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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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68/140

68:全員受け入れ宣言

朝の空気は、これまでになく重く、湿り気を帯びていた。


広場を埋め尽くすのは、昨日までに流れ着いた膨大な数の「命」だ。

ボロボロの服を纏った棄民。震えの止まらない逃亡者。虚ろな瞳をした元奴隷。

そして、それらを遠巻きに見守る、かつてこの場所を共に作り上げてきた村人たち。


ざわめきは小さいが、そこには確かな「亀裂」の予感があった。


「おーっと、野郎ども! 随分と神妙な面持ちじゃないか。まるでお通夜の最中に、隣の家からカレーの匂いがしてきた時みたいな顔だぜ!」


カイゼルが広場の中央で、いつものように底抜けに明るい声を響かせた。

だが、その陽気な第一声も、今日ばかりは群衆の不安を即座に塗り替えるには至らない。


「……カイゼル。人が増えすぎだ」

エルダが腕を組み、銀髪を鋭くなびかせながら告げた。その瞳は、限界に達した堤防を見つめる観測者のように冷徹だ。

「食料、住居、防衛リソース。すべてがパンク寸前だ。情で動けば、村ごと共倒れになるぞ」


「エルダの言う通りね。人は資源を食う。……そして今の彼らは、まだ何も生み出していない『負債』よ」

マリナが算盤を弾くこともなく、冷ややかに言い放つ。

「感情論じゃ腹は膨らまないわ。……さあ、どうするの? 設計者様」


視線が一点に集まる。

広場に集まった数百の瞳。期待、恐怖、そして疑念。


カイゼルはニカッと笑った。

焦りも、迷いも、そこにはない。


「よおし、よく聴け野郎ども! 結論から言うぜ! ――ここにいる全員、今日からこの村の『家族』だ! 一人も漏らさず、全員受け入れる!」


地鳴りのようなざわめきが広がった。

「本気か!?」「どうやって食わせるんだよ!」


「ははっ! 理由が知りたいか? 理由はな――『価値は後で作ればいい』からだ!」


短い一言。だが、その言葉に宿る圧倒的な自信が、波立つ群衆を静まり返らせた。


「エルダ、マリナ。お前たちの言うことは百パーセント正しい! 今の彼らは何も持っちゃいねえ。技術もねえ、体力もねえ、ただの『ボロ雑巾』に見えるだろ?」


カイゼルが広場を一歩、大きく踏み出した。


「だがな、ボロ雑巾だって、正しく使えば汚れを落とす立派な道具になる。……価値ってのは、最初から持ってるもんじゃねえ。仕組みの中で『磨いて、作らせる』もんなんだよ!」


マリナが不敵に微笑み、扇子を広げる。

「……なるほどね。今は無価値な石ころでも、磨いてダイヤモンドに変えろってわけ? あくどい設計だこと」


「ははっ! 最高の褒め言葉だ、マリナ! ――いいか、野郎ども! 仕組みで回すんだ。人は、正しい役割パーツにハメ込まれれば、勝手に価値を生み出し始める生き物なんだよ!」


エルダが槍を引き寄せ、前に出る。

「……ならば、私は彼らを『戦う盾』として再編する。甘えは許さん。守られるだけの者はいらん、守る側に回る意志を見せろ」


逃げてきた女たちや若者たちが息を呑む。

「……わ、私たちも、戦うの?」


「ははっ! 勘違いすんなよ、お嬢さん! 剣を持って突っ込むだけが戦いじゃねえ。……エルダ、補給や支援の重要性は、お前が一番分かってるだろ?」


「……フン。分かっている。お前たちには、戦士が安心して背中を預けられる『土台』になってもらう。できる範囲で、確実にな」

エルダの厳しい、しかし嘘のない言葉が、新入りたちの心に小さな「誇り」の種を蒔く。


「さあ、選べ! 料理、農業、薬草、建設、あるいは運搬! 自分が一番輝けそうな場所を指差してみろ!」


「……私、料理がやりたい。お腹が空くのが、もう嫌だから」

一人の少女がおずおずと手を挙げる。


「おっ、いい度胸だ! 料理長、こいつを最高のスーシェフに鍛え上げてやってくれ!」

「おうよ、カイゼルさん! 包丁が持てるなら、今日から俺の弟子だ!」


その少女の一歩が、堰を切った。

「俺は力仕事なら自信がある!」「薬草の種類なら、少しは分かるわ!」


声が、熱が、広場に溢れ出す。

マリナが小さく、しかし満足げに呟いた。

「……ほらね。価値は勝手に湧き出してくるわ」


「ははっ! 湧き出させるんだよ、マリナ! ――全員配置だ! 仕組みを回せ! 止まるな、動け! 動いた分だけ、この村の『幸せの総量』が増えていくんだぜ!」


昼。村は巨大な工場のようになった。

新しく耕された畑では、ぎこちない手つきの男たちが、ベテラン農夫の罵声を浴びながら笑って土を触っている。

炊き出しの現場では、女たちが涙ではなく汗を流し、大鍋のスープをかき回す。


「いいか、倒れたらそこで試合終了だ! 美味いもん食って、しっかり寝て、明日もっと価値を生み出そうじゃないか!」

カイゼルが村中を駆け回り、陽気に声をかけて回る。その存在自体が、村という巨大な心臓を動かす潤滑油となっていた。


夕方。訓練場。

エルダの指導を受ける新入りたちは、泥にまみれながらも目は死んでいなかった。

「武器は貸す。だが、使い道は自分で決めろ。村を守る誇りを忘れるな」


夜。

広場には、以前の倍以上の灯火が揺れていた。

人が増え、役割が増え、そして――笑顔の総量が、確実に増えていた。


「……本当に回しちゃったわね。カイゼル、あなたの計算通りに」

マリナが杯を傾け、複雑な、しかし誇らしげな顔で笑う。


「ははっ! 俺の設計図に『不可能』の文字はねえんだよ。……なあ、エルダ。敵も増えるだろうが、これなら守り甲斐があるだろ?」


「……ああ。守るべきものが増えれば、私の槍もさらに鋭くなる。……悪くない」


カイゼルは広場全体を見渡した。

新しく加わった者も、昔からの者も、同じスープを飲み、同じ星空の下で笑っている。


「いいか、野郎ども! ここは『選ばれた奴』が来る場所じゃねえ。……自分の意志で、自分を『選び直せる』場所なんだ!」


止まらない物語は、新しい仲間という名の無限のエネルギーを得て、さらなる未踏の地平へと加速し続けていた。

未完成だからこそ、面白い。

仕組みは回り、価値は生まれ、未来は今、かつてない輝きを放ちながら回り始めていた。


「さあ、明日は今日よりもっとデカい価値を創り出してやろうじゃないか! 未来は、俺たちの手のひらの中で最高に踊ってるぜ!」

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