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4-4 会議は踊り、されど進ま……あれぇ?

今回少なめ。




 そうして、誰某のご遺体を発見した翌日。

 お屋敷に多くの人が訪れ、食堂に集まって、昨日の人死にについてお話し合いをしていました。

 まず長机の縦に当たる部分にはご主人、その左手側にリリィさんとイザリス様、そしてお二人の向かいに赤髪の精悍な顔立ちで柔らかい雰囲気の男性とメルギス様が腰掛けておられ、目の前には水が注がれた硝子のコップが置かれています。

 更にリリィさんと赤髪の男性の背後の壁際には、フードを目深に被った黒外套の人々がそれぞれ五人ずつずらりと並んでいました。

 身長こそ異なりますが、服装に違いはなくローブのような装飾のせいで、男女の違いすら窺い知ることができません。

 先に昨日の人死にについて話し合いをしていると述べましたが、少しばかり訂正します。

 彼らは一言も喋っていません。

 話し合っているのはご主人……は何時も通りの無言ですが……椅子についたメルギス様たちだけでした。

 …………私は、自分はこのお屋敷に不釣合いだと散々に言ってきましたが、彼らは不釣合い云々以前の問題として、もう異様の一言です。

 夜、明かりを落としたお屋敷の中で彼らと出会ったら、悲鳴も上げずに卒倒する自信があります。

 そして最後に私ですが、ご主人の斜め後ろ辺りの壁際に、手に右手に銀の水差しを、左手に布を手にして水差しの底を支えるように持って立っています。



 凄い、今の私、とってもメイドっぽい!



 瞼を伏せて佇む私は、きっと誰がどう見てもできるメイドでしょう。

 ただ……直立不動って中々に辛いです。

 あと最初の頃は軽く感じていた水差しが、今はもう重石のようでした。

 おかしいです。飲み水を運ぶ水桶に比べれば遥かに軽いはずなのに。

 あ、腕がプルプルしてきました……。


「―――――まあ、被害者に関してはこんな感じさね」


 殺されてしまった人の性別、年齢から始まり、住居、仕事、家族の内訳、人間関係、人となり。

 それらを簡単に説明したメルギス様が、そう締めくくります。


「あのような声明が残されていた以上、怨恨という可能性は低いでしょう。

 被害者は見せしめに殺されたというのが状況的に最もありえるかと」


 イザリス様が言うところの声明というのは、壁に残されていた血文字のことでしょう。

 『お前なんて怖くねえ、ぶっ殺してやる』

 それを私は、自分を追いかける奴なんて怖くない、幾らだって返り討ちだ……そう言っているように感じました。

 しかしイザリス様はそうではないと、ただ誰かへ意思を伝えるために殺されたのだと、そう仰られました。

 だとすれば、それはなんて悲しく、無意味な死なのでしょう。

 そのような事のために生きてきたのではないはずなのに。


「状況だけ見ればそうだけど、被害者の周囲に態々こんな手段で声明を伝えるべき相手がいるとは思えない。

 まだ情報が出揃っていないだけかも知れないけども」


 むぅ、と難しげな、それでいて柔和な口調で言ったのは赤髪の男性です。

 村には居なかった感じの人でちょっと苦手意識が沸きますね。


「実は犯罪組織の幹部で、敵対組織の長に対する挑発っていう可能性?」


「それはない」


 リリィさんの発言は、イザリス様にばっさりと切って捨てられました。

 むぐー、と不満そうに口を尖らせますが、誰も取り合いません。

 なんというか、いつもこんな感じなんだというのが解る滑らかな流れです。


「んー、じゃあさ、人違いって可能性は?」


「それが一番困るな。次が来るまで犯人の目星もつかない」


 リリィさんの言葉に、赤髪の人が困ったような笑みを浮かべます。

 人違い……それで殺されるなんて、幾らなんでも酷いのではないでしょうか……。

 無駄死にもいい所です。


「…………劇場型犯罪だったか」


「なんさね、それは?」


 それは、明らかな苦さを含んだご主人の声にメルギス様が真っ先に反応します。

 私の位置からはご主人の表情を伺うことはできませんが、どうしてでしょう普段の無表情ではないのだということが、何となく察せられました。


「俺の故郷にある犯罪区分の一つだ」


 ?

