もう一度喜一さんの携帯電話へ連絡をしてみました。もしかすると電話が繋がるかもしれないと、一縷の望みをもって。
「トルル……トルル…… はい」
「うわっ でた!」
女性がでました。電話にでたのはなんと、奥さんでした。聞くと一時間ほど前に無事に見つかり、自宅に戻って今、お茶を飲んでいるというのです。
「本当によかった、小泉さんのおかげです、ご迷惑かけて申し訳なかったです。本当にありがとう、ありがとう」
【もう、柔道ジジイ!どんだけ足腰強いんだよ!五輪にでもでるつもりか!!】
こんなオチでもオチはオチ。最高のオチがつきました。
バンザーイ!! もう、最高!!
*
喜一さんの出来事について、事業所で会議を行いました。私はその日の出来事を時系列にまとめて、みなさんに発表しました。
―喜一さんが見つかった経緯―
まず喜一さんは自宅周辺などにはいませんでした。とっくの昔にあの近辺からは脱出していたようです。真っ暗な人気のない道をただただ歩いて歩いて。警察から応援を依頼されたタクシー運転手さんが、それらしき喜一さんに声をかけて下さり、見つかったということでした。
なんと発見されたのは、隣のとなりの町でした。誰もおもいつきません。というか、私は隣の市まで帰宅していたので、帰り道ノロノロ運転で探していたのはあながち、はずれではなかったようです。とはいえ、まさかそんなところまで歩いていくなんて。
距離にして二十km近くです。喜一さんの感覚としてはそんなに歩いた気はなく、ただただ喉が渇いて水が飲みたかった。近隣宅へ水をもらいに入ろうとしたが、辞めた。携帯電話は鳴っていたが、操作方法がわからなかったようで、出ることができなかったようです。そして電源は落ちた。
とはいえ、人命は助かりました。迷子システムのおかげ、みなさんの協力のおかげです。一人の力などなんと無力なことか、ネットワークの賜物です。
なにはともあれ、助かって良かった。こんな死に方は絶対にだめです。寂しくて、冷たくて、誰も救われません。奥さんも良かったね。偶然が偶然を呼んで、たまたま私も奥さんに電話してみて本当に良かった。あのまま初動が遅れたら、もう手遅れになっていたかもしれない。
私の恐怖体験、忘れられない一件となりました。
*
その後も、喜一さんは散歩を辞めませんでした。
玄関ドアに鈴を取りつけたり、ドアノブの内側にも鍵穴を作り、鍵で施錠できるように改造したり、靴にGPSを忍ばせたりと、いろいろ試しましたが、一向に散歩を辞める気配はありません。
認知症状は進行するばかりです。
「さぁ、また次の一手を考えましょうか」
――お母さん、人って底知れない力があるんだよ。だから私もここまでやってこれたんだ。
ハルの人間日記 -スピンオフ-
謎解き
20✖✖年 8月✖✖日
昨日、翔が足を骨折した。
空手の試合で
相手の技を解こうとして、バッキバキ
なんでまたこんな遠くまで
あたしは平を連れて早朝 T市まで高速で3時間
全く動けない翔は、ベッド上でお便を取っていた
思春期なのに大変だ
羞恥心を捨てなさい
思い出したことがある、あたしのお母さんも
最期はベッド上で差し込み便器 介護したっけ
お母さんは更年期だったけど
いったい、どう思っていたんだろうな
謎はいまだに解けない
そういえば あたしが介護の世界に進んだのは
その謎を ”知りたかった” からなんだ




