67.ある種最悪の目覚め
目を開けると、目の前に広がるのは満点の星空だ。
生け贄の儀式からどれだけの期間が経っただろうか? 少なくとも、一日以上は経過しているはずだ。
一時的な不老不死の解除(一日)を行使した結果、私は一度死んで、どこかの海上で復活した。
長い時間をかけてじっくりと焼かれた私は灰になって海に撒かれたのだろう。正直な話、五体満足で復活できるか不安だったが、そのあたりは問題ない。強いて言うならば、服までは復活しなかったので、全裸で海の上に浮かんでいるのが問題点だろうか?
ハッキリと言って、今の気分は最悪である。
人間のからだというのは意外と丈夫らしく、執行人が下手だった(?)のも合間って、火で焼かれはじめてから死ぬまでかなりの時間がかかった。
その間は熱いのはもちろんのこと、焼きただれたところをさらに焼かれたりすることによる痛みは半端ではなく、喉がおかしくなるほど叫び声をあげていた。
中性ヨーロッパにおける魔女狩りには火炙りのイメージが付きまとうが、よくこんなことをできたものだと思う。
私に対して、それを執行した人間もそうだが、人類からして一番恐ろしい敵は人間なのかもしれない。
その儀式よりも前にアンドレから本来のターゲットを聞き出そうとしたのだが、儀式が行われるその時まで彼が姿を現すことがなかったので、そちらの方は結局聞き出せずに終わってしまった。
「はぁ……どうしたものかしら」
灰になってチリジリになった体はきれいに再生しているのだが、いまだに全身が痛い気がしてくる。それほどまでに火炙りというのは衝撃的な体験だ。出来れば、二度と体験したくないし、この事について思い出したくもない。このままでは、嫌な意味で忘れられない夏になってしまう。
「まぁそんなことはともかく、都合よく船が通ったりしないのかしら」
現在地は完全に不明。それを知る手段もない。あるのはたくさんの塩水と水平線と満点の星空だけだ。
「……きれいだな」
そんな状況の中で、半分ぐらい考えることをやめた私はポツリとつぶやく。
今ごろメニーたちはどうしているだろうか? いつまでも私が戻ってこないことに関して、心配しているだろうか? それとも、怒っているだろうか? そのあたりはよくわからない。
「早く帰りたいな……」
下手をしたら、このまま知らない土地に流されてしまうのではないだろうか? そんな一抹の不安を抱えながら、私は静かに目を閉じた。
*
翌朝。
目を覚ました私は船の上にいた。
船の船長が言うには、魚を収穫するための投網に引っ掛かっていて、たくさんの魚と一緒に水揚げされたらしい。
水揚げされた魚の中に埋もれている自分の姿を想像するといささか滑稽だが、おかげで全身から生臭い臭いがするので、今すぐにでもお風呂に入りたいところだ。残念ながら、この船にはそんな施設はないのだが……
私は船に乗せてあった大きめの布に身をくるみ、改めて船長と向き合う。
「……助けていただいてありがとうのございます……あの……」
「大丈夫。事情は聞かないよ。周囲で船が沈没したという話も聞かないから何か訳ありだろ」
「えぇ……まぁ」
全裸の幼女が流れてくるという明らかな異常事態を前にして、動じずに対応した上に事情を聞かないでくれるこの船長はいろいろな意味ですごい人なのかもしれない。
「……ところで、この船はどこに向かっているのですか?」
「えっ? あぁシチリ領のシッチリ島だ。そこに俺の家があるからな。お嬢さんはどこにいきたいんだい?」
「……えっと、シチリ領のシチリの町までです」
「……シチリか。なんだったら寄ってやろうか?」
「いいんですか? ありがとうございます」
現在地からシチリまでどのくらいあるのかわからないが、連れていってくれるというのなら、ありがたく乗せていってもらうことにしよう。
私は陸地に戻れるということに安堵しながら、船の適当なところに腰かける。
「シチリまではどのくらいかかりそうですか?」
「そうだな。一旦島で魚を降ろしてから、荷物を積み込むから……二日半ってところだな」
「そうですか……」
シチリまで二日半。元々の予定で私たちが帰路につくのは三日後……このままだと、この旅行が丸々生け贄の件で振り回されることになる。
私は船体に寄りかかって空をあおぐ。
頭上に広がる青空は雲ひとつなく水平線の彼方まで続いている。
「……そういえば、この船ってどうやって動いているんだろう?」
空を見上げていると、ふと、そんな疑問が湧く。
見たところ、この船には帆がついていないし、この世界でエンジンやそれに付随するようなものも見たことがない。となると、やはりこういったものも魔力で動いていたりするのだろうか?
「あぁこの船は最新の魔力船だよ。見るのははじめてかい?」
「はい。これまで船に乗ったことがなくて……」
「そうかそうか」
船長は小さく笑みを浮かべて、私の頭に手を置く。
「ちょっとぐらいなら、探検してもいいぞ。ただし、魚は触らないようにな」
そういうと、船長は立ち上がり、船の操縦に戻る。
それにしても、魔力船という言葉は非常に面白い。
その名の通り魔力で動く船ということなのだろうが、魔力の供給だったり、それの維持というのはどのように行われているのだろうか?
船長から話を聞いてもいいのだが、せっかくだから少し探検してみてもいいかもしれない。
私は立ち上がって、服の代わりとなっている布を整えると、トテトテと船内を歩き始める。
船自体はあまり大きくなく、大人が10人も乗れるか怪しいぐらいの大きさであるが、私がいる船尾側には大きな箱がおいてあり、そこにはこの近海で捕れたと思われる魚がつまっている。おそらく、私はこの中に埋もれていたのだろう。魚に埋もれている私を発見したとき、船長が何を思ったのか知らないが、少なくとも驚愕はしただろう。というか、魚と一緒に水揚げされても起きない私は大丈夫なのだろうか?
続いて、私は魚が入っている箱の横を通り抜けて、船首の方へ向かう。
途中、船室の横を通る関係で少し狭くなっているところがあるが、私の体は小さいので簡単に通り抜けることができた。
船首の方に来ると、揺れが激しく少しバランスを崩しそうになるが、それはそれで面白い。
それにしても、漁船というと一番後ろに船室があって、前方に漁をするためのスペースがあるイメージなのだが、この船は少し事情が違うらしい。
船室は船の中央にあって、魚をいれるスペースが船首側と船尾側にそれぞれ作られているのだ。
中に入っている魚の種類が違うあたり、何かしらの理由があるのかもしれない。
「お嬢ちゃん」
そうしていると、船長が私を呼ぶ。
「お嬢ちゃんじゃなくて、ターシャよ」
「おっと、それは失礼。ターシャちゃん。こっちにおいで、ご飯にしよう」
「わかりました」
船長の呼び掛けに応じて、私は船尾の方へと戻る。
「ほら、新鮮な海の幸だ。たんとお食べ」
船尾の方へ行くと、ちょうど船長が七輪のようなもので魚を焼いていた。
つい先日、炎にあぶられていた私としては、魚が少しかわいそうだと思ってしまうのだが、そんなことを言い出したらきりがないだろう。
私は魚のことについて考えるのをやめて、少し焦げ目のついた魚が刺さっている棒に手を伸ばす。
「いいのを選んだな。その魚はそのまま食べてもおいしいぞ」
「そうなんですね。いただきます」
船長の言葉に返答をしてから魚に食らいつく。
うん。なんというか、美味しい。
いろいろとあったせいなのか、それ以上の言葉がでないぐらいにはその魚が美味しく感じる。
すっかりと、夢中になって魚を食べる私を見て、船長はニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべていた。




