68.シッチリ島の住民
漁船の上で食事をとってから約半日。
私を乗せた船はシッチリ島の港に到達していた。
「……とりあえず、夕方には出る予定だから、それまでには戻ってくるんだよ」
「はーい」
島のおばあさま方のご厚意でもらった古着に身を包んだ私は、船を降りてシッチリ島の散策をすることにした。
船長いわく、シッチリ島は人口100人ほどの小さな島で、主な産業は魚業。大陸との定期的な連絡船はなく、基本的には自給自足の生活をしているらしい。
そのためか、町の規模自体も小さく、港の周辺以外は、家と畑がまばらにあるぐらいなのだそうだ。
私は港を出て、町のメインストリートに出る。
正直な話、銭湯ぐらいあればいいなと思うのだが、あるのは漁師の家ぐらいで商店すら見当たらない。
「おや、あんたが魚に埋もれていた子かい?」
町を歩いていると、早速声をかけられる。どうやら、狭いこの島の中ではすでに私の話が広まっているらしい。私の記憶では上陸から一時間と経っていないのだが……
「はい。そうです」
話しかけてきたおばあさんを前にして、私は礼儀正しい子供のような感じで返事をする。
「あらぁ礼儀のいい子だねぇーそうだ。魚に埋もれて気持ち悪かったでしょう? 家で風呂に入っていきなよ」
「いいんですか? ありがとうございます」
ちょうどお風呂に入りたかった私としては願ったりかなったりな話だ。
「ほら、こっちにおいで」
私はおばあさんに誘われるままに歩いていく。しかしながら、こんなにホイホイと着いていってしまってもいいのか? という、一抹の不安もないことはないのだが、せっかくの好意からの申し出を無下にするというのも申し訳ない話だ。
「こんにちわ。あら、かわいいお嬢ちゃんだこと」
「こんにちわ。ありがとうございます」
おばあさんと一緒に歩いていると、町を歩く人たちに次々と声をかけられる。その様子を見ると、人口が少なくて、閉鎖的な分、住民同士の結束は固いのかもしれない。
だからこそ、というわけでもないのだが、私は道行く人たちには積極的にあいさつをしながら歩いていく。
「本当に元気がいいわねー」
そんな私の姿を見て、おばあさんは嬉しそうに笑う。
それにしてもだ。上陸したときからそうだが、この島には若者はいないのだろうか? 見たところ、高齢の人ばかりで、子供はおろか、若者の姿が全く見えない。
「……ねぇ。この島には子供はいないの?」
その事が気になって、私はおばあさんに問いかける。
「そうだねぇ。不便な島だから若者はみんな大陸の方に行ってしまうのさ。シチリ領の政策のせいもあるけれどねぇ」
「せーさく?」
「そうさ。こういう島を出て大陸に出ればたくさんのお金がもらえるんだよ。なんで、そんなことをしているのかはわからないけれどねぇ」
「そうなんですね……」
おばあさんの言葉だけを聞いていると、シチリ領はこの島から人を追い出したいように聞こえる。
その目的まではわからないが、おそらくこの島には住民を追い出してまで手に入れたい。もしくは、独占したい何かがあるのかもしれない。
「この島って何か特別なものがあったりするの?」
「さぁ? どうだろうねぇ。まぁ言うなれば……」
「言うなれば?」
「私たちの結束かねぇ」
私は思わずこけそうになる。
どうやら、その何かは住民たちもわかっていないことらしい。それとも、私が少し考えすぎているのだろうか?
「そういえば大事なことを聞いてなかったね、お嬢ちゃんの名前は?」
「私? 私はターシャっていいます」
「ターシャちゃんかい。よろしく頼むよ」
「はい」
なぜ、今ごろになって名前を聞かれたのかはわからないが、私は笑顔で返事をした。
*
おばあさんの家でお風呂をいただいた私はこの島で唯一の教会に足を運んでいた。
数年前から管理する人がいないという教会は内装も外装もボロボロになっているが、私は構わずに中に入っていく。
「……廃れても教会は教会ね……」
中にはいると、ステンドグラスの天井と、女神の石像がターシャを出迎える。おばあさんいわく、ここは海の神様であるラメールの教会らしい。ということは、目の前の石像はラメールその人だと見て間違いないだろう。
私がここに来た理由はただの暇潰しなので、熱心に祈りを捧げたりはせずに教会の中を歩き回る。
学校内で見た教会とは違い、規模も小さくこじんまりとした教会であるが、どういうわけが落ち着く。
そんな感想を抱きながら、私は教会の中を歩き回る。
しばらくの間、壁画などを眺めていた私はゆっくりとした歩調でラメールの石像の前に立つ。
「……この人がラメール様……」
神様をこの人と表現する是非はともかく、ラメールの石像を前にした私は何となくその銅像の足元に手を触れる。すると、カチッという小さな音が鳴る。
「えっ?」
何が起こったのだろうか? そう考えるよりも前に、ゴーという大きな音が、教会内に響き渡り、石像の後ろに扉が出現する。
「わーこういうこともあるんだ……」
突如として現れた隠し扉に私はゆっくりと近づいていって、扉に手をかける。
この扉を開けると、その先に待っているのは何だろうか?
そんな興味を抱きつつ、私はゆっくりと扉を押し開ける。
「……階段だ」
扉を開けた先には地下へと下る階段が存在していて、私は恐る恐るそこへと足を踏み入れる。
階段を下っていくにつれて、勝手に灯りが灯っていき、足元が見えないということはないのだが、それでも先が見えない暗がりへの恐怖は付きまとう。
わざわざ、隠し扉までつくって隠されているのはなんなのだろうか?
しかし、そんな恐怖よりもどうしても興味の方が勝ってしまっているのが現状だ。
その理由には自らの体の状況があるかもしれない。
不老不死。
ルーチェから授かった力のひとつを行使すれば、一週間に一回、一日に限り、不老不死を解除できるが、その時を除いて死ぬことはないし、その間に何かあったとしても、効果が切れれば、発動前の状況に体を戻すことができる。否、戻されてしまう。
だからこそ、私は今も生きているのだし、この場所に流れ着いているわけだ。
考え事をしながら階段を降りていくと、やがて階段は終わり、平坦な通路に変わる。
私はそこをゆっくりと、しかし確実に歩いてく。
このまま引き返せないことがあったらどうしよう? これ以上は進まないで引き返した方がいいだろうか?
様々な考えが頭の中をめぐるが、それらの心配を興味が上回っているため、私が歩みを止めることはない。
一歩、また一歩と進んでいくと、やがて通路の向こうに扉が見えてくる。
「あの扉が一番奥かな……」
ここまでして隠されているものはなんなのだろうか? 宝物だろうか? それとも、誰かが幽閉されているのだろうか? あるいは……
私はいろいろと思考を巡らせながら、扉の方へと近づいていき、やがてその前に到達する。
私は扉の前にたち、ドアノブに手をかけたところで一旦動きを止める。
本当にこの扉を開けてしまっていいのだろうか?
教会の古さのわりにしっかりとして、小綺麗な木製の扉は、教会に人がいなくなってなお、この場所だけが管理されているということを示している。ということは、この先にはこの島の住民が、もしくは特定の誰かが隠したがっているものがあるということなのだろう。
それはいったいなんなのだろうか?
私は、ゆっくりとドアノブを回す。鍵はかかっていない。入るのに支障はなさそうだ。
私はゆっくりとその扉を押し開けた。




