59:移住希望者増加
朝の霧が晴れ上がるよりも早く、村の正門前には、かつてないほどの色とりどりの「希望」が列をなしていた。
それは一人や二人なんて寂しいもんじゃない。
十、二十――いや、ざっと数えてもその三倍はいる。
着の身着のままで子供の手を引く家族連れ、使い古された剣を背負った流れ者、そして静かに刻を待つ老練な職人たち。
彼らの瞳には、共通の「熱」が宿っていた。
この過酷な世界で唯一、笑って腹一杯食えると噂される「聖域」への、切実な渇望だ。
「よおし、野郎ども! 今朝の門前は、王都のバーゲンセールより賑やかじゃないか! 俺たちの村が、世界で一番モテる場所になっちまった証拠だぜ!」
カイゼルが門の上の通路で、いつものように底抜けに明るい声を響かせた。
隣で腕を組むエルダが、銀髪を鋭くなびかせ、眼下の群衆を冷静に射抜く。
「……増えたな。昨日の倍、いやそれ以上だ。これだけの人間が一度に動けば、それだけで一つの『軍勢』に匹敵する負荷がかかるぞ」
「ははっ! 心配すんな、軍曹殿! 負荷がかかるってことは、それだけ回せる『エンジン』がデカくなるってことだ。マリナ、お前さんの仕掛けた『噂』、効きすぎなんじゃないか?」
マリナが扇子を揺らし、不敵に微笑む。
「あら、私はただ、正確な情報を適切な場所に流しただけよ。……『ここは奪われない。ここは騙されない。ここは働いた分だけ報われる』。それだけの事実が、この地獄のような外の世界でどれほどの価値を持つか……その結果がこれよ」
門の下では、カイゼルが設計した「簡易受付」が、流れるような手際で動いていた。
だが、ここは慈善施設じゃない。勝手に入って、勝手な顔をして座れる場所ではないのだ。
「全員入れるのか?」
エルダの問いに、カイゼルはニカッと笑って首を振った。
「まさか! そんなことしたら、せっかく整えたこの村の歯車が噛み合わなくなっちまう。いいか、野郎ども。今日からここは『来る者拒まず』じゃねえ。……『必要な者を選び、最高の場所にハメ込む』場所だ!」
カイゼルの「鑑定」が、門をくぐろうとする一人一人のステータスを瞬時に解析していく。
「あそこの痩せたおじさん、土壌管理のスキル持ちだ。地味だが、うちの畑をもう一段階レベルアップさせるのに最高の人材だぜ。合格!」
「あっちの薬草を抱えたお姉さん。おっと、リナ先生の助手にぴったりな調合スキル持ちじゃないか。迷わずパスだ!」
「……剣を持ったあの若者は?」
エルダが、構えの甘い一人の男を指さす。
「ははっ! 筋は悪くないが、今はまだ『棒きれを振るう子供』だな。だが、お前が叩き直せば立派な『盾』になる。……教育コストを含めても、先行投資の価値はあるぜ。合格だ!」
選別は、残酷なまでに合理的、かつ陽気に進んでいく。
だが、その流れを止める者が現れた。
「ふざけるな! なぜ俺が入れないんだ! 力はある、戦える! こんな村、俺がいればもっと強くなるはずだ!」
一人の大男が、受付の村人に掴みかかろうとする。
エルダが身を乗り出そうとしたが、カイゼルがそれを手で制した。
「おっと、軍曹殿の出番にはまだ早い。ここは俺が、最高に論理的な『お断り』を届けてやるよ!」
カイゼルは軽やかな身のこなしで門の上から飛び降り、大男の目の前に着地した。
「よお、力自慢の旦那! 威勢がいいのは結構だが、ここは闘技場じゃねえんだ。……質問だ。お前は、この村の『何を』維持できる?」
男は一瞬、呆気に取られた。
「何を……だと? 敵を倒すに決まってるだろ!」
「ははっ! 零点だ! 敵を倒すのは手段であって、目的じゃねえ。俺たちが欲しいのはな、倒した後の平和を『回し続ける力』なんだよ。お前は、鍬を持てるか? 帳簿をつけられるか? 仲間のために薪を割れるか?」
大男は言葉に詰まった。自分にあるのは、ただ他人を屈服させるための暴力だけだったからだ。
「ここは戦う場所じゃない。守り、育み、循環させる場所だ。守る覚悟もねえ、役割も持たねえ『力』は、俺の設計図じゃただの『ノイズ』なんだよ」
カイゼルの瞳には、圧はない。だが、逃げ場のない真実が鏡のように男を映し出していた。
「……俺には、そんなもんはない」
男が肩を落とし、視線を逸らす。
「ははっ! 正直でよろしい! なら、今は入れねえ。……だがな」
カイゼルは男の肩をポンと叩いた。
「外で、誰かを守るためにその力を使ってみな。ただ奪うためじゃなく、守るための力の使い方を覚えたら……また来い。その時は、俺が最高のポジションを用意してやるぜ!」
男はしばらく呆然としていたが、やがて深く頭を下げ、去っていった。
「……甘いな、カイゼル」
門の上から、エルダが呟く。
「ははっ、甘いんじゃなくて『長期投資』だよ! あいつが成長して戻ってくりゃ、最高の戦力になる。……だろ、マリナ?」
「ええ。人材育成のコストを外に持たせるなんて、相変わらずえげつないわね」
マリナが満足げに笑う。
夕暮れ時。
新たに選ばれた数十人が、期待に胸を膨らませて村の門をくぐった。
人口が増える。だが、村の秩序は微塵も揺らがない。
むしろ、新しい役割が加わったことで、村という巨大な機構は、より力強く、より複雑な輝きを放ちながら回転を速めていく。
「止まらないぜ、俺たちは! 人が増えれば知恵が増える、知恵が増えれば富が増える! この循環こそが、世界を書き換える最強の魔法なんだ!」
カイゼルは沈みゆく太陽に向かって、豪快に笑った。
かつては「見捨てられた場所」だったこの村は、今や「自ら選ばれ、人を高める場所」へと進化した。
止まらない物語は、新しい仲間という名のガソリンを注ぎ込まれ、さらなる広大な未来へと加速し続けていた。
「さあ、明日は新人たちの歓迎会だ! 最高のメシで、ここの流儀を胃袋に叩き込んでやろうじゃないか!」




