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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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60/130

60:人口増加開始

朝の空気が、これまでとは決定的に違っていた。

ただの静謐な森の冷気じゃない。そこには、何百人もの人間が吐き出す熱気と、新しく刻まれ始めた生活の鼓動が混ざり合っている。


湿り気を帯びた土の匂い。焼き立てのパンの香ばしい誘惑。鍛冶場から規則正しく響く「カン、カン」という高い金属音。

そして――何よりも、溢れんばかりの「人の声」だ。


「おーい、野郎ども! 今朝の村は、まるで王都の市場の初売りみたいな賑やかさじゃないか! このままじゃ俺の陽気な声が埋もれちまうぜ!」


カイゼルが広場の中央で、いつものように底抜けに明るい声を響かせた。

広場を見下ろす高台で、エルダが銀髪を風になびかせ、冷徹なまでに正確な「数字」を口にする。

「……三百を超えたな。カイゼル、数日前までは二百にも満たなかったこの場所が、今や一つの軍鎮ぐんちんに匹敵する規模だ」


「ははっ! 三百五十までは今日中にカウントされるぜ、軍曹殿! 門の外にはまだ、俺たちの『幸せの仕組み』に肖りたいって行列が続いてるからな!」


カイゼルが軽快な足取りで壇上を飛び降りると、隣でマリナが優雅に帳簿を閉じた。

「いい流れね。以前は『逃げ出す場所』だったここが、今や世界で一番『選ばれる拠点』になったわ。……さあ、カイゼル。この膨れ上がった熱量、どう捌くつもり?」


「ははっ! 捌くんじゃない、ハメ込むのさ! 俺の設計図に『無駄な人間』なんて項目はねえよ。全員がパズルのピースみたいに、一番輝ける場所に滑り込ませてやるぜ!」


広場では、新しく移住を許可された者たちが、驚くほど整然と動き始めていた。

ある者は農地へと向かい、ある者は新設された工房へ、またある者は水場の整備へと。

誰一人として「何をすればいいか」と迷っている者はいない。


「勝手に動いているな……。混乱がないのは、不気味ですらある」

エルダが呟く。


「ははっ! 不気味とは失礼な! 入村時の『鑑定』で、適性も技能も性格も全部スキャン済みなんだよ。ここの門をくぐった瞬間に、そいつの頭の中には『今日やるべき最高の役割』がインプットされてるのさ!」


効率、なんて味気ない言葉じゃない。

一人一人が「自分が必要とされている」と実感できる場所への配置。カイゼルの「振り分け」は、人を動かすための魔法そのものだった。


その時、広場の一角で大きな歓声が上がった。

「できたぞ! カイゼルさん、見てくれ!」


振り向くと、巨大な大鍋を囲んだ料理人たちが誇らしげに手招きしている。

「よおし、お立ち会い! どんな美味いもんが生まれたんだ?」


カイゼルが鍋を覗き込む。そこには、新しく入った移住者が持ち込んだ「外の調理法」と、村の豊富な保存食が融合した、黄金色のスープが踊っていた。

「……ははっ! いい匂いだ。改良したな?」


「ああ! 新しく来たあいつが、香草の使い道を教えてくれたんだ!」


カイゼルが一口、味見をする。

「……最高だ。これこそが『混ざり合う力』ってやつだぜ!」


エルダも無言で一口食べる。そして――石像のような彼女の顔が、わずかに、本当にわずかに綻んだ。

「……悪くない。……いや、旨いな」


その言葉に、料理人たちが「やったぜ!」と拳を突き上げる。

笑いが広がる。村の空気が、さらに柔らかく、そして強固に編み上げられていく。


昼。

農地では新しい区画が、まるで生き物のように広がっていた。

カイゼルがひょいと手をかざすと、土魔法が大地を耕し、風が種を運び、水が最適な湿度でそれを包む。

「インフラは俺が整えてやる。お前らはただ、大地の恵みと対話するだけでいいんだぜ!」


一方、訓練場。

そこではエルダが、新規の若者たちの前に「鋼の壁」として立っていた。

「構えろ。……一言で言う。これは武器ではない。村の平穏を維持するための『責任』だ」


バレット銃を握る若者たちの手が、緊張で震える。

「撃てるからといって、撃つな。……撃たずに済む状況を作ること。それが、この村の防衛だ」


カイゼルが横でニカッと笑う。

「ははっ! 厳しいねえ、教官! だが、その通りだ。いいか野郎ども、力を持つってことは、我慢する力を手に入れるってことなんだぜ!」


カイゼルが自らウォーターバレットを装填し、空中に放つ。

高圧の水が弾け、虹を作る。

「殺さない、だが守り抜く。これが俺たちの『専守防衛』の正体だ。……さあ、明日からはお前らがこの虹を作るんだぜ!」


夕方。

村の外れには、新しい住宅区画が完成していた。

カイゼルが全属性を駆使して「やれるようにした」土台の上に、入村したばかりの大工たちが手際よく家を組み上げていく。


「……ありがとうございます、カイゼル様。こんなに早く、家族と屋根の下で眠れるなんて……」

新しく来た父親が、深々と頭を下げる。


「ははっ! 礼はいらねえよ! その感謝は、明日からの仕事にぶつけてくれ。お前が家を一軒建てるたびに、この村の幸せが一層分厚くなるんだからな!」


夜。

広場には無数の灯りがともり、三百五十人の「家族」が食卓を囲んでいた。

贅沢ではないが、圧倒的に豊かな食事。

そして何より、誰もが明日を信じられるという、奇跡のような余裕。


「変わったな。……いや、進化している」

エルダが杯を置き、静かに言った。


「ははっ! 止まってたら錆びちまうからな。……マリナ、お前さんの言う通りだ。ここはもう、ただの村じゃねえ。世界を書き換えるための『巨大な拠点』だぜ!」


「ふふ、そうね。……人が増えれば知恵が増える。知恵が増えれば、さらなる富が生まれる。……カイゼル、あなたの設計図、どこまで大きくなるのかしら?」


「ははっ! 止まる理由がない限り、無限大だぜ!」


カイゼルは広場全体を見渡した。

一人一人の顔が、灯りに照らされて輝いている。

人口増加。それは普通、混乱と衰退を招く。

だが、この村では違う。

それは、さらなる高みへと駆け上がるための「加速」そのものだった。


「さあ、明日は今日よりもっと面白いことを仕掛けてやるぜ! 未来は俺たちの手のひらの中で、最高に踊ってるからな!」


カイゼルの陽気な笑い声が、夜の静寂を明るく照らし、新しい「拠点」の鼓動としてどこまでも響き渡っていった。

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