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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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92:初トラブル

昼下がりの畑は、まるで完璧に調律された楽器のように活気に満ちていた。

エルフが土の湿り気を読み、ドワーフが最新式の重農具を振るい、人族がその背中を追って苗を植えていく。外周では獣人たちが音もなく草むらを監視し、不穏な影を事前に摘み取っている。


すべてが機能している。すべてが「設計図」通り。

――だが、歯車が噛み合いすぎた時ほど、一つの狂いが連鎖コンボを呼ぶものだ。


「よおし、野郎ども! 順調すぎて欠伸が出……」


カイゼルが陽気に叫ぼうとした、その瞬間だった。


「待てッ!」


エルダの鋭い警告が響く。だが、物理の法則はそれよりも一瞬早かった。


「うわっ!?」


ドワーフの男が勢いよく振り下ろした鋤が、予想以上に柔らかかった地層に深く突き刺さる。直後、斜面の土が嫌な音を立てて波打った。


「崩れるぞ! 逃げろッ!」


ぐちゃり、と植えたばかりの苗を飲み込み、水分を蓄えすぎた土壌が一気に崩落した。

数時間かけて作り上げた美しいうねが、一瞬で泥の塊に変わる。


「……やっちまったな。おい、エルフの! 水のやりすぎじゃねえのか、これ!」

ドワーフが頭を掻きむしりながら叫ぶ。

「そんなはずはないわ! そちらが土質を確認せずに無闇に掘り進めたからよ!」


「なんだと!?」「言っただろ!」「聞いてねえよ!」


一瞬で広がる不協和音。種族の壁が、再びその鎌首をもたげようとしていた。


### 1:現場の「真実」を突く軍曹の眼

「……おーっと、派手にいったな。俺のゴキゲンな設計図が、泥遊びの会場に早変わりだぜ」


カイゼルは少し離れた場所で腕を組み、静かに……しかし瞳の奥に鋭い光を宿して静観した。

ここは俺の出番じゃない。――現場を立て直す「背中」が必要だ。


「止まれッ!」


エルダが前に出る。その声は決して大きくなかったが、激昂していたドワーフもエルフも、冷水を浴びせられたように硬直した。


「原因を三つ挙げる。一つ、エルフ側の水管理の進捗が共有されていない。二つ、ドワーフ側の作業が土質を無視した慣習に基づいている。三つ――」


エルダが、泥にまみれた全員を冷徹に見回す。


「『確認』がない。お前たちは隣の顔を見ず、作業だけを見ていた」


沈黙が落ちる。言い訳を飲み込むしかない、圧倒的な正論。


「役割で分けるのは、効率のためだ。分断のためではない。……繋がっていない役割は、ただの『穴』だ」


エルダは躊躇なく泥の中に踏み込むと、しゃがんで土を握った。

「水分過多だ。ドワーフ、ここは触るな。代わりに上部の土を削って水を逃がすバイパスを作れ。エルフ、溜めるな、流せ。人族、苗の選別だ。生きてる奴を救い出せ!」


### 2:修正という名の「加速」

「……ははっ! さすがは軍曹殿。現場を任せて正解だったぜ」

カイゼルは小さく笑い、近づいてきたレイナに目配せをした。


「トラブルね。カイゼル、これじゃ今日のノルマは未達よ?」

レイナが算盤を弾くような目で畑を見つめる。


「ははっ! 構わねえよ。ノルマより大事なもんが、今まさに芽生えてるところだ。レイナ、お前さんも気づいてるだろ?」


「ええ。……壊れた後の方が、動きが『繋がって』いるわ」


その言葉通りだった。

エルダの指示をハブにして、種族の壁が「機能」へと溶けていく。

ドワーフが削る土を、人族が受け止め、エルフがその背後で水脈を整える。

「そっちに流すぞ!」「了解、こっちは任せて!」

怒声ではなく、意思疎通の叫びが飛び交う。


「急げ! 日が落ちる前に、この畑を『前より良く』して終わらせるぞ!」

エルダの檄に応え、泥まみれの連中が笑いながら土を掻いた。


### 3:失敗を「価値」へ書き換える

日が傾き、オレンジ色の光が畑を照らす頃。

崩壊したはずの場所には、以前よりも緻密に設計された、盤石な農地が再建されていた。


「……終わったな。ケッ、腰が抜けそうだぜ」

ドワーフが笑い、エルフが泥を拭いながら頷く。

「次は、もう少し細かく報告するわ。……失敗は一回で十分よ」


「ははっ! お疲れさん、野郎ども!」

カイゼルが陽気に歩み寄り、全員の肩を叩く。


「いい失敗だったぜ! 壊れたからこそ、お前らは『隣に誰がいるか』を心底理解したはずだ。設計図の上だけじゃ分からねえ、これが本当の『信頼』ってやつだぜ!」


カイゼルは大きく手を広げ、修復された畑を指差した。

「見てみな。壊れる前よりずっと強固な畑だ。……繋がったお前らの力が、土に宿ってるからな!」


その夜、食堂にはかつてない連帯感シンクロが生まれていた。

「あの時のお前の鋤の入れ方、最高だったぜ!」「あなたの水の誘導もね」

獣人が肉を運び、ドワーフが酒を注ぎ、エルフが薬草茶を振る舞う。人族がそれを笑って受け取る。


「回ってるわね。トラブルさえも燃料にするなんて、あんたの村は本当に不気味だわ」

レイナが杯を傾け、カイゼルに笑いかける。


「ははっ! 不気味じゃねえ、ゴキゲンな進化だよ! ――止まらねえぜ、俺たちの仕組みは。壊れるたびに、さらにデカい繋がりになっていくんだからな!」


カイゼルの笑い声が、夜の静寂を明るく照らす。

失敗を糧にし、ぶつかりを絆に変える。

止まらない物語は、初のトラブルという名の嵐を乗り越え、さらなる強固なる未来へと加速し続けていた。


「未来の設計図は、泥まみれになった分だけ、濃密に書き換えられてるぜ!」

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