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サバイバル•プラン  作者: Haru
--アナタハドノヨウニ、イキルオツモリデスカ?
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5/11

ケース5 眠れぬ檻の老女

登場人物紹介

主人公:小泉ハル

ケアマネ歴17年。冷静なフリをした毒舌ツッコミ担当。今日も家庭のカオスに突っ込む覚悟はできている。

利用者:清水千代

アルツハイマー型認知症。小柄で可愛いおばあちゃん。なぜか“生活環境だけが妙に不穏”。

家族 :長女・髙野麗子

真面目で不器用。母の介護と家族の板挟みでキャパ限界。ツッコミどころ満載の一家の中心人物。

――そう言えばお母さん、お母さんはお父さんの事どう思っていたの?うるさくて怒ってばっかりだったけど、あんなお父さんでもやっぱり好きだったの?お母さんが亡くなった後、私お母さんの日記読んじゃったんだよね。見られたくなかったよね、お母さん。

                                                


 老婆がひとり、月明かりの入る部屋で眠っています。

眼からは一筋の涙がこぼれます……。

ZZZ……。ZZZ……。



 

 今日も朝から急ピッチで書類作成をしていると、一人の女性が事業所を訪ねてきました。たまに来る、アポなしで来所されるご家族さまです。他のケアマネジャーは外勤で不在だったため、私が対応する事になりました。背の高い大柄な女性です、お母さまのことで相談したいとやってきました。何度もいいますが、アポなしで。


 清水 千代(女)八十八歳 要介護2 アルツハイマー型認知症

 相談者 長女 髙野 麗子さん 六十一歳  長女さん家族との四人暮らし


 長女・麗子さんのお話では、お母さまの物忘れがひどくて困っているという内容でした。『さっき言ったことを忘れてしまう』『言うことを聞かない』 ということです。麗子さんは疲弊しているようで、『自分も体調が悪い』と延々と訴え続けます。

「一度ご自宅を訪問させてください。ご本人も不便なことがあるかもしれません。なるべく急ぎましょう。」


 自宅へ行くというと、麗子さんは見るからに怪訝そうな顔をしました。『まさか家に来られるとは』といった表情です。なんだかんだと自宅に来ないように言い訳をする麗子さんでしたが、私は宥めながら訪問する日程を、半ば強引に決めました。




「はじめまして清水さん、私はケアマネジャーの小泉と申します。今日は清水さんに会いにきました。少しお話を聞かせてくださいね。」

 千代さんは小柄な肌の白い、可愛らしいおばあちゃんでした。私は表情やしぐさ、手元などを観察します、メイクはしていないようです。家の中は、整理された築三十年ほどの家屋でしょうか。部屋がたくさんありそうで二階からは物音がします。


 ひとしきり話を聞いた私は、

「千代さんの寝室を見せてほしい」

と、お願いしました。麗子さんは『わかっていましたよ』と言わんばかりに、すんなりと通してくれます。予測していたようです。


 千代さんの部屋の前に立つと、明らかな違和感を感じました。 部屋のドアは取り外されています。やけに眩しいと思ったら、カーテンレールにカーテンがありません。布団が一組、敷いてあるだけ。あとは小さな棚とストーブのみです。クローゼットは開けっ放しで、プラスチックの衣装ケースが高く積まれています。ケースの引き出しはなぜか、ガムテープで全て塞いでありました。


オレのココロの声

【ドアがないと寒いだろ!】

【カーテンがないと良く眠れないやんけ!】

【服が出せんやろがい!】

【◎△$♪×¥●!?】

(※私は女性ですが、離婚を機に自宅内では子供たちに対して『オレ』と言うようにごく自然になっており、家と外で完璧に使い分けています。)



 睡眠に拘りがある私としては、黙っていられない状況です。明るいとメラトニンが生成されにくく、深い睡眠がとれないのですよ!幼い頃からツッコミ体質の私は、ココロの中で総ツッコミです。

