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サバイバル•プラン  作者: Haru
--アナタハドノヨウニ、キエルオツモリデスカ?
7/11

ケース7 五十五歳の決意 孤高の理容師

登場人物紹介

主人公:小泉ハル

ケアマネ歴17年。心の中のツッコミは常にフルスロットル。"怒りの沸点が秒速”の利用者にも、根性で向き合う。

利用者:新田陽介

“感情ジェットコースター理容師” 脳出血の後遺症で言葉が出にくいけど、怒ると一瞬で“般若モード”に変身するギャップ系おじさん。根は優しいのに、扱いは難易度ハード。

家族 :元妻・紗英

しっかり者で現実主義。別れた夫の身元引受人までしてくれる“できすぎる元嫁”。新田さんの夢と現実の間で揺れる。

   :息子・誠

中学生の愛息。離婚してからは思うように会えない。

――ねえお母さん、私たくさんの荷物を背負って必死に走っているよ。あの子たちを一人前にするために私はまだまだ走り続けなくちゃ。




 ハンドルを握りしめ、私はアクセルを強く踏み込んだ。

「間に合え、間に合え、間に合ってよぉ!! 」




 *


 車いすに乗っている男性、茶碗を持たずに介助箸で、ご飯をかき込んでいます。

あら? 箸を落としてしまいましたよ。

「お、お…ち、おち…た」

職員は全く気付いていない様子です。

「は、は…し、…ち…た」

見かねた隣の席の老人が言いました。

「ほら、箸落としちまったってよ、若けぇのが言ってるよ」



 ガッシャーン!


 男性は、かつ丼がのったお盆を全部ぶちまけてしまいました。この光景は、今日がはじめてではありません。


 新田陽介さんを担当して二週間が経とうとしていました。新田さんは左脳出血を二度発症し、高次脳機能障害の影響で様々な後遺症があります。右半身麻痺のため、自力での歩行は難しく移動は車いすを使います。言語障害で言葉がでにくく、上手く自分の考えを相手に伝える事が難しいのです。


 額がM字に禿げあがってはいますが、年齢はまだ五十四歳。まだまだ働き盛りの年齢です。退院後、慣れない下宿先での生活で感情が不安定になることもしばしば。


 最初こそ大目に見ていた他の入居者も、度重なる新田さんの迷惑行為にさすがにクレームがちらほら出始めていました。


 下宿先から呼び出しを受けた私、出て行ってほしいとまでは言わないものの、集団生活に支障がある新田さんをどうにかしてほしいと言います。『どうにかしてほしい』と言ったって、そういう疾患なのですから、周りが上手く立ち回るしかありません。


オレのこころの声

【介護のプロなんだから、それくらいどうにかしろよ!てめぇで考えろ!!】

……とは言えません。

(※私は女性ですが、離婚を機に自宅内では子供たちに対して『オレ』と言うようにごく自然になっており、家と外で完璧に使い分けています。)


 急に沸点に到達する新田さんですが、機嫌の良いときももちろんあります。意外と意欲的な面もあり、リハビリにはすこぶる本気で取り組んでいました。短時間の運動特化型デイサービスへ行くことも、すぐに決めて真面目に通っていました。そんな新田さんには目標がありました。

『早く治して、また理容室を営みたい』という目標が。


 新田さんは罹患後、生活保護を受けていました。理容師として自分の店を切り盛りしていましたが、一度目の脳出血で収入が全く入らない状況になったためです。このような時に私は会社員で良かったなぁとつくづく思ってしまいます。自営業の方は自らがかけている保険がないと、何の保証もない場合が少なくないからです。新田さんもその一人でした。


 五十四歳という若さで発症してしまった脳出血という重い病。再発もあったため後遺症が残る新田さんの生活は、百八十度変わってしまいました。気持ちが追い付かないのは当然です。


 そんな新田さんは生活保護を受け、介護保険の対象者(六十四歳未満の対象疾患に該当)となり、私が担当を任されたのですが、身体障害者手帳の保持者でもあるため、介護保険では賄えないサービスを『障害福祉サービス』を利用することで、社会復帰を目指すこともできます。うまく制度を利用することで、生活の幅を広げることが可能なのです。


 日によって感情が大きく揺れる新田さんですが、やる気のある時期には障害福祉サービスの『就労継続支援B型』を利用して、無理なく社会参加ができる労働として、パソコン作業に勤しむこともありました。

 こうしてコントールしきれない感情を時に爆発させながらも、新田さんにはまだまだ目標がありました。


「新田さん、誠くんの声聞けました?」

「ま…まこ、…でん…んわ、でない」

 新田さんには別れた奥さんとの間に中学生の息子さんがいました。離婚してからは滅多に会っていない間柄です。新田さんの元妻はできた人で、別れた夫の身元引受人になってくれるという、なんとも杞憂な方でした。


 私だったら、天地がひっくり返ってもぜぇったいにイヤ、ですけどね。



 元妻の紗英さんが面会にきています。

「理容室として借りていた店舗を引き渡す日が決まったわよ、道具も全て引き取ってもらうことにしたから、二束三文だけどね」

「い、い…やだ、お…れ…み、みせ……やる」

「そんなことできるわけないでしょ、できるような体じゃないんだから、わがまま言わないで、人の気も知らないで」

 紗英さんは目頭を押さえながら、部屋を出て行きました。



 今日も新田さんの部屋に訪問します。元々ベッドについていた手すりが取れてしまったというので、保険を利用して手すりを設置するためです。福祉用具事業者の南さんと一緒に部屋に伺いました。南さんが声をかけます。