 その言葉に、この場にいる私以外の全員が驚いたような反応を見せました。

 椅子に腰掛けるお歴々のみならず、今まで何の反応もしなかった壁際に経つ方々もです。

 一体、何処に反応する部分があったのでしょう?


「兄さん、宜しいのですか?」


 労わるようなイザリス様の言葉に、ご主人は頷きます。

 それでも続くご主人の言葉は苦悩を押し殺したような搾り出すような声でした。

 正しいのかと惑うような、或いは、過ちと知ってな踏み出すような、そんな響き。


「劇場型の名の通りにな、他人の注目を集めることを目的としたものだ」


「目立つために人を殺すってことかね?」


 不機嫌そうなメルギス様の言葉は、私の気持ちを代わりに表しているかのようでした。

 ありえない。ただ目立ちたいだけがために、人を殺すなんて。

 信じられないというよりは、信じたくありません。

 そんな理由で殺人を犯す人間がいるという現実も、そのような理由で人が殺されてしまうという事実も。


「多くはそうだ。


 まあ、殺人以外にも盗みや恐喝を手段とする場合もあるけどな

 予告をする、声明を残す、後は………衛兵、司法を表立って挑発するといった行為が特徴だったか」


「予告はないけど、声明はある。内容も挑発と取れはする……か」


 納得するかのような赤髪の男性の呟き。

 お前達に捕まりはしないという宣言ではなく、これからも続けてやるという宣告。

 返り討ちにして逃げ切ってやるではなく、捕まえられるものなら捕まえてみろ。

 殺すことではなく、追いかけられること自体が目的だと。

 なんて度し難い幼稚さでしょう。そんな理由で、そんなことで人が殺されるなんてあってはなりません。

 だって―――そんな理由で殺されてしまった人の生涯に、何の意味があるというのか。


「だが二人称単数形だ」


 ? メルギス様の難しい言葉に我に返ります。

 ににんしょうたんすうけい、ってなんでしょう?


「お前のことなど恐れるに値しない、確実に殺してやる。

 この声明は、明確に特定個人を指しているようにしか思えん」


 あれ? リリィさんから聞かされた内容と違うのですが……これは一体!?