「なぜ、こうしているのですか?」

ひとつひとつ麗子さんに確認をします。


・ドアは千代さんが悪さばかりするため、いつでも見られるように取り外したそうです。⇨監視

・カーテンは千代さんが引っ張って、縫い目がほどけてしまうため取り外したそうです。

⇨プライバシー侵害、ネグレクト

・衣装ケースは千代さんが中身を出して、あちこちに移動してしまうため塞いだそうです。

⇨心理的虐待


「色々、工夫をしているのですね」

麗子さんのしていることに、私は否定をしません。理由があっての行動です。ここで拒まれては今後が大変です。堂々と部屋を見せてくれた麗子さんは、この部屋の異常さに気づいていないのでしょう。

私には千代さんが、四角い檻の中に閉じこめられた囚人のように感じました。


「千代さんは足腰が丈夫なのですね。床に敷いた布団から立ち上がれるなんて、足が丈夫な証拠ですよ」

「昔から畑をやっていたから、何にも苦じゃないのよ」

起き上がりにもなんら支障がないという千代さんは、八十八歳にしては、身体は元気なようです。ならば要介護2の介護認定は、ほぼ認知症の周辺症状からくるものだとわかります。麗子さんがここまでする理由も、わからなくもない。


 ただ、千代さんの尊厳は?プライバシーは? 千代さんは幸せなのかな?

 


 後日、千代さんのためにと、玄関外階段に手すりを設置して、階段に滑り止めマットを取り付ける、住宅改修工事を行う事になりました。麗子さんの夫は脳梗塞の後遺症で、半身に若干の麻痺があるようですし、千代さんの介護保険を使えば一石二鳥なのでしょう。


【私には婆さんの保険を利用する、寄生虫のように思えてなりませんが】


 何事も『疑い』から入る私の性格は、生い立ちのせいでしょうか――。

生い立ちのはなしはまた、コンド……。



 工事の相談で何回目かの自宅訪問のときに、二階から夫の怒鳴る声が聞こえてきました。声だけで姿を見せたことは1度もありませんでした。自宅へ電話をしても、麗子さんが不在のときは決して誰もでません。もう一人、女のお孫さんが一緒に住んでいると聞いていますが、その方も訪問するたびに二階にいる気配はしますが、一度も顔を出しませんでした。なんとも不気味なお宅です。


 何で生計を立てているのかも謎でした。聞いてもはぐらかされるばかりです。もう少し麗子さんとの信頼関係ができてから、徐々に聴き取れば良いと様子を窺っていました。

玄関手すりの工事は急ピッチで進められ、頃合いをみて私は麗子さんに提案をしました。


 まず、千代さんがあちこちに物を移動することは、アルツハイマー型認知症の症状のひとつで間違いないため、周りがうまく対処すれば困りごとをひとつ解消できること。 


 クローゼットの天井まで高く積みあがっている衣装ケースは、その季節に着る洋服だけを残して二、三個だけ部屋に置き、千代さんがいつでも移動しても良いようにしておくこと。(数個だと、移動してもすぐに見つかるため)


 カーテンとドアはないことで、室温が保てないのではないかと聞きました。決して責めているのではないという姿勢で伝えます。


「危険なものを置かない限り、この部屋で千代さんはなにもできないですよ」

すると麗子さんも、

「そうかもねぇ」

と、視点を変えて考える機会ができます。


 ドアは麗子さんの夫が外した方がいいといって取っ払い、カーテンは麗子さんの判断で外したとのことでした。急がず、無理に全てを正そうとはせずに、じっくりと。

『自分がやっていることは、やられてみると実に嫌な行為なんだ』ということをわかってもらいたいのです。


 長女の麗子さんを知っていくにつれ、彼女の性格が見えてきます。麗子さんは自分も不調がある中、千代さんの対応に試行錯誤しています。短期記憶ができない千代さんへの対応方法を少しずつ伝えていきます。麗子さんは根が真面目なようで、すぐに実行をします。


 時には麗子さんから朝、電話がかかってきて四十分以上話すことも少なくありませんでした。私から、周辺症状に対する対処法を教わって実行しても、全てがすぐにうまくいくわけではありません。私は麗子さんの頑張りを、大いに労います。学ぶ姿勢を見ると、この人は素直な人なのだとわかります。


