3-4 ねむりのつぎはめざめ
3-4は既に投稿したと思っていた……はは、笑えぬ。
―――――――――――ながい、ゆめをみていました。
一つの旅の始まりから終わりまで。
それがどれほど長い夢であろうとも、多くの夢がそうであるように。
たとえ瞼を閉じていても、目覚めた以上は、春の日向に解ける雪のように記憶から抜け落ちていく。
「ぁ」
冷たすぎない朝の空気を吸い込んで瞼を開けば、もう詳しい内容は思い出せません。
薄暗い部屋。体を起こして窓へと視線を向ければ、空に朝焼けが見え始めていました。
「まだ、早い………」
少し考えて、ぬくぬくしい布団に包まって横になります。
暖かい。暖炉の温もりとも違う、柔らかな暖かさに心が安らぎます。
普段、私が起きるのは日が昇り始めてからなので、もう少しばかりは横になっていても問題はありません。
しかし眠気が残っていれば日が昇るまで微睡めたでしょうが、今は完全に目が覚めてしまっていて、ただ横になっているというのも暇です。
毛布を被ったまま机に向かうのも考えましたが、流石に暗すぎますし、明るくなる頃には身嗜みを整え始めないといけません。
身嗜みを整えるといっても、手櫛で髪を――――って、ああ、そうです。街で櫛を買えばよかった……。
…………思い入れのある櫛は、もうないのですから。次に街に行ったら買っておかないと。
そうして、明るくなっていく部屋をぼんやりを眺めていると、ふと見た夢を思い返しました。
もう細かいところはだいぶ曖昧ですが、それでも大まかには覚えています。
四年ほど前、村に立ち寄った吟遊詩人さんが詠った英雄譚。
それは今を生きる者ならば誰もが知る、今の世の伝説。
吟遊詩人さん曰く。
打ち付けた槍剣爪牙は硝子の如くに砕け散り、振るわれた爪牙は風に散る雲が如くに盾と鎧を打ち砕く。
吐き出された息は毒となって空と地を侵し、世界を瘴気で穢す。
数多の勇士、数多の獣、そして星駈ける翼(竜)すらも地に落とした悪夢の現われ。
瘴気に浸した遺骸を魔獣とし荒れ狂わせる法外。
そうとまで詠われた八大魔獣を打ち倒した英雄の物語。
その物語の主役になる…………そんな夢を見たのです。
まあ、うん、何とも私らしくない。
確かに英雄譚を聞いた時は、年頃の女衆がそうであったように、私も英雄に対して憧れを抱きはしました。
一週間くらいですが、英雄はどんな人なんだろうとという想像に耽りもしました。
ただそれは、何といいますか……名声とお金と腕っ節のある異性が夫になってくれたら素敵だな、という憧れであって、英雄になりたいとか、そういった系統の憧れではないのです。
私には、例え想像の中であろうとも、大魔獣はおろか魔獣ですらもやっつけられる自信はありません。
………そう言い切れるのは、子供の頃に一度だけ魔獣の襲撃があったからです。
村を襲ったのは、何処からか流れてきたらしい一匹の小さなラビル(兎)の魔獣でした。
遠目にも解る、そのおぞましさを覚えています。
子供だった私は、それが何なのかも解らないままに腰を抜かし、地面にへたり込んで、ただ呆然とその姿を眺めていました。
そして不運にも近くを通りかかった、お腹が大きくなったミランダさんに飛び掛り―――そのお腹食い破って体内に入り込んだのです。
響く絶叫と悶え苦しむ姿は、半年は夢に見るほどでした。
そして体の中を貪ったラビル(兎)は、口から飛び出して地面へと着地したところを、絶叫を聞いて集まっていた村の大人達が半日ほど農具を幾度も交換しながら叩き続けることで漸く息絶えたのです。
そして、返り血を浴びた人は火傷を負ったような傷を作り、一ヶ月は痛みに苦しみ続け、遺体を埋めた場所は花はおろか雑草すらも生えぬ不毛の地と化しました。
―――あんな、あんな恐ろしいものを、どうして倒そうなんて、どうして倒せるなんて思えるのか。
ああ、そうです。それが結局のところ解らなくて、英雄がどんな人か考えるのを止めてしまったのでした。
ただ、私が夢に見た英雄の物語は、私が主役だったからでしょう。
吟遊詩人さんが詠う英雄譚の英雄とは、だいぶ印象が違いました。
吟遊詩人さんは詠いました。
英雄は地の嘆き、人の助けを聞きつけて彼方より現れたと。
――――いいえ、それは間違いです。
英雄は、前触れもなく唐突に、望まぬままに交換されただけ。
吟遊詩人さんは詠いました。
大魔獣アルシュ・ベルファド・グラーズ(力強い大熊)は、圧倒的な英雄の力の前に成す術も無く地に躯を晒した。
――――いいえ、それは間違いです。
圧倒的な力を持っていたのは大魔獣のほうで、英雄は唯一の勝機を手繰り寄せただけ。
吟遊詩人さんは詠いました。
英雄は誰よりも力強く、誰よりも足早で、十の騎士を相手にして劣るところは一つも無い。
――――いいえ、それは間違いです。
その頃の英雄は、足は遅くないというだけで、力だって今の私と変わらないか、下手をすれば弱いくらい。
吟遊詩人さんは詠いました。
英雄は力ない人々を守るために魔獣と戦い続けた。
――――いいえ、それは………それ、は。
もう思い出せないけれど、あの人はただ私と同じ望みを持って――――
はたと気がつけば、部屋は随分と明るくなっています。
窓を見れば日は、それなりの高さに。
慌てて寝台から飛び起きます。
寝巻きを脱いで、下着は……変えないでいいです、時間が惜しい。
メイド服を着て、脱いだ寝巻きは一纏めにして寝台に置いておきます。
窓を鏡代わりにして髪を手櫛で整えて、ああ、顔を拭うのはどうしましょう?
普段はお風呂のお湯を貰って顔を布で拭っているのですが、そんな余裕はなさそうです。
……乾いた布で顔を拭って誤魔化します。な、何もしないよりはマシ、マシです!
雪が積もってくれているなら、窓枠あたりに積もった雪を使うのですが………。
そういえば、今年は雪が降りませんね。何か暖かいですし、おかしな感じもします。
支度もできましたし、ちょっと窓を開けて外の様子をと思ったときでした。
―――――ガランガランガラン
突如とした騒々しい鐘の音に、驚いて少しばかり飛び上がります。
な、なにごと!?
音は、一階の玄関側から聞こえました。
……そういえば、昨夜の夕食時にご主人が鐘を持っていましたね。
―――――ガランガランガラン
鐘の音、再び。
これ、確実に私を呼び出すものだと思うので足早に音源へと向かうことにします。
部屋を後にする時、ふと疑問が浮かんで足が止まりました。
英雄は、最後に生涯をかけても使い切れぬ賞金を得て、竜から称号名を授けられたといいます。
そしてそれを持って己の望みを全て叶えたのだと。
それは、本当にそうだったのでしょうか? 本当に?
迷いを晴らすように首を振ります。
夢の中の英雄は、現実の英雄とは違うはずです。
現実の英雄は、戦いの果てにちゃんと報われたのです。
そう、自らに言い聞かせ。
―――――ガランガランガラン
三度となる鐘の音を切っ掛けに足を踏み出します。
ただいま参りますので、少々お待ちを。




