閑話 メニーのターシャ救出計画
ターシャが(周りからはそう見えてはいないものの)自らの意思で生け贄に選ばれてから約一時間。
生け贄の選定後、速やかに解放されたメニーたちは、早速衛兵の詰め所に駆け込んだのだが、上層部の命令だの、意図したものではないとはいえ、儀式は神聖なので邪魔できないなどの理由から衛兵は動いてくれなかった。
周りの住民によると、生け贄は特定の場所から海に飛び込むらしいので、その近くで生き返ったターシャを回収すればいいだけの話なのだが、それでも一定のリスクは残る。
まず、何かしらの理由でターシャを回収できない可能性。
そもそも、儀式が行われる海域は聖なる海域とされているらしく、船の侵入は許可されていない。となると、その海域の外でターシャを探すことになるのだが、そうしている間に彼女が遠くに流される可能性は否定することができない。もっとも、流されたところで死ぬことはないので、いつかは見つかるかもしれないし、彼女の現状を考えれば、勝手に陸地まで泳いでくる可能性もあるのだが……
それでも、彼女と会えなくなってしまうというリスクがあるのは事実で、メニーとしてはその点が心配でならない。
「……さて、どうしたものでしょうか?」
「そうだな。せめて、聖域の海流に関する情報があればいいのだが……」
「……そこの方々! 待ってください!」
メニーたちが対策について、話をしていると背後から少女のものだと思われる声が聞こえてくる。
「……なんだ?」
メニーたちはその声に反応する形で振り返り、年長者であるエミリーが代表して少女に声をかける。
「あの……ラメール様の巫女を務めておりますメーラです。その、そこの二人は生け贄に選ばれた方の近くに今したよね? その、だから……生け贄に選ばれた方の関係者ですか?」
「そうですけれど。なにか?」
ラメールの巫女を名乗る少女を前にして、メニーはあからさまに不機嫌な態度で返答をする。
「……そう攻撃的になるな。メニー。いかにも、生け贄に選ばれたターシャ・アリゼラッテは私の生徒だ」
メニーを押さえて、エミリーが前に出るとメーラは深々と頭を下げる。
「申し訳ございません。本来なら、生け贄の中止を宣告した私が押さえるべき事態だったのに、巻き込んでしまいました。本当になんと謝罪していいか……」
彼女の声からして動揺している様子がまるわかりである。
そんな彼女を前にて、メニーは小さく息を吐く。
「……わかりました。頭をあげてください。今回の件に関しては、とりあえず、私は許しますからその代わりに私たちに協力していただけますか?」
メニーは自分はとりあえず許すという前提にたって話を進める。
今回の件において、サントルやエミリー、ましてや当事者であるターシャがどう思うのかわからないというのに勝手に許したことにはできないからだ。
「はい。わかりました」
そんなメニーの言葉にのせられて、メーラが顔を上げる。
彼女の額には玉のような汗が浮かんでいて、荒い息と合わせて相当急いでいたのだとうかがわせる。
「……それでは、ここで話すのはあれですから、ついてきてください」
「……待って」
そのまま歩きだそうとするメーラをメニーが制止する。
「……どうしましたか?」
「私たちの宿で話しましょう。私はまだ、あなたのことを信頼できていないから」
「そうですね。メニーの言うことはもっともです」
メニーの意見にサントルが同意する。そもそも、彼女が本物の巫女であるという証拠はどこにもなく、メニーたちが弱っているところに漬け込もうとしている輩という可能性も否定できない。
だから、メニーは警戒を怠らないし、サントルもそれに同意する。エミリーも何も言わないあたり、メニーの考えに一理あるも考えているのだろう。
「……わかりました」
そんな三人を前にして、メーラは着いていくしかないと判断したらしく、メニーの方をまっすぐと見つめて、ついていく意思があるということを伝える。
「それじゃあ、ついてきて……エミリー先生」