 こうして、自分の体調が思わしくない中でも麗子さんは、かなり頑張っていました。

――まだ、その時は……。



 ほどなくして千代さんは私の勧めで、認知症対応型デイサービスへ通うことになりました。よくここまで麗子さんが成長したものです。はじめて会った時は千代さんをなるべく隠したいと思っていた麗子さんが、です。


 私にはケアプラン以外に、企てている計画がありました。それは千代さんがデイサービスへ定期的に通えば、入浴時に身体の状態を確認できること。また、今回の施設はグループホームなので、希望があれば入居して暮らすことができる施設であること。まずは千代さんに施設を気に入ってもらい、職員や他の入居者と過ごす時間が、居心地の良いものになることを目指していきます。



 デイサービスが開始されて、三回目までは千代さんは何事もなく通っていました。四回目の時に、それは起こりました。職員が迎えに行くと、麗子さんが玄関越しに

「今日は下痢をしているので休みます」

と言い、追い返されたというのです。私はさっそく自宅に電話をしました。昼も夕も応答なしです。携帯もでません。


 次の日も電話をしますが、誰もでません。私は午後から自宅へ行ってみました。インターフォンは反応がなく、留守かのようにシーンとしています。いつも夫と孫の気配があったこのお宅に、今日は誰もいないの?すると、二階の窓のカーテンがシャッと閉まるのが見えました。


【怖ぇ~、孫か? 気色悪いなぁ】



 二日後デイサービスの朝、麗子さんに電話をすると、やっとでてくれました。

「今日もまだ下痢がひどくて」

聞くと下痢症状以外は食欲もあるし、病院では胃腸炎だと言われたとのこと。

「下痢だと麗子さんも大変でしょうから、今日はデイサービスで看てもらいましょう」

と、麗子さんにしつこく伝えました。麗子さんは躊躇しながらも、

「そんなに言うなら」

と、しぶしぶ送り出すことにしました。

 

 午後、グループホーム管理者の矢田さんから私に連絡がありました。

「千代さんの両腕内側に指の跡のような内出血のあとがあるの。額にも内出血の跡があって、ファンデーションを塗ってきたのよ」


 少し消えかかっていたその跡は、一週間前にはなかったものです。私はデイサービスが開始された頃から矢田さんにお願いをしていました。入浴時には必ず、身体をくまなくチェックしてほしいこと。千代さんは家族のことを、どう話すのか、を。

 

 私は次の日、千代さんの自宅を訪問しました。なぜか今日は、

「部屋が散らかっているから、ここでいいかしら」

と、玄関先までしか入れてくれません。


 麗子さんに昨日の入浴時に気づいた、両腕と額の内出血の跡について、思い当たることがないかを聞きました。麗子さんは、

「ばあちゃんが言うことを聞かないので両腕を掴んで、静止したときについたアザではないかしら、暴れるので、額もその時にぶつけたのだと思います」


 そのようなことはたまにあるのか、と聞くと『ある』と。また、麗子さんと千代さんが揉めていると、夫が二階から怒鳴るというのです。更に孫(麗子さんの娘)も怒鳴るのだと。

「ばあちゃんが静かにしていれば良いのだけど、騒ぐと家族が怒るから」

麗子さんも、この家でたった一人の家族である千代さんを看ながら、肩身の狭い思いをしてきたようです。


 私は麗子さんにグループホームへの入居を真剣に考えてほしいとお願いしました。千代さんの年金であれば、少し余裕をもって支払いができるグループホームです。 家族や麗子さんのためにも、その方が良いのではないかと提案し、家族で相談をするようにお願いし、その日は帰ることにしました。


 


