閑話 メニーと胡桃
深夜のお茶会から一夜明けて、ターシャとメニーの部屋。
メニーが目覚めると、ターシャはまだ眠っていた。
「……ターちゃん」
彼女の頬に手を添えて呼び掛ける。
しかし、彼女は目を覚まさない。
すると、メニーはもっと小さな声でターシャに話しかける。
「……お兄ちゃん」
結局、メニーがメリーからのお願いと引き換えに手にした情報は、ターシャ・アリゼラッテの前世が有栖川陸人であるということ、そして、それは通常の輪廻転生に従った結果であり、彼女が有栖川陸人としての記憶を持ち合わせていることはほぼあり得ないであろう。という二点であった。
一応、メリーが言うにはもっともっとお願いを叶えてくれたら、ターシャに有栖川陸人としての記憶を芽生えさせることも出来ると言っていたが、そもそも、有栖川陸人とターシャ・アリゼラッテが同一人物だという保証はどこにもないし、仮に彼女の話が本当だったとしても、ターシャ・アリゼラッテという人格がなくなってしまう可能性がある。
それはすなわち、兄との再会と引き換えにこの世界で一番の親友を失うことになるということだ。
仮にターシャの人格が残ったとしても、今までと同じようにターシャ・アリゼラッテと接しられる自信はない。
いや、そもそもターシャが目覚めたときに私は今まで通りでいられるのだろうか?
いっそこと、ターシャに事情を話してしまった方が楽だろうか? いや、その場合、楽になるのは自分だけだ。前世では兄妹でしたと言ったところで、困惑するだろうし、信じてくれることもないだろう。
そもそも、家族に前世の記憶があるという話をして、受け入れられている時点で奇跡に等しいのだ。それが、親友であるとはいえ、赤の他人であるターシャにも適用されるとは考えにくい。
だからこそ、メニー・メロエッテが……有栖川胡桃が取った選択肢は諦めるというものだった。
これ以上、メリーのお願いを叶えることはせず、この件についてはさっぱりと忘れて、ターシャが目覚めたその瞬間からは今まで通り、メニー・メロエッテとターシャ・アリゼラッテとして関係を築いていこう。
「だから、今だけはこう呼ばせてください。お兄ちゃんと……お兄ちゃん。私は、胡桃は元気に生きているよ。こうやって、お兄ちゃんのそばで生きているからね。姿も、声も、世界も、立場も……なにもかも違うように見えるかもしれないけれど、私はちゃんと生きてるよ。だから、安心してね」
眠っている兄に話しかけながら、頬をさする。すると、目の端から一粒の涙が流れ落ちる。
「……おかしいな。せっかく、会えたのに……どうしてだろ? お兄ちゃんがまた居なくなっちゃうからかな?」
時間は無情にも今この瞬間も時を刻み続けている。
いっそのこと、この世界の時間を止めて彼女をこのまま閉じ込めたいぐらいだが、メニーにはそんな力はない。
なぜ、自分がこんな運命を辿らなければならないのだろうか? なぜ、神はターシャに前世の記憶を与えなかったのだろうか? なぜ、前世の記憶が彼女にはないはずなのに引き合わせたりしたのだろうか?
こうなるのだったら、兄の有栖川陸人がどこにいるかなどと尋ねなければよかった。この世界のどこかに兄がいる。そのぐらいの希望を持てた方がよかった。
後悔したところで、あのお茶会の時間に戻ることはできないが、もしも、あの時間に戻ることができるのなら全力をもってメリーからのお願いを拒否して部屋を飛び出していることだろう。そう思える程度には話を聞いてしまったことを後悔している。
「……これからどうしたものですかね」
ターシャ・アリゼラッテに対してはあくまでも、これまで通りに接する。これは基本的な方針だ。しかし、いつまでそれができるのだろうか? それができなくなるぐらいなら、いっそのことターシャから離れてしまった方がいいのだろうか? いや、それはだめだ。今回の件に関してはターシャには全く否がない。なのに私の勝手な事情で離れていったら、彼女があまりにもかわいそうだ。
だからこそ、これからもメニー・メロエッテはターシャ・アリゼラッテの良き親友として生きていこう。
そう誓い、メニーは涙をぬぐってからターシャに声をかける。
「ターちゃん。そろそろ起きてください。朝食の時間ですよ」
メニーが声をかけると、少し間をおいて、ターシャ・アリゼラッテがゆっくりと目を開ける。
「おはよう。メロンちゃん」
そして、その口から発せられるのはいつも通りのあいさつだ。
その事実が悲しくて、再び泣きそうになるが、ぐっとこらえて返事をする。
「おはよう。ターちゃん」
それが終わると、ターシャはゆっくりと起き上がりメニーの前に立ち、そのままメニーの顔を見て小さく首をかしげる。
「どうかしたの? メロンちゃん」
その質問にメニーは心臓をつかまれたかのような感覚に陥る。
自分の様子がおかしいことに気づかれてしまったのだろうか? ターシャは以外と変なところが鋭かったりする。もしかしたら、私の挙動一つ一つを見たときにいつもと違う点があったのだろう。
「……どうしたと言いますと?」
しかし、それを認めるわけにはいかない。認めてしまえば、昨晩の話をすることになり、結果的にメニーが話すまいと決めていたことを話さざるを得ない状況になってしまう。
だからこそ、メニーは何事もない。そうアピールするようにとぼけて見せる。
すると、その回答からして何かがあったと考えてしまったのか、ターシャはメニーの顔をまっすぐと見つめる。
しばらくの間、その状況が続き、メニーは耐え切れずに目をそらす。
「あのーターちゃん……そんなに見つめられても……」
「ねぇメロンちゃん。本当に何もなかった? 例えば、私が寝ている間に何かをしたとか……」
今度は“本当に”の部分を強調して質問が飛んでくる。
しかも、寝ている間に何かがあったのではないかと聞いてくるあたり、かなり核心をついてきているといえるだろう。
普段のメニーであれば、その時点で夜中にメリーとお茶会をしていたことを認めるだろう。そして、それが先生にばれるのが怖くて、ターシャにさえ黙っておこうとも思ったと。
しかし、今のメニーの思考はそこまで回らない。
「……わかったわよ。これ以上は聞かないから、朝食を食べに行きましょう」
よって、ターシャが諦めるまで黙っているというある種で最悪の選択をしてしまった。
おそらく、この行動によって彼女は幼いながらにメニーのみに何かがあったのだと考えることだろう。それも、親友にさえ言えない何かだ。
そこまで気にしておきながら、洗脳の魔法を使って無理に聞き出さないあたりは人間ができているななどと思ってしまう。
正直な話、どこまで隠したところで彼女が、どうしても聞き出したいからといって洗脳の魔法を使うようなことがあれば、メニーは自身の意思に関係なく、昨晩の出来事から今朝の行動までぺらぺらと話してしまうことだろう。そうなれば、間違いなくこれからのターシャとの関係に支障が出てくる。
「はい。それでは食堂へ行きましょうか」
とにかく、ターシャが再び昨晩のことを気にしだす前に話題を変えてしまおう。
そんな心理からメニーはターシャに食堂へ向かうようにと促す。
ターシャはそれにあっさりとしたがい、メニーが手をとってもそれを受け入れる。
その、いつもなら当たり前の事実に安堵を覚えたメニーはその手を大切に握り、ターシャと手をつないだまま食堂へと向かった。