「緊急事態だ。学校にはあとから報告するが問題はないだろう」
「……ありがとうございます。それではついてきてください」
学校施設である今回の宿に部外者を入れる許可を下ろしてくれたエミリーに礼を言いつつ、メリーはメーラを先導するような形で歩き始めた。
*
「……なるほど。つまり、シチリ領の上層部だったり、教会の司祭は生け贄の中止を求めたあなたを生け贄という形で合法的に排除して、毎年の生け贄を伴った儀式を再開させるつもりでいると……」
「はい……おそらく、関係者以外は立ち入ることのできない海域で行われるという利点を勘案して、私を確実に死に至らしめる何かを用意していると思います。はい」
なるほど。思っていた以上に事態は深刻らしい。
彼女に言わせれば、生け贄自体は違法ではないので衛兵が動くことはないし、生け贄の中止を訴えているのは、ラメールの言葉を直接聞いたメーラ一人であり、周囲の人々はいけにえを中断しているから不漁であると信じているらしい。
「……しかし、確実に殺すも何も生け贄が生還することなどないのではないか?」
メーラの説明に違和感を覚えたらしいエミリーが質問をする。
「そんなことはありませんよ。大体の場合は、一年ぐらいあとにひょっこりと帰って来ますから。当人いわくラメール様の手伝いをしてきたのだとか」
「あーそうなんですね……」
生け贄というぐらいだから、行ったら二度と帰ってこないのかと思っていたが、実際はそうではないらしい。その事を踏まえた上でメニーは質問をする。
「だったら、なぜ生け贄を中止するという話になるのですか? 一年の間、親元を離れるのは確かに大変かもしれませんけれど、死ぬわけではないのでしょう?」
「……まぁそういってしまえばそれまでかもしれませんけれど、幼い子供を親から勝手に引き離すのもそうですし、何年かに一回は子供がラメール様のところに行き着かなかったりしますから。ラメール様はそういった状況に心を痛めていらっしゃるのです」
どうやら、ラメールというのは相当優しい神様らしい。
そのラメールの元で何をするのか知らないが、確実に死ぬようななにかをされたところで、ターシャが死ぬことはないし、ラメールのところに行ったとしても一年で帰ってくるし、そこにたどり着かなくても、自力で岸まで帰ってきそうな勢いだ。あれ? 心配する必要がなくなってきた気がしてきた。
メニーはそこまで考えて頭を振る。
「いやいや、ちゃんとターちゃんを回収しないとですね」
「……回収って死んでからじゃ遅いですよ?」
「あーいや、そこはなんというか、大丈夫と言いますか、なんと言いますか……」
ターシャは絶対に死ぬことはない。メニーの中にはちゃんと根拠があるのだが、それを説明するのが難しい。
それに、生け贄が代わったのなら、当初の通りにことを進める何てことはないのではないだろうか?
「まぁでも、何にしてもターちゃんとしばらく離れるのは嫌ですし、何か方策を考えないといけないですね」
生け贄に捧げられたターシャがどういう道を辿るか知らないが、なるべく早く再開できるようにはしたい。
「メーラさん。ラメール様にターちゃんを連れていかないようにお願いすることはできますか?」
「できなくはないですけれど……それをしたら……」
「大丈夫です。ターちゃんは不老不死なので絶対に死にません。だから、今回も自分が選ばれるように工作したのだと思います」
メニーの言葉にメーラは目を丸くする。
状況が飲み込めていないであろう彼女のためにメニーはターシャの状況とターシャが生け贄に選ばれた理由について、説明をする。
「……わかりました。それを踏まえた上でラメール様に報告します。それでは、私はここで失礼します」
話を一通り聞いたメーラは深々と頭を下げて立ち去っていく。
「……私たちは私たちで作戦を考えましょうか」
その背中を見送ったメニーはエミリーをまっすぐと見つめて提案をする。
その目はいつもの穏やかなものではなく、ターシャを助けるという決意に満ち溢れたものであった。