 こうして提案した日から、ぷっつりと麗子さんへの連絡は途絶えてしまいました。電話をしても、インターフォンを鳴らしても、いっさい応答はありません。


 私は初回訪問時から、地域包括支援センターへこの案件について報告をしていました。

虐待がエスカレートすると、命の危険がある場合もあります。かといって、すぐに包括の職員と一緒に訪問をしてもらえば良いかというと、そうではありません。デイサービスにも通わなくなると、千代さんの安全が確認できなくなりますから、慎重にことを運ぶ必要があるのです。



 *

 

 今日で連絡が途絶えて、五日目という日です。いつものように連絡をすると、夫らしき男性が電話にでるなり、不明瞭な発音で、

「い、いないって言っているだろ!!」

と、怒鳴り散らしてきました。そのまま勢いよく電話は切られました。


【あ~、気持ちワルッ、この虐待野郎が!】です。


 この歳になって人に急に怒鳴られるとは、本当に不快なことです。私は息子たちに怒鳴ることはありますが、怒鳴られることは大っ嫌いなのです。腹立つわ~全く。

『千代さんを、どうにかしないといけない』ますます燃える私でした。


 数日後、何とか麗子さんと連絡がとれました。麗子さんは、遠方の親戚に不幸があって千代さんを連れて留守にしていたといいます。事実かどうかはわかりません。私は夫であろう男性に、電話越しに怒鳴られたことを言いました。すると、脳梗塞を発症してから、『たまにそうなる』と。

職業は元僧侶で、昔は温厚な人だったと……。

――どの人にも事情があるようです。



 私は麗子さんに、グループホームへの入居を真剣に考えてくれたかを確認しました。麗子さんは家族から、特に麗子さんの息子(長男)から反対されたというのです。はじめて登場した男の孫の存在に驚きながらも、なぜ反対するのかを聞くと。


 施設など絶対に入れてはだめだと言われ、『俺が面倒を見る』と言ったどうそうです。なんとも現実的ではない発言です。忙しく働いているという長男がどのように面倒を見るというのか

ただの『身勝手ノープラン発言』です。


 合わせて遠方の親戚からも、猛反対されたといいます。不幸があって親せき宅へ行っていたというのは、あながち嘘ではないのかな?いわゆる『世間体が悪いから』『家族が看るのが当たり前』という普段、金も手も出さない人たちからの無責任発言です。


 どの家庭にも、このように好き勝手言う人がいるものです。人の気も知らないで。そんな問題山積の千代さん宅でしたが、とうとう麗子さんに限界がきました。



 麗子さんはさらに体調が悪くなり、千代さんと家族の板挟み生活に、とうとう匙を投げたのです。そんな弱った麗子さんの姿に、麗子さんの長男も施設入居に賛同せざるを得なくなりました。結局、口は出しても何もできないのです。


――思ったよりも、期間がかからなかった。良かったぁ。



 何をそんな悠長なことを!と、お思いの方も多いでしょう。虐待ケースは特にデリケートな問題です。下手に動くことで更に家族を刺激し、殻に閉じこもろうとします。命の危険が伴うこともあります。千代さんの安否が確認できるうちは、まだ安心なのです。


 こうして千代さんは通っていた、馴染みのグループホームに入居する事になりました。

ここで私はお役御免になります。今度は施設のケアマネジャーが担当するからです。

なんだか嵐のように現れて、去って行った麗子さん一家。寂しいような、悔しいような……。



 

 グループホームに入居してから半年後、今では懐かしい麗子さんから久しぶりに連絡がきました。全く嬉しくない相談です。

「ばあちゃんを、グループホームから出そうと思うの」


【はあぁっ? だめだめだめだめだめーーーー】


 理由を聞くと、年金で入居費用を支払っているが、交際費などがかさんで支払いが難しくなってきたと言うのです。いったい、幾つの虐待と呼ばれる行為を重ねれば気が済むのでしょう。呆れて開いた口が塞がらないどころか、顎がどこかに飛んでいきそうな勢いです。


 私は麗子さん宅に半ば強引に訪問し『また以前と同じ生活に戻ることになる、大変さ』と、麗子さんの心身の負担についてコンコンと話をしました。絶対にこの家に、帰らせてはいけない一心で。すると二階からまたもや懐かしい、あの憎き声。

