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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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42/130

42:乾燥・燻製技術/エルダの初の戦闘訓練

朝の空気は、これまでになく芳醇で、どこか懐かしい香りに包まれていた。

村の広場の端、新しく組まれた木組みの小屋からは、細く、しかし力強い白い煙が初夏の空へとゆっくり立ち上っている。


「おーい、野郎ども! くんくん鼻を鳴らしてる場合じゃないぜ。この匂いこそが、俺たちが『冬』という名の死神からぎり取った勝利の香りだ!」


カイゼルが広場の中央で、いつものように陽気な声を響かせた。彼の指差す先では、燻製小屋の中で琥珀色に輝き始めた肉の塊が、煙のベールを纏って静かに揺れている。


「乾燥と燻製。……冷やすだけが能じゃないぜ。水分を抜いて、煙のコーティングでバリアを張る。これぞ、大地の恵みを永遠とわに閉じ込める、俺流の『魔導保存術』だ!」


「……保存か?」

料理人が腕を組み、小屋から漏れる煙を熱心に見つめる。


「ははっ、ただの保存じゃない。これは『リスク分散』だ! 冷蔵倉庫が魔法の不調で止まっても、この干し肉と燻製があれば、村の胃袋はビクともしねえ。腐敗の条件は水分と菌……その両方を、風と煙で完封してやるのさ!」


カイゼルは風魔法を微弱に制御し、小屋の中に一定の気流を作り出していた。

「一定の風で均一に水分を飛ばす。ただ外に干すのとは訳が違うぜ。リナ先生、仕上がりはどうだ?」


美人薬師のリナが近づき、指先で肉の弾力を確かめる。

「……乾いてる。でも、中には旨味が凝縮されてるわね。これなら、旅先での栄養補給にも最適だわ」


「だろ? 狩猟班の野郎ども! これで重い生肉を担いで走る苦労ともおさらばだ。荷は軽く、保存は長く。遠征の距離が二倍に伸びるぜ!」


「売れるわね……。保存食は、街道の商人や冒険者にとっては金貨と同じ価値があるわ」

マリナが扇子で口元を隠し、すでにラベルの設計でも始めているかのような鋭い目で燻製を見つめる。


「ははっ、商売の話はマリナに任せた! 俺は流通のパイプを詰まらせないよう、誰がどれだけ作るか、完璧なシフト表を組んでやるからな!」


昼。

燻製小屋の香ばしい余韻が残る広場の中央で、今度は空気が「鉄」の冷たさへと一変した。

村人たちが集まるその前に立つのは、銀髪を鋭くなびかせたエルダ・ヴァルグレイ。


その視線には、陽気さのカケラもない。

「……今日から教える。戦い方をな」


短い一言。それだけで、ざわついていた村人たちの喉が凍りついた。

「俺たちが……戦うのか?」


「守るならな。――弱い者は、守られるだけの荷物だ。だが、この村に荷物は不要だ。全員が、自分の居場所を守るための『牙』を持て」


カイゼルは少し離れた場所で、静かにそれを見守っている。

「判断」はエルダに預けてある。戦いの場において、彼女の言葉は絶対の正義だ。


「まずは立ち方だ。お前ら、地面に根を張る木になったつもりでいろ。……そこ、構えが甘い」


エルダが一歩踏み出した。

次の瞬間、彼女の姿が視界から消えた。

「がっ……!?」


気づいた時には、一人の男が地面に転がされていた。何が起きたのか、誰にも見えなかった。

「今のが現実だ。敵は待ってくれない。……だが、絶望する必要はない。だからこそ、私がここにいる」


その声には、厳しさの中に、確かな「導き」の響きがあった。

「弓を持て。呼吸を止めろ。指先の震えを、風の流れに預けるんだ」


繰り返し。

繰り返し。

外れる矢。泥にまみれる手足。

だが、エルダは一度も「諦めろ」とは言わなかった。

「見るな、感じろ。標的との間にある『距離』を支配するんだ」


カイゼルは訓練の合間に、自ら調整した魔導式バレット銃を配って回る。

「よおし、お疲れさん! 腕が上がらねえ奴は、こいつを使え。力はいらねえ、ただ『守りたい』って思いをトリガーに込めるだけだ!」


バレット銃が火を噴く。

ウォーターバレットが的に当たり、弾ける。

「殺さない、だが止める。それがこの村のスタイルだ。……エルダ、次は連携訓練といこうじゃないか!」


「……承知した。弓、槍、銃。それぞれの役割を噛み合わせろ! 一人の強さはいらん。組織の『厚み』を見せてみろ!」


夕方。

泥と汗にまみれた村人たちの顔には、疲労を上回る「自負」が刻まれていた。

「……俺、当てられたよ。あんなに遠くの的に」

「やれる。この村なら、俺たちでも守れる!」


エルダは、彼らの背中を黙って見守った。

その瞳には、一瞬だけ、誇らしげな色が宿ったように見えた。


夜。

燻製小屋から最高の仕上がりの肉が運び出された。

「待たせたな! エルダ軍曹のシゴキに耐えたご褒美だ。特製・くんせいパーティ、始めるぜ!」


料理人が包丁を振るい、黄金色の肉を切り分ける。

「うまっ!」「なんだこれ、噛めば噛むほど味が……!」

子どもたちが走り回り、大人たちが笑い合う。

広場には、保存の技術が生んだ「余裕」と、訓練が生んだ「自信」が満ちていた。


「保存も、戦いも、バッチリ回り始めたな、カイゼル」

マリナが隣で、小さく切り分けた燻製を口にする。


「ははっ、当たり前だろ! 腐らないメシと、崩れない盾。この二つが揃えば、もう向かう所敵なしだ」


エルダが背後から、静かに言葉を添える。

「……守るべきものが、さらに輝いて見えるな」


「だろ? 俺たちの仕事は、この輝きを永遠にすることだ!」


カイゼルの陽気な笑い声が、燻製の煙と共に夜空へと吸い込まれていく。

奪われない。腐らせない。

自分たちで掴み取った「幸せ」の形。

村は今、ただの集落から、鋼の意志と豊かな知恵を備えた「聖域」へと、その輪郭を確かに変えていた。

止まらない物語は、新しい明日への期待を煙に乗せて、どこまでも高く舞い上がっていく。

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