37.ついに迎えた入学式の朝
入学式当日の朝。
私はいつもより早く目を覚まし、台本に目を通していた。
昨日も一日中エミリーと練習をし、上級生に混じって予行演習をしたので、内容も読み方もバッチリと覚えたつもりだ。
名前を呼ばれたら、元気よく立ちあがり、壇上に立ってあいさつをする。やることと言えば、それだけなのだが、今から緊張をして、心臓がバクバクと言っている。
「起きていたんですね」
そんな中、遅れて目を覚ましたらしいメニーから声がかかる。
「うん。緊張して、よく眠れなくて……」
「……そうですか。そうですよね」
そう言って、メニーは私の背中に周り、そのまま抱き寄せる。
「大丈夫ですよ。ターちゃんなら出来ます」
そう言って、メニーは私の頭を撫で始める。
それがなんとも心地よくて、しばらくの間私は彼女にされるままになって体を預ける。
しばらくの間、それが続けられるとスッとメニーの体が離れる。
「……元気になりましたか?」
「うん。だいぶ」
「それでは、朝食を食べに行きましょうか」
そう言ってメニーが笑みを浮かべる。
「……うん。そうだね」
昨日のメニーの言葉の意味はよくわからないが、彼女の振る舞いは良くも悪くもいつも通りなので、今は目の前の入学式に集中するべきだろう。
私はメニーと手を繋ぎ、廊下へ出て食堂へと向かう。
今日は早めに起きたせいなのか、私たちと同じように食堂へ向かう同級生たちの姿があって少し恥ずかしいような気もするが、メニーが堂々としているので、私もそれに従って堂々と歩く。
「おはようございます。今日は入学式本番ですね」
そんな中、背後から声がかかる。
立ち止まって後ろを向くと、ニヤニヤとした表情を浮かべているメリーの姿があった。
「おはようございます。メリーさん」
「はい。おはようございます」
私とメリーがあいさつを交わす横でメニーは少し渋い顔をしている。
「おや、どうしたんですか? メニーさん」
メリーはニヤニヤとした表情を崩さないままメニーに話しかける。
「……なんでもありません」
メニーが答えると、メリーは彼女のすぐそばまで寄ってきて、なにかを耳打ちする。
すると、メニーは熟れたリンゴのように肌を真っ赤にする。
「あなたね!」
「私は事実をのべたまでですよ。それでは、ターシャさん。入学式、頑張ってくださいね」
大声をあげるメニーを軽くスルーして、メリーはそのまま立ち去っていく。
「ねぇメロンちゃん」
「……何もありませんからね」
「えっあぁうん」
それは何かがあったときの態度だよね。そう言いたかったが、その言葉は心の中に閉まっておくことにする。
その後、メニーが落ち着くのを待ってから、私たちは食堂へと向かった。
*
入学式の会場であるホールの前。
会場への入場を今か今かと待っている生徒たちの中で私は頭の中でシミュレーションを繰り返していた。
名前を呼ばれ、壇上に立ち、あいさつをする。することと言えば、それだけだ。練習もしたし、台本もちゃんと覚えた。だから、大丈夫だ。
自分にいい聞かせながら、私は入場の時を待つ。
今、メニーは近くにいない。学園側が振り分けた出席番号の関係でその順番に並んだときは離れたところに並ぶことになるからだ。
「大丈夫。私は大丈夫」
だからこそ、今の自分を落ち着かせるのは自分自身の役割だ。
周りの生徒たちは知らない人ばかりで、私に話しかけてくる人はいない。
だからこそ、今は自分一人でこの状況を切り抜ける必要がある。
「大丈夫。私は大丈夫」
「……あなたが、辺境の領主の娘のターシャ・アリゼラッテですの?」
そんなターシャの背後から声がかかる。
それに反応するような形で振り向くと、金髪をコロネのほうにロールした女子生徒が口元に扇を充てるような恰好をして立っていた。
ある意味で典型的なお嬢様のような恰好をしたその女子生徒は口元に扇を当てたままターシャに話しかける。
「振り向くということはそういうことですわね。わたくしはローラ・グローリエですわ。以後、お見知りおきを」
「知っているみたいだけど、ターシャ・アリゼラッテよ。よろしく」
なぜ、こんなタイミングで話しかけてきたのか。そんな疑問を抱きつつも、ターシャは会話に応じる。
正直なところ、入学式を目前に控えたこのタイミングで他人と話をしているような余裕はないのだが、だからといって無視をしてしまえば、今後の周りとの関係にもかかわってくる可能性もある。
「おほっほっほっそれにしても、辺境の領主の娘となると、壇上であいさつをする程度で不安を感じるようですわね。何なら、このわたくしが変わりましょうか?」
どうやら、彼女は本番を前にして緊張してるターシャを見て、その姿を馬鹿にしているらしい。
確かにアリゼ領は帝国の中でいえば、辺境である翼下十六国の中にあるので辺境の領主の娘という表現はある意味で間違っていないのだが、なんだか引っかかるものがある。
「……あの。確かに私は辺境の領主の娘かもしれないけれど、それとこれとは関係がないんじゃないの?」
この場に並んでいるということは、相手も同級生であり、同い年の人間だ。相手が上級生ならば、敬語の一つや二つ使うかもしれないが、同学年である以上はそのような気遣いなど一切無用である。何よりも、あまり辺境ということを連呼されると、自分だけではなく、近くにあるメロ州出身であるメニーのことも馬鹿にされているように感じて気分がよろしくない。
そんな相手にわざわざ敬意を示すような必要もないので、私の態度はひどく不遜なものである。
「あらあら、辺境の領主の娘がわたくしに意見をするというのですか? わたくしと直接話ができるだけで光栄だというのに、わたくしを侮辱するのですか?」
話しかけてきたのはそっちだろう。そういいたいところだが、一応ここは抑えておく。
「いいですか。わたくしは帝都に隣接するリエ領の領主の娘で、あなたのような田舎者とはわけが違いますわ。立場をわきまえなさい」
もはや何が言いたいのかわからない。わからないが、彼女が言いたいことを要約すると、辺境の領主の娘たる私が目立つのが気に入らないとかそんなところだろうか?
全く持ってくだらない。
貴族社会というか、領主同士の立場というか、そういうものを盾に彼女は話をしているのだろうが、私にはそんなものは関係ない。
今の私は子供であり、私の行動一つで直ちにアリゼラッテ家に影響が出るとは考えづらいからだ。もちろん、私の想定を超えて何かが起こるようであれば、それなりに力を振り絞って阻止をするつもりではあるのだが……
「それで? 話しかけたからには用事があるはずだけど、何かしら? 今は入学式に集中したいのだけど」
このまま彼女の話を聞いていても、話が進む気配がない。そう判断した私は彼女に用件を話すようにと促す。
「用事? そんなものありませんわ。ただ、貧相な格好をした辺境の領主の娘の姿が見えたから、あいさつをしたまでですわ」
「あーそう……それよりも、そろそろ入場みたいだから話は終わりにしましょうか」
最悪だ。私の貴重な時間を使っているのも関わらず、話しかけた理由はただ単に辺境から来た私を馬鹿にしたかっただけらしい。
そんなものに付き合っていたらきりがないので、入場が始まったことを口実にさっさと話を切り上げる。
ローラは何か言いたげだったが、入場行進が始まってしまうとそのまま黙りこくってしまう。
これはさすがに入学式のあとに何かあるのだろうか?
一瞬、そんな考えが浮かぶが、私はすぐに思考を目の前の入学式のあいさつに切り替えて、前の生徒に続いてホールへと入場していった。