 視線をリリィさんへと向けると、それに気づいたのでしょう。

 てへぺろ、と可愛らしい仕草をして見せました。

 その仕草に何とも言えない、強いて言うなら打ち萎れた気分になります。

 リリィさんの場合、女性的な美形であることもあって、その仕草は良く似合っていて、それが尚更、なんだかなぁ……。

 外見どうあれ男性なので当然ですが、あの人は自分を可愛く見せるとかそういうのではなく、単に自分が面白いからああいう態度をしているだけなのでしょう。間違いなく。

 なので、あざとさもなく、結果として、何とも言えない気分ながらも受け入れてしまえるのでしょう。


「お前、というのが、特定の個人を指すとは限らん。

 条件に当て嵌まった人間を指すのかもしれないからな」


「特定の条件を満たしたものは、犯人にとって同じ人間だということですか」


 イザリス様の言葉に、ご主人は頷いて。


「俺も詳しい訳じゃないから厳密なことは言えないが、元祖とされる劇場型犯罪では特定の職業の人間だけが狙われていた筈だ。

 特定職業を擬人化してお前と示している可能性もあると思うが」


「思い出したくもないけど、ルレンのような人間も居るからね。

 他人にとっては無差別でも、そいつにとっては規則性があるのかもしれない」


「あ゛ー、あいつねー、仕留められなかったからねー」


 赤髪の男性の言葉に、リリィさんは心底から嫌そうに顔を歪めて、ため息と共に言葉を吐き出しました。

 見ればリリィさんのみならず、メルギス様やイザリス様まで顔を顰めています。

 ルレンが誰かは存じませんが、どうやら共通して知っている人物であり、思い出したくもない存在のようでした。


「あんな気狂いがそうそう居ても困るけどな」


 そっけなく、しかし凄いことをご主人が言いました。

 ……気狂いて。どんな人かは解りませんが、関わらないほうがいい類の人なのでしょう、たぶん恐らくきっと。


「当人という可能性」


「縁起でもないから止めなさい」


 冗談めかしたリリィさんに対して、イザリス様は真顔でした。

 いえ、むしろ責めるようですらあるのは、それだけ危険な存在なのかもしれません。


「ま、無差別だろうが、規則性があろうが、現状だと取れる手は警戒を密にするくらいさね」


 メルギス様の言葉に、壁際の人たちを除いた各々が頷きます。


「うん。手がかりがない状態で犯人を捕まえるには、それこそ現場を押さえる以外にはないからね。

 或いは……、場所を用意して誘き出すとかかな」


 赤髪の男性は、そう言うとコップの水を飲み干して立ち上がりました。


「フィス、ラウ、ミルズ、ムント、グラージャ、隊伍を率いてアルド兄の手伝いを」


 リリィさんに応じるように、今まで無言で佇んでいた壁際の方々の内、メルギス様側の人たちが頷きます。

 この人たちは、リリィさんの部下………なんでしょうか?


「助かるよ」


 爽やかな感じの赤髪の男性に、リリィさんは別にいいよー、と明るく応じます。

 そのやり取りに心が洗われる感じがする不思議。


「僕は戻って現場に指示を出すよ。

 ゼッツは館に留まってムツキの手伝いを頼めるかい?」


「一人は危ないから館に留まれ、くらいは言ってはくれないのかね」


 意地の悪いニャーニャ(ねこ)のような笑みを浮かべるメルギス様に、赤髪の男性は困ったような笑みを浮かべます。

 ああ、なるほど。流石の私にもお二人の関係がどのようなものか察することが出来ました。

 たぶん恐らくきっと、赤髪の男性はメルギス様の旦那様なのでしょう。


「アルド兄の格好いいところ、みってみったいー!」


「リリィ、少し黙りましょうか」


 手振りしながら囃し立てるリリィさんを黙らせようと、イザリス様は体を乗り出しつつ口元へと手を伸ばし、しかし避けられてを繰り返すお二人の姿は、仲の良い男女がじゃれ合う姿そのものです。

 ああ、そういえば、このお二人もご夫婦なのでしたね…………。

 壁際の方々はとりあえず未婚枠に入れるとして、それにご主人と私を加えれば数はこちらのほうが多いのに、なんなんでしょうね、この疎外感は。

 あそこだけ明らかに空気が違うといいますか………うん、ええ、その、微笑ましいですね……ははは………。

 私、もう十六なんですよね………成人してるんですよね……そろそろ結婚相手とか考えないといけないんですよね……。

 でも、奴隷身分だから関係ないです……そうです、身分が身分なんですから、結婚できなくても仕方ないんですよ。

 奴隷が異性と交際するとかありえませんし、奴隷の分際でお付き合いする男性を探すとかないですし。

 まあ、うん、たとえ奴隷でなく、ただのメイドであってとしても、周囲には未婚の男性とかいないんですけどね!