「新田さん、この位置が一番起き上がりがし易いと思います、数日使用してみて不便があるようでしたら、言ってください」



 手すりを設置した次の日、下宿先の職員から連絡がきました。

「新田さん、もの凄い勢いで怒っていますよ」


 到着すると南さんはすでに来ていました。新田さんは真っ赤な顔でご立腹です。手すりを指さして

「この…こ、ダメ…、なに…こ、これ…」

要約すると、起き上がりに使おうにも手すりの位置が上すぎて、使いづらいと言っているようです。


 それにしてもそんなに怒らなくても。周りが引くほどの般若のような表情になっています。

「おま…お、まえ… てきと…し、しご、と…」


 南さんに向かって「適当な仕事をしやがって」ということでしょう。南さんの顔を見ると、Z世代で親にも怒られたことがないのでしょう、こちらも真っ赤な顔で固まっています。私が間に入ります。


表面上は

「新田さん、血圧上がるからそんなに怒らないで。すぐに位置は直しますから、ごめんね、使いづらかったね」

 ココロの声は

【うぜぇ、うざすぎる。どうでもいい、こっちはどうでもいいんじゃ!】です。


 新田さんの怒りが収まるまで、かなりの時間を要しました。新田さんもよほど怒り疲れたのでしょう、部屋を出る頃には五歳ほど老けていました。


 新田さんの理容室を引き渡す日が一週間後に迫りました。紗英さんと話した日、新田さんはある想いを、私に話してくれていました。



 *


 ある日、訪問中の私の携帯電話に連絡が入りました。新田さんが緊急入院したというのです。私の頭をよぎったのは、脳出血の再発でした。しかし下宿先の職員に聞くと、新田さんはひどい痛みの訴えをし、原因は尿管結石だったというのです。


 これはこれは、世界三大痛ではありませんか!(日本で言われているだけか?)

大変な思いをしましたね、新田さん。手すりの『バチ』があたったかな?


 う~ん、これは計画が実行できないかもしれませんよ。すぐに石が出れば良いのだけれど。



 結局、新田さんは入院二日目に、自力で石を体外に排出し無事退院することになりました。これはギリギリですよ新田さん、急いで急いで!

新田さんを介護タクシーに乗せ、私は後を追います。行き先は、新田さんの元職場、そう理容室です。


「間に合え、間に合え、間に合ってよぉ!!」



 *


 今日は、理容室を引き渡す日です。新田さんの想いを聞いたあの日、私は紗英さんにお願いをしていました。理容室では誠くんも一緒に待っています。

 店はバリアフリーではありませんから、車いすが入るには少々難儀です。新田さんは目で合図して、紗英さんにはさみを取り出してもらいました。数十年間使い続けた商売道具のはさみです。きちんと手入れをしていたのでしょう、きらりと光って見えます。


 新田さんはそのはさみを握ります。見るからに手は小さく震えていました。フー、フー、と荒い息づかいが漏れ出ます。

近くの椅子に誠くんを座らせて、新田さんは髪を切る『フリ』をしました。


 新田さんは元々右利きです。今はリハビリの成果で何とか指が少し曲がるまで回復はしていました、がそれまでです。左手で握ったはさみは力なく、到底髪を切る技術まで到達するには至らず、今日は切る『フリ』だけです。



 新田さんは涙を流しませんでした。なんとも言えない悔しそうな、なんとも言えない怒りに満ちた表情でそこで固まっていました。

これが長い年月、ひとつの仕事に多くの時間を捧げてきた男の、最愛の職業との別れの時間となりました。


 私は知っていました、医師から罹患後、半年以上のリハビリを経た回復は、今後それほど見込めないことを。機能の回復があったとしても、もう二度と利き手ではさみを握って、客の髪を切ることはできないことを。


 これは誰にでも訪れる可能性のあるお話です。

病気は人を、時期を、タイミングを選びません。どんなに祈っても、次は自分の番かもしれないのです。


 真面目に生きて、慎ましく生活して、どんなに徳を積んでも、非情にその時はやってくる。そうなった時に『どのように生きるか』が、大切なのでしょうが、私は耐えられそうもないな……。

新田さんに『頑張って』などとは口が裂けても言いません。もう十分に頑張って生きていますから。




 新田さんは信じています。大人になった誠くんの髪を、流行りのヘアスタイルに整えることを……ね。






 明日、新田さんは五十五歳の誕生日を迎えます。





――お母さん、私子供たちが一人前になるまで、絶対に病気になりたくないよ。だって子供たちには私しかいないもの。

【ハルの人間日記 -スピンオフ-】


初舞台

19✖✖年 9月✖✖日


スピード違反で捕まった

時間はあまるほどあるのに、何を急いでいたのだろう

切符を切られてここにある。


秀兄にはバレたくない

警察に捕まるなど、あたしの自伝に必要ない


次は女優になるしかない

女優の仮面をかぶって

涙のひとつでも流せばいける!

何か言い訳考えよ。


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