「うるせぇー、静かにしろー」


 私は

「コノ家ニハ、絶対ニ戻シマセンヨーー」

と、無機質な声で二階に向かって言い放ちました。二階からまたもや声が聞こえます。


「私も家に戻すの、はんたーい!!」

 この声は聞いたことがないぞ?対面で会話もできない家族の、なんとも奇妙な会議です。



 今日はこれ以上の発展は見込めないと判断した私は、帰ることにしました。

麗子さんには、あの大変だった頃を十分に思い返して、もう一度考え直すように、家族と相談して決めるように伝えて。

 



 こうして、千代さんは考え直した麗子さん一家の決断で、グループホームに留まることになりました。せっかく安泰の日々を手に入れた千代さんの安らぎを、もう誰にも邪魔されたくはありません。

 

 千代さんは麗子さん一家と住む前は、田舎で小さな畑を作っていたといいます。今ではホームの小さな畑を一生懸命に耕す、千代さんの『活き活きとした笑顔』が見えます。


 ちなみに千代さんに家族の話を聞いても、決して千代さんは、悪くは言いませんでした。

ただの一度も。

「あの子はよくやってくれているよ」

 

 認知症になったって、母の深い愛は永遠です。

 こんな時、私は母を思い出さずにはいられません。


 麗子さんも、その夫も、孫も。みなそれぞれが疾患を持っていて、自分を何とか守ろうと必死に生きています。時に、自分の母親が認知症になったことを認められないこともあるでしょう。


 ”あんなにしっかりしていた、おかあさん”

 ”てきぱき家を切り盛りしていた、おかあさん”


 イッタイ、イツ、ドウシテ コンナコトニナッタノ?



 元気な姿を知っている家族が、認知症になった親をみて、戸惑うことは当然の反応です。私たちは他人で、仕事なのでやさしく対応できますが、家族は四六時中の苦行が永遠に続くと感じ、疲弊することはごく当たり前のことなのです。


 

――誰も責められません。ただただ、みな、一生懸命に生きているだけなのです……。

 




 とうとう夫と孫の顔を1度も拝めないまま、ツッコミどころ満載の、麗子さん一家の担当は終了となりました。


 ボケもツッコミも得意な私。

【私が大阪に生まれていたなら、今頃は口を大きく開けた、虎やライオンがプリントされたTシャツを、上品に着こなしていただろうな】

などと考えながら今日もまた、次に私が担当する方との出逢いの日です。



 八十三歳(女性) 要介護1  一人暮らし

 

 入院中の病室で面会です。仕切ってあるカーテンを開ける私。

   

 

  シャッーーー。

 



    

【……えっ?? ヤクザ??】 




 ガリガリの老婆の、シワシワの肌には全身、少し色褪せた模様がびっしり。

彼女は、小さく横たわっていました……。


 


――お母さん、家族って本当に複雑だよね。ウチも負けていないけどね。日記には私の知らないお母さんの顔があった。子供目線から見たお母さんだけではないって、ことなんだよね?

【ハルの人間日記 -スピンオフ-】


その男、ムラタ

19✖✖年 8月✖✖日


もう少しで運転免許証が取れる

仮免には1度落ちたけど、そんなことは気にしない

村田先生はあたしの運転には センスがあるって

先生、あんたこそ見どころがある人だね


そういえば昔、お父さんがどこかから拾ってきて

一緒に住んでいた

おじさんも「ムラタ」だったよな

やだ、懐かしい

ずっと忘れていたけど

あたしが7、8歳だったから、ムラタはあの頃36歳って

言ってたな

まだ生きてるかな


年末に紅白を観ていて、トイレから戻ったら

あたしたち、すでに寝ていたよな

みんなに逃げられて、しぶしぶ寝たムラタ


お父さんとの厳しい仕事に耐えられなくなって

文字通り 逃げ出したムラタ

いったいどこに行ったんだろな

それにしても、他人のムラタと暮らすとか

あたし、何もされなくて良かったな


この村田先生とは……  関係ないか。


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