 ………………いずれ解放奴隷になれたとして、その時、一体、私は何歳なんでしょう……。

 やだなぁ、寂しい老後が見えます。幸いにしてご主人はお給金を下さるので、きっと生活には困らないでしょうが。

 街は、お金があれば暮らせるようですので。


 お金だけある老後かぁ…………………。


 以降、これについては考えないことにしましょう。

 何か、胸がキューっとして、足元が浮つく感じがしますので………。


「ははは、そうだね。でも、此処が必ず安全とは限らないからさ」


 軽い口調で語られた言葉に、柔らかだった部屋の空気が引き締まりました。

 メルギス様も、じゃれ合うような体勢のままのリリィさんとイザリス様も、壁際の方々……とご主人は解りませんが、みな、真剣な表情を赤髪の男性へ向けています。


「ムツキ、君は自分が狙われるという可能性をちゃんと考慮したかい?」


 厳しい視線と声は責めるというよりは、諫めるかのようでした。

 それは危険を顧みない子供に諭すように、危険を犯してしまった子供を戒めるかのように。

 或いは、考えの足らない子供を窘めるように。


「…………」


 ご主人は無言でした。

 それが図星だったのか、単に意に介していないだけなのか。

 それとも、無言を持って肯定しているのか。

 背後からでは表情も見えないので判断がつきません。


「この街に関して前置きなく誰かを指差した時、その先に居るのは君だ。

 そして何よりも『恐れない』という声明は、君と戦うことを前提とした挑発に思えてならないんだ」


「被害者は暗殺を実行する上での目晦まし。

 警備の目を引き寄せるための囮って事かな」


 さらり、と物騒なことをリリィさんは口にします。

 その表情は些かの真剣さはありましたが、内容に対してその口調は気軽そのものです。

 まるで大したことがないかのように。


「確かに基本の一つではありますが、警備が厳重になっては意味が無いでしょう。

 そもそも注意を寄せるなら、即時即日の実行でなければ意味がありません」


 小首を傾げながら言うイザリス様。

 その基本は一体なんの基本なんでしょうか……。


「いや、警備を厳重にさせるのが目的かもしれないさね。

 警護される人間は、時に守られることで油断する場合もあるからね」


「……そうだとしても、するべき事に違いは無い。

 こっちに人手を割くくらいなら、街の警備を厳重にすべきだろう」


 何の気負いもない断言に、赤髪の男性は、むっと表情を厳しくします。

 いやいやいや、ご自身が命を狙われているかもしれない、という指摘に対して、その反応はおかしいのではないでしょうか!?

 もうちょっと驚くとか、動揺するとかあると思うのですが……。

 いえ、それよりもおかしいのは、咄嗟にそのようなことを述べたのではなく、確りと考えた上でそう言っていることでしょう。

 考えた上で、警備はいらないと仰ったのです。

 ご主人はお強いのかもしれませんが、それにだって限度はあるでしょう。

 三人がかりで持ち上げるような重石を一人で持ち上げるような力自慢だって、要するに五人がかりなら押さえ込めるということです。

 ご主人が強いと知れているのであれば、ご主人よりも強いという人を用意するか、押さえ込めるだけの人数をそろえるのではないでしょうか。

 そんなことを考えていると、不意に赤髪の男性の視線がこちらへと向けられました。


「なら、彼女が人質に取られたらどうする気だい?」


 射るようなその視線に身が竦みあがります。

 しかし私が人質に取られたらどうするって……そんなのはきっと決まっています。

 見捨てる以外に何があるというのでしょう。所詮は一山幾らの奴隷なのですから。


「――――を持ち出されたなら兎も角な」


 カホー?

 それが一体、何を意味する言葉なのか、小首を傾げながらご主人へと視線を戻してって―――居ない!?

 椅子に座っていたはずのご主人の姿が消えていました。

 視線は赤髪の男性に向けられていたとはいえ、視界の中にご主人は入っていたのです。

 なんせ、位置的にはご主人越しに赤髪の男性を見る感じになっていたのですから。

 赤髪の男性も驚いたように目を見開き、しかし直ぐに後ろへと振り返り、私もつられる様にしてそちらへと視線を向けました。。


「一人二人人質を取られた程度で遅れを取るわけないだろう」


 何時の間に、どうやって移動したのか。

 どこか呆れたように言うご主人は、ちょうど玄関広間へと通じる扉を押し開けて、この場を後にしようとしているところでした。

 あの場所に移動するためには私の目の前を横断しなければならないので、私に気がつかれないというのは不可能な筈なのですが……。

 何かの魔法でしょうか……いえ、魔法ということにしましょう。

 魔法の力によって、この時、不思議なことが起こった! それでいいのです。

 この結論に問題があるとすれば、ご主人は魔法を使えないってことくらいです。


「………………はぁ」


「ま、無用の心配ということさね。気苦労を背負う姿は好きだけど程ほどにね」


 肩を落として深々とため息を吐き出した赤髪の男性に、コップを手にしたメルギス様が慰めるように言いました。

 ご主人が立ち去った以上、お話も終わりという事なのでしょう。

 見れば壁際の方々もぞろぞろと食堂を後にし、リリィさんとイザリス様も水を飲みながら何やらと話し始めています。

 あ、いけない、早く下がりましょう。

 もう、肘から上が水差しの重さでプルプルしてますし、この先の空気についていけそうに無いので。

 ここはじき未婚者には厳しい何かに沈む、速やかに逃げましょう。

 しかし、私がここに居る必要ってあったんですかね? すこぶるなかった気がしますが。

 まあメイドですし、壁際に立ってるだけも、きっと立派な仕事なのです。

 そんなことを考えながら厨房へと移動していると、がしり、と肩を捕まれました。

 私をこの場に留まらせようとするのは誰ですか……。


「いやいや、そんな嫌そうな顔をするものではないよ」


 どこか愉快げなその声はメルギス様のものです。ちなみにまだ私は振り返っていません。背を向けたままです。

 この人の視界はどうなっているんでしょう……。私、気になります。

 振り返ると、そこには私の肩から手を離したメルギス様と、その半歩後ろに赤髪の男性が並んでたっていました。

 赤髪の男性はキッチリとした平服に身を包んでおり、ご主人よりも頭が三つほど背が高いです。

 身長が高いためか細い印象を受けますが、賦役を終えた男性のようながっしりとした体格をしているようでした。

 先ほどの鋭い、射竦めるような目つきを思い出して、ついつい身震いしてしまいます。


「さっきは引き合いに出してすまなかったね」


「い、いえ……」


 柔和な笑みを浮かべて軽く頭を下げる赤髪の男性に、私は掠れるように言いながら首を横に振りました。

 ……別に、男性が怖いわけではありません。リリィさんだって外見は兎も角、性別は男性ですから。

 ただ何となく、目の前の男性に苦手意識のようなものがあるのです。


「夫は生真面目なうえに心配性でね、懸念があるとどうにも融通が利かなくなるのさ。

 ―――――脅えさせて悪かったね」


「その……大丈夫です」


 脅えたのは事実なのでそうとしか答えられません。

 そんな私を見て、赤髪の男性は自責するように笑って。


「僕は行くよ。

 ゼッツ、ムツキを頼んだよ」


「出来ることは多くないがね、頼まれたよ」


 お二人は顔を合わせて微笑を交わし、赤髪の男性が踵を返して立ち去ろうとします。

 その姿を見送ろうとして、一つ大切なことを思い出しました。


「あ、あの………」


「なんだい?」


 赤髪の男性が足を止めると、上半身だけで振り返って不思議そうな面持ちでこちらを見ました。


「いつぞに階段から落ちた時、介抱してくださりありがとうございました」


 手には水差しを持っていたため、深くは頭を下げられません。

 それでも出来る限りの謝意を乗せて頭を下げました。


「どういたしまして」


 頭を上げた私に、どこか人好きする笑みを残して赤髪の男性は立ち去りました。

 苦手意識があって、どうにも萎縮してしまいますが、そんな相手に対しても屈託無く応対してしまえる辺り、人間が出来ているという以上に、人が良いのでしょう。

 思えば、このお屋敷に着てからというもの、佳い人に助けられてばかりです―――――。













「―――――さて、本題なわけだがね」


「はい?」


 本題ってなんでしょう?

 メルギス様の言葉に小首を傾げます。

 何かありましたっけ? 色々と思い出してみますが、特に思い浮かびません。

 先ほどの話し合いでも、私は立っているだけでしたし。

 私が首を傾げていると、メルギス様はにっこりと微笑んで。


「どの程度の学力がついたかの確認がてら試験と行こうか」


 試験? ああ、試験。試験ってあれですよね、あれ。

 嫌な響きの言葉ですが、何となく意味は解ります。

 要するに、避けられるなら避けたいものです。

 助けを求めるように目をリリィさんとイザリス様へ向けますが………あ、居ない。

 どうやらメルギス様たちと話している間に立ち去られたようで、空っぽになったコップだけが机の上に置かれていました。

 ……………………………ぉぅ。


「え、えっと、片づけが」


「大丈夫だ、問題ない」


 ひょい、と水差しを取り上げると流れるような動作で横に並んだメルギス様に、やんわりと背中を押されます。

 逃げられない……とぼとぼと足取りも重く、つい先ほどまでご主人が座っていた席に座らされると、メルギス様は手早く羽ペンとインク瓶、何やら書き込まれた紙を並べます。


「試験時間は特に無し、まあ解ける所までやってみるさね」


 ……………?

 解け、と言われましても、どうすればいいのでしょうか。

 目の前に置かれた紙には何やら書かれているのですが、そもそもそれが読めない私は、どうすればいいのかも解りません。

 隣に座ったメルギス様に、首を傾げるながら顔を向けて言いました。


「あの、私はまだ文章が読めないのですが……」


 うん、文字は何とか読めるようになりましたが、その文字の組み合わせが何を意味するのか解りません。

 要するに、未だに単語を理解できないのです………。





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