閑話 真夜中のお茶会のあと
女子寮にあるメリーの部屋。
人数の振り分けだとか、部屋の大きさの関係だとか、そういった偶然に偶然が重なり、メリー一人で使うことになったこの部屋の奥に置かれたベッドにメリーは腰掛けていた。
夜中であるにもかかわらず、ベッドに座り鼻歌を歌うメリーの身を包むのは学校から支給されている薄手の毛布一枚で、彼女がつい一時間ほど前まで身に着けていた衣服や肌着はベッドの周りに散乱している。
「……ちょっとやりすぎではないですか?」
そんなメリーしかいないはずの部屋に突如として女性の声が響く。
「……やりすぎ? 何の話?」
姿が見えないのに声だけが聞こえる。そんな怪奇現象に対して、メリーはひどく不遜な態度で返答をする。
「話をするにしてもいろいろとやり方があったでしょうに……これじゃただのいじめじゃないですか」
「何がいじめよ。私はちゃんと有栖川陸人の居場所を教えたし、彼の……いえ、彼女の状況も私が知りえる範囲で素直に話をしたわ。何か間違っていることをしたかしら?」
メリーの反論に対して、怪奇現象は押し黙る。
「……それとも何? 私がしたお願いのことを言っているの?」
「そうですよ。全く、あなたは自分の欲望に素直すぎます。それでも、私の巫女としての自覚があるんですか?」
その言葉がメリーの耳に届くと同時に、夜中であるにも関わらず、部屋の中が眩しい光に包まれる。
「はっそんなもの最初から更々ないけど?」
しかし、メリーが態度を改める気配はない。
そんな彼女の前に現れたのは長いブロンズの髪と髪の毛と同じ色の瞳、真っ白な肌を持ち、眩しいほど白いローブで全身を包み込んだ背の高い女性だ。
どこからともなく現れた彼女は呆れたような表情を浮かべてメリーを見下ろしている。
「まったく。その言動も改めて欲しいところですね」
「おやおや、高尚な転生の女神様は人のプライベートにも干渉つもり?」
「そんなことは言っていません。ただ、今夜のあなたの行動には少し問題が……」
「なに? なんの代償もなく情報を教えておけばよかったって言うの?」
説教をしようとする女神の言葉を遮るような形でメリーが意見する。
「……そうとも言っていません。私が言っているのは教えるための条件はもっと他のものでも良かったのではないですか?」
「他のってなにさ? 私、子供だからわかんない」
「なーにが子供だからわかんない。ですか。全く、呆れたものですね」
メリーの言動に対して、女神は深くため息をつく。
しかし、メリーの態度が変わる気配はなく、むしろ両手を広げて意地の悪い笑みさえ浮かべて見せている。
「……まぁ真面目な話をすると、少しでも拒否をする気配を見せたらやめるつもりだったけどさ、意外とすんなり受け入れられちゃったから最後までやるしかなくなっちゃったんだよね。彼女が実際どう思っていたのかは知らないけど」
「あなたがそもそもそっち方面で仕掛けなければよかったのでは? 何のために力を貸したと思っているんですか?」
「……神託を告げるためでしょ? それはちゃんとやったじゃない。まっ信じるか信じないかはあいつ次第だけど」
メリーは再び鼻唄を歌い出す。
その手はメニーが飲み残した紅茶のカップに延びていて、メリーはそのまま紅茶をのみ始める。
「あの……話を聞く気はありますか?」
「あるよ。現にこうして会話に応じているじゃないか」
「あーそうですか……」
女神は再びため息をつく。
「それにしてもさ。伝えてからこういうことを言うのもあれだけど、あの神託の内容にはどんな意図があるのさ?」
「それはあなたにも理解できるのでは?」
「私は停滞し、衰退が予測されるこの世界の活性化だと思うけれど、どうせそれだけじゃないでしょ?」
メリーが訪ねると、女神は困ってますと言わんばかりの曖昧な笑みを浮かべる。
「……やっぱり、わかりますか?」
「そりゃわかるよ。それだけの目的だったら、わざわざ転生者を用意する必要なんてないでしょ? それも、身内を近くに転生させるなんていうおまけ付きだ。何もないなんてことはないだろ?」
「……そうですね」
言いながら女神は下を向く。そのまま黙ってしまうあたり、よほど話しにくい事情なのか、誰かから口止めをされているのかもしれない。
メリーは神の世界について詳しいわけではないのだが、世界線を越える転生を担当している彼女が最上位の神ではないということぐらいは知っている。つまり、彼女の行動には彼女自身の意思である場合と、彼女の上位の存在の意思が絡んでいる場合がある。おそらく、今回の件に関しては後者であろう。だからそこ、女神は多くを語らず、神託を告げよとだけ言うのだ。
彼女とその上司がどんな関係なのかわからないが、少なくとも意見をしたり、年密な意見交換をするという関係にないことは何となく推測がつく。
そういった事情を考慮しても、あまりこの件についてつつくのは控えておいた方がいいだろう。
「……まっいいけどね。理由なんて。私はただの巫女で神託の意図は神のみぞ知る。神秘的でいい感じじゃない」
「そう言ってもらえると助かります」
ホッと胸を撫で下ろす女神を見て、メリーは小さく笑みを浮かべる。
「さて、後もう一踏ん張り。頑張りますか」
「……そうだ。一応、監視をお願いしていたターシャ・アリゼラッテの件ですが……」
「あーちゃんと見てるよ。おそらく、記憶は取り戻してないね。突然そぶりが変わるなんてことはないし。もっとも、監視をはじめてから日は浅いし、私に会うよりも前に取り戻すようなことがあれば別だけど」
メリーの回答に対して、女神は目を伏せて返事をする。
「なら、いいのですけれど……」
その様子を見て、メリーは首をかしげる。
「何かあるの?」
「いえ……その、この選択は正しかったのかと思いまして……」
「……有栖川胡桃に神託を告げたこと? それとも、有栖川陸人を近くにおいたこと? はたまた……」
「有栖川陸人のことを彼女に伝えたことです」
女神が言うと、今度はメリーが深くため息をつく。
「勘弁してくれよ。私は単なる巫女なんだから、コロコロと意見を変えられたり、迷われたりすると困るんだけど」
「……そんなこと言われましても、私はちゃんと意思のある存在なので、迷ったり、考え方が変わったりなんてこともありますよ」
「何度も聞いたよ。私は、その迷ったり、変わったりした結果だけを聞きたいの。わかる?」
「それは……確かにその通りですけれど……」
女神が目に見えて困ったような態度を見せる。
その様子を見て、メリーはニヤリと笑みを浮かべて、女神の出方を伺う。
「さっきも言った通り、私も意思のある存在です。一概にこうとは言えないんですよ。有栖川陸人の件もあまり気乗りはしなかったんですけれど、あの方からのご依頼でしたし」
「あの方?」
女神の口から自然と飛び出し単語にメリーは眉を潜ませる。
「あーいえ。それはこちらの話ですので」
「あっそう」
「あら、聞きわけがいいのですね」
「そういうことに関しては話してくれないことぐらいわかってるからね。そろそろ私は寝るから」
そういうと、メリーは寝転がって布団をかぶる。
「……あの、まだ言いたいことは……まぁいいですよ。どうせ、言ったところで聞いてくれないでしょうし」
その言葉を最後に女神も姿を消す。
こうして、部屋にはメリーだけが取り残され、やがて部屋の中には彼女の寝息だけがやけに大きく響き始めた